ケンカか?
 ケンカを売っているのだろうか?

 よろしい。
 ならば戦争だ。

 相手が王族でも関係ない。
 むしろ、王族だからこそ、いきなり無礼な態度を取ることを注意して、諌めなければならない。

 そう、これは正義。
 私の行動は……

「あら?」

 ふと、それに気づいた。

「ジー……レストハイムさま、今、なんと?」
「なに?」
「私の耳が確かなら、噂と聞こえたのですが」
「ああ、その通りだ。君に関する噂だよ」

 私に関する噂?
 なんだ、それは?

「己の行いに疑問を抱くことなく、常にわがままを口にして周囲を困らせる。耳障りのいい言葉のみを受け入れて、それ以外は聞くことはない」
「……」
「君がなんて言われているか知っているか? ……暴君さ」
「ふむ?」

 解せない話だ。

 確かに、私は悪役令嬢だ。
 ゲームならば、暴君の名にふさわしい行動を取る。

 しかし、それはフィーに対してのみ。
 周囲に言葉の刃をぶつけることはない。

 悪役令嬢ではあるが、世間知らずではないのだ。
 世渡りの方法はきちんと理解しているため、普段は淑女らしい態度をとっている。

 メインヒロインに対する嫌がらせは、こう……
 裏でこそこそと、表沙汰にならないようにやっていたりする。

 それなのに、暴君と噂されている?
 そんなことをした記憶は一切ないのに?

「質問を重ねてすみませんが、その噂はどこで?」
「なぜそのようなことを答える必要が……」
「教えてください」
「うっ」

 ぐいっと迫ると、ジークは一歩下がる。

 ややあって、根負けした様子でため息をこぼす。

「どこで、というのは覚えていない。君が知らないだけで、そこら中で噂されている」
「そうですか……ふむ?」

 少し考えて、

「私、用事を思い出したので失礼いたします」
「なに?」
「では、ごきげんよう」
「あっ、おい!?」

 ジークが引き止めるような声を出すが、気にせず教室を後にした。
 廊下を歩きながら考える。

 私の悪い噂が流れている。
 多くの人が知っているという。
 しかし、その内容に私は心当たりはない。

 だとしたら……

「誰かが、私のネガティブキャンペーンを行っている?」



――――――――――



 授業が終わり、放課後が訪れる。

 勉強が好きな人でも嫌いな人でも、自由にできる時間はうれしいものだ。
 クラスメイト達は笑顔になり、放課後の予定を話し合う。

「……」

 そんな中、私はしかめっ面をしていた。

 あれからずっと、ネガティブキャンペーンを繰り広げている『敵』のことを考えていた。
 誰なのか?
 その目的は?

 しかし、答えはでない。

 当たり前だけど、情報が少なすぎる。
 犯人を突き止めるには、もっとたくさんの時間をかけなければいけないのだけど……

 なぜだろう?
 あまり時間をかけてはいけないと、そんなことを思う。

「あ、あの……」
「……」
「アリー姉さま……?」
「はっ!?」

 天使のような声を耳にして我に返る。

 すぐ近くにフィーがいた。
 鞄を手にしていて、少しおどおどした感じてこちらを見ている。

 子猫みたいでかわいい。

「すみません、考え事をしていました。いつの間に?」
「ついさきほどです」
「どうしたのですか?」
「えっと、その……アリー姉さまと一緒に帰りたいな、と思って」
「もちろん!」

 かわいい妹からの誘いを断るなんて、ありえるだろうか?
 いや、ない。
 断じてない。

 全ての物事は、妹より優先されることはない。

「行きましょうか」
「はい!」

 実際……
 考えに行き詰まっていたので、ありがたい話だ。
 フィーと一緒なら、この陰鬱とした気分も吹き飛ぶだろう。

 他愛のない話をしつつ、下駄箱へ。
 この、のんびりとした時間が幸せだ。

 そして靴を履き替えようとして……

「あら?」

 はらりと、手紙が落ちた。