「魔法は、無から有を生み出す。今まで不可能とされていたことを可能とする。そのような認識で間違いありませんね?」
「は、はい……そうです。だからこそ、魔法の研究を進めて、その方法を確立させなければなりません」

 エストは、あくまでも魔法は素晴らしいものという認識らしい。
 そう思いたいのは、両親の研究の成果というのも関係しているのだろう。

 その気持ちはわからなくはないのだけど……

 彼は賢い子だ。
 魔法の危険性についても、しっかりと理解してほしい。

「単純な話です」
「単純……ですか?」
「あの……アリー姉さま。いったい、どういうことなのですか? 私には、よくわからないのですが……」
「それは……」

 魔法の危険性を語ろうとして……
 ふと、思い出した。

 これ、ゲームのイベントにあったヤツなのでは?

 共通ルート中の一イベントだ。
 同じく、エストの両親の研究が止められるというイベントが起きて……
 その主犯格が、悪役令嬢である私なのだ。

 研究の詳細は明かされていなかったものの、悪役令嬢は、妹に嫌がらせをしたいというだけの理由で研究をストップさせた。
 そして、エストを困らせてやろうとした。

 結果、メインヒロインの活躍で研究は再開される。
 悪役令嬢の株も落ちる。
 ……そんなイベントだ。

 今の状況は、まさにそれと酷似していて……
 このままだと、私がエストの両親の研究を完全にストップさせることになる。

 なるのだけど……

(まあ、仕方ないか)

 魔法が危険なのは本当のことだ。
 それなのに、我が身可愛さに問題を放置するわけにはいかない。

 私は悪役令嬢ではあるが、それ以前に、公爵令嬢なのだ。
 それにふさわしいことをしなければならない。

「……魔法の危険性ですが、とても単純なことです。なんでもできると言っても過言ではない魔法……それが悪用されたとしたら?」
「……あ……」

 その可能性は考えていなかった。
 そんな感じで、エストは小さな声をこぼした。

「私は研究資料を見たわけではないですが、魔法技術が確率されれば、私達の生活技術は大きく向上するでしょう。それは素晴らしいことですが……しかし同時に、悪事に使われる危険性があるということも無視できません」
「し、しかしそれは、厳格な制度を作り、法を整えれば……」
「それでも悪事に使う人は出てくるでしょう。包丁で人を刺してしまうように、魔法が身近なものになれば、それを犯罪に使用してしまう人は出てきます。絶対に」
「そ、それは……なら、資格を設けて、それを取得できない者は使えないようにすれば……」
「そうなると、身近な便利な力ではなくなり、生活が向上するということはなくなるでしょう。一部の者だけの特権になるか、あるいは、軍が利用することになるでしょう」
「……あ……」
「ですが、そのようなことは望んでいないはずです」
「……はい。父も母も、人々のために、と魔法の研究をしていたので」

 私の言いたいことを理解してくれたらしく、エストは意気消沈してしまう。

 よかった。
 ここで、「そんなことはない!」と聞く耳持たず、反論されたらどうしようもないのだけど……
 そんなことはないみたいだ。

 きちんと現実を受け止めて、考えることができる。
 年下なのに、なかなかできることじゃない。
 さすがヒーローだ。

「……」

 ただ、ひどく落ち込んでいる。
 それだけ父と母を尊敬して、魔法の可能性について期待していたのだろう。

 言わなければならないことだったけど……
 とはいえ、こんな姿を見せられると、少しかわいそうになってくる。
 庇護欲をそそられるというか、なんとかしてあげたいというか……

 ……うん?
 ちょっと待てよ。

「お父さま。グランフォールド家の魔法の研究ですが、ストップをかけたのですね?」
「ああ、そうだよ」
「それは、終了ですか? それとも一時停止ですか?」
「一時停止だね」
「え?」

 エストがキョトンとした顔に。
 フィーも似たような顔に。

 うん。
 ヒーローであるエストには悪いのだけど、フィーの方がかわいい。
 圧倒的にかわいい。
 最強ではないだろうか、私の妹は?

 話が逸れた。

「一時停止ということは、魔法の研究をやめさせたわけではないのですね?」
「ああ、そうだね」

 お父さまの態度を見て、色々と納得した。

「なるほど……魔法は便利ではあるけれど、危険な刃にもなりえる。そのために、まずは技術を確立するよりも運用方法を検討して、慎重に法整備を進めていかなければならない。そうして魔法を普及させても問題のない体制を作り、改めて研究を再開する。あるいは、途中から再開させて、整備に合わせて技術を公開する。そのために、今は一時中断させた……というところでしょうか?」
「……」

 お父さまは目を丸くして驚いていた。
 フィーとエストも同じような顔をしていた。

 この三人、実は気がぴったり合うのだろうか?

「どうしたのですか、そんなに驚いて」
「それは……まだ誰にも公表していない、私が考えていたことをピタリと当ててしまうのだから」
「え、公表されていないのですか?」
「陛下には事情を説明してあるけどね。他の方や、グランフォールド家当主には、資料を作成してから説明しようと思っていたんだよ。それなのに、まるで私の心を読んだかのように、ピタリと言い当てるなんて……さすがアリーシャだね」
「はい、さすがアリー姉さまです!」

 お父さまに褒められて、素直にうれしい。
 フィーに褒められることは、もっと、めちゃくちゃ、ものすごく、とんでもなくうれしい。

 そして……

「……すごい……」

 エストにも褒められて、私は少し恥ずかしくなるのだった。
 なんで恥ずかしくなったのか、それはよくわからない。