「えっと……」

 ゼノスのせいで悪評が流れ、嫌な感じで見られることは多々あったものの……
 ここまでハッキリと敵意を向けられるのは初めてだ。

 相手は年下の少年。
 しかし、その勢いに飲まれてしまう、うまいこと言葉が出てこない。

「手を貸していただき、ありがとうございました。では、失礼します」
「あっ……」
「なにか?」
「……い、いえ。なにも」
「そうですか。では」

 少年は敵意たっぷりにこちらを睨みつけて、そのまま立ち去る。

「……」

 残された私は呆然としてしまう。

 なにか、彼の気に障ることをしただろうか?
 それとも、噂の悪役令嬢ということに気がついて、それであのような態度を?
 それにしては、敵意たっぷりというのが気になるのだけど……

「アリー姉さま」

 ふと、天使の声が聞こえてきた。

「フィー!」

 振り返ると、世界で一番かわいらしく、愛らしい妹が。

「わぷっ」

 ついつい抱きしめてしまう。
 でも、仕方ない。
 フィーがかわいいのがいけないのだ。

「あ、アリー姉さま、いきなり恥ずかしいです……」
「ごめんなさい、つい」

 あまり構いすぎて、うざがられてもイヤなので、ほどほどのところで離れた。

「ところで……アリー姉さまは、エストさまとお知り合いなのですか?」
「エスト? それは、今の彼のこと?」
「はい」

 はて?
 なにか引っかかりを覚える名前だ。

「彼のフルネームを教えてもらっても?」
「え? あ、はい。彼は、私のクラスメートで、エスト・グランフォールドさまです」
「……エスト・グランフォールド……」

 少し考えて……
 「あ」と小さな声をこぼしつつ、彼の正体に思い至る。

 エスト・グランフォールド。

 さきほど見た通り、まだ幼い少年だ。
 しかし、とても頭の回転が早く、優れた知能を持っている。
 故に、特別に飛び級を許されて、特待生として学院に迎え入れられた。

 彼が、私が探していたヒーローの一人だ。

 主人公と歳が離れているものの、立派なヒーロー。
 その幼い容姿はプレイヤーの心をくすぐり、母性を誘発したとかなんとか。

 それでいて、やる時はやる。
 その二面性に多くのファンが生まれた。

「そうですか、彼が……」

 ヒロインであるフィーと同じく、彼と私も初対面のはず。
 それなのに、ものすごく敵視されていたのだけど……なぜだろう?

 自分の行いを振り返ってみるが、心当たりはない。

「アリー姉さま?」
「……いえ、なんでもありません。ところで、フィーはどうしてここに?」
「あ、特に用はないのですが、アリー姉さまを見かけたので……」

 照れた様子でそんないじらしいことを言う。

 私の妹は天使か。
 いや、女神か。

 かわいすぎて、一瞬、意識が飛んでしまう。

 ただ……

 気のせいだろうか?
 前回よりも、フィーが私に依存しているような……?

「アリー姉さま、よければ一緒に帰りませんか?」
「ええ、もちろん」
「やった」

 にっこりと笑う妹はとてもかわいい。

 かわいいのだけど……
 でも、どこか、陰が潜んでいるように見えて……

 どうにもこうにも、胸騒ぎを覚えてしまうのだった。