「……あっ」
「どうしたんだ?」
「いえ、なんでもありません」

 元々は、アレックスのことを聞くためにフィーを訪ねたのだけど、先ほどの騒動ですっかり忘れてしまった。
 また訪ねるというのは……ちょっと間抜けよね。

 うん、また今度でいいか。
 話を聞くだけなら、家でもできる。
 それよりも今は、アレックスと話をするチャンスだ。

「……くそっ」

 声をかけようとするのだけど、アレックスは、なにやら複雑な顔をしていた。
 怒りのような感情をにじませて、舌打ちをしている。

 え? なんで?
 私、なにかやらかした?
 ついつい不安になってしまい、うまく声をかけることができない。

「えっと……」
「なあ」
「あ、はい。なんですか?」
「なんで、あんたは、あんなことができたんだ?」
「あんなこと?」
「今さっき、フィーを助けただろ」
「ああ、さきほどのことですか。ですが、わざわざ問いかけるほどのものですか? 姉が妹を助ける。当たり前のことではありませんか」
「でも、俺はできなかった」
「……」
「相手が貴族だから、平民の俺では太刀打ちできないと……余計にシルフィーナに迷惑をかけてしまうと、動くことはできなかった。怯えて、屈したんだよ……俺は」

 アレックスは強く拳を握る。
 血が出てしまいそうなほど、強く、強く……

「くそっ……本当に情けない。俺じゃなくて、あんたがシルフィーナを助けるなんて。俺は、なにもできなくて……」
「そんなことはありませんよ」

 アレックスの拳を、そっと両手で包み込む。
 驚いたような顔をされるが、構うことなく、その手に優しく触れる。

「な、なにを……」
「なにもできない。あなたはそう言うけれど、私はそうは思いません。フィーが私の妹になる前は、あなたがフィーを守っていたのでしょう?」
「そんなことは……ない。貴族が相手だと、どうしようもないんだよ……」
「そうだとしても」

 私は、私の直感に従い言葉を紡ぐ。
 アレックスは、とても良い人なのだ。
 曲がったことを許せない、まっすぐな心の持ち主に違いない。

 フィーでなかったとしても、困っている人がいたら見捨てることはないだろう。
 そんな彼のことは、好ましいと思う。
 私に突っかかってきたのだって、フィーのことを考えてのことだ。

「やはり、あなたはフィーの力になっていたのだと思います」
「どうして、そんなことが……」
「だって、あなたのことを話す時のフィーは、本当の顔を見せているから」

 フィーの笑顔はどこかぎこちない。
 私に対しては、最近はきちんと笑うようになってくれたのだけど……
 父さまと母さまに対しては、まだまだ微妙だ。
 笑っているようで、笑っていない。
 どこかで他人の顔色を伺っているように見えた。

 でも、アレックスに対しては違う。
 同い年だからとか、幼馴染だからとか、そういうことは関係なくて……
 彼に対しては、素の表情を見せている。
 ありのままの心を見せている。

 フィーは意識していないかもしれないけど、それはとても大事なことだ。
 アレックスが傍にいることで、たくさんたくさん救われてきただろう。
 心を許せる相手……自分の理解者というものは、それほどまでに重要なものだ。

「だから、役に立っていないなんてことはありません。あなたは、フィーの心を救っているのですよ? あなたは、十分にフィーの力になっています」
「……そんなこと、初めて言われたよ」
「少し格好つけすぎたでしょうか?」
「かもな」
「あ、ひどいです」
「でも……悪くない気分だ。ありがとな」

 そう言って、アレックスは照れくさそうにしつつ、笑った。

「あ……」

 とても綺麗な笑顔だ。
 男性なのに、キラキラと宝石のように笑顔が輝いていて……
 ついつい見惚れてしまうほど。

 って、それも仕方ない。
 なにしろ、彼は攻略対象の一人のヒーローなのだ。
 フィーと結ばれるかもしれないうちの一人であり、その魅力は抜群。

「どうしたんだ?」
「すみません。あなたの笑顔に、少し見惚れていました」
「なっ、なにを言い出すんだ、お前は!?」
「お世辞などではなくて、本音ですよ?」
「信じられるわけないだろっ」
「冗談でもありませんよ?」
「あのな……俺なんかの笑顔に魅力があるわけないだろ。所詮、平民なんだぞ」

 なんてことをアレックスは言うのだけど、その人が持つ魅力に、貴族も平民も関係ない。
 そのことを証明するように、学内には、密かにアレックスのファンクラブが作られている。
 基本的に優しく、時にワイルドな一面を見せる彼の魅力の虜になる子は多い。
 ただ、バレたら怒られそうと勘違いしているため、秘密裏にされているが。

 バレたとしても、怒られることはないだろう。
 ただ、照れから解散しろと言われそうではあるが。

「十分に魅力的だと思いますよ」
「だから……」
「私、このようなことでウソはつきませんよ。アレックスの笑顔はとても魅力的で、それで、ついつい見惚れてしまいました。本心です」
「っ……!」

 アレックスの顔が赤くなる。
 照れたのだろう。
 こうして直に接することで理解したのだけど、アレックスは、けっこう純粋みたいだ。
 ゲームでは幼馴染という点が強調されていて、照れ屋ということはほとんど表に出てこなかった。
 なるほど、興味深い。
 実際にこの世界に入り込むことで、ゲームでは決して知ることのできなかった情報を得ることができる。
 素直に楽しい。

「……ったく。今日一日で、あんたに対する印象が大きく変わったぜ」
「あら。どんな風にですか?」
「いけすかない貴族から、頭おかしい貴族になった」
「褒められているように聞こえませんね……」
「当たり前だ。けなしてんだよ」

 そんなことを口にするものの、アレックスは笑っていた。
 口は悪いままだけど、本気で嫌うことはなくなった……というところかな?
 よくわからないけど、そうだとしたらうれしい。

 バッドエンドを回避するのはもちろんのこと……
 その事情を抜きにしても、彼のようなまっすぐな人とは仲良くしたい。

「それじゃあ、私はこの辺で。あなたとお話できて、よかったです」
「……あなた、じゃなくて、アレックスでいい」
「え?」
「俺の呼び方だよ。あなたとか、いつまでもそんな風に呼ばれていたら、ちと微妙な気分になる。だから、アレックスでいい」
「……わかりました、アレックス。では、私のこともアリーシャと」
「またな、アリーシャ」
「はい、またですね。アレックス」

 私達は笑顔を交換して、その場を後にした。