これ以上、脅迫犯を放置したらどうなるかわからない。
 下手をしたらフィーに害が及んでしまう。

 それだけは絶対にダメだ。

 できることなら、穏便に片付けたかったのだけど……
 こうなった以上、のんびりしていられない。

 私は大胆に行動する決意をした。



――――――――――



 脅迫犯が私の悪い噂を流すのなら、それを利用させてもらうことにした。

 幸い、私は公爵令嬢だ。
 それなりの人脈がある。
 色々な人に協力してもらい、噂に手を加えた。

 この噂はところどころが事実と異なり、意図的に流されたもの。
 悪意を持つ黒幕がいる。
 黒幕はとんでもないことを企んでいて、このまま放置したらとんでもないことになる。

 ……というような感じで、噂の内容を少しずつ少しずつ、陰謀論にシフトさせていったのだ。

 結果、生徒達は疑心暗鬼に。

 私が悪いのか?
 それとも、他に黒幕がいるのか?
 けっこうな勢いで混乱した。

 そうやって学院を混乱させることが目的だ。
 生徒達はまともな判断ができなくなり、噂に踊らされる。
 さあ、踊るがいい!
 私の手の平の上で……って、違う。

 ついつい思考が暴走してしまった。

 とにかく。
 なにが言いたいのかというと……

 このような状況に陥らせることで、犯人をさらに焦らせることが目的だ。

 人間、焦るとまともにものを考えることが難しくなる。
 冷静でいるつもりでも、どこかで簡単なミスをしてしまう。

 だから、犯人はミスをした。

 『アリーシャ・クラウゼンは黒幕の正体を知っている。それを公表、そして断罪する計画がある』

 そんな噂をまぎれこませた。

 わりと唐突な話だ。
 なんだろう? と思う人が大半だろうが……
 しかし、犯人からしてみたら決して放置できない内容だ。

 この噂を聞いたのなら、絶対に動くはず。

 そして……現に動いた。

「ふう」

 目隠しをされているため、視界は真っ暗。
 おまけに両手足を縛られているため、もぞもぞと動くことしかできない。

 カタカタと揺れているところから、馬車の中だろうか?

「思っていた通り、誘拐してくれましたね」

 焦った黒幕は、私となんとかしようと、直接手を出してくるはず。
 そこで正体を確かめて、確保すればいい。

 つまりところ、私は、私自身をエサにしたのだ。

 こんな状態ではあるものの、私はさほど心配も不安にもなっていない。
 黒幕が手を出してくると予想しているのだ。
 その対策をしていないわけがない。

 私の位置を知らせる魔道具を、信頼のできる相手に渡している。
 ほどなくして異変に気づいて助けに来てくれるだろう。

 私の役目は、それまで時間を稼ぐこと。
 そして、黒幕の正体と目的を確かめることだ。

「さて、どうなることか」

 ここがゲームをベースとした世界ならば、お約束の展開は当たり前のようにあるはずだ。
 つまり、犯人が自分の犯行を自慢してべらべらと喋るために、わざわざ私の前に姿を見せる。

 その時が勝負だ。

「それにしても……」

 いったい、誰が犯人なのか?
 それだけがわからない。

 ガコン。

 鈍い音がして馬車が止まる。
 目的地に到着したのだろう。

「立て」

 男の声がして、私を立たせ、歩かせる。
 この男が犯人というわけではなくて、ただ雇われているだけだろう。
 黒幕は別にいる。

「ここで待て」

 部屋に通されたのだろうか?
 目隠しをされているせいで、よくわからない。

 ひとまず、おとなしく待つことにした。
 同時に、どのような状況であれ、反撃する、あるいは逃げるだけの策をいくつか考えておく。

 そうしていると、扉の開く音が。
 いよいよ黒幕のお出ましだ。

「ふふっ、うまく捕まえることができたみたいね……そこのあなた」
「はい」

 合図で私の目隠しが取られ、黒幕の姿が……

「……どちらさま?」

 黒幕は、まったく、これっぽっちも、かけらも記憶にない、見たことのない女性だった。