悪役令嬢の私ですが、メインヒロインの妹を溺愛します

「ご、ごめんなさい……」

 三十分ほどして、フィーが落ち着いて……
 冷静になると同時に顔を赤くして、ぺこりと頭を下げた。

 妙な罪悪感は完全に消えていないみたいだけど……
 それだけじゃなくて、羞恥の感情が伺える。
 この歳で思い切り甘えたことを恥ずかしく思っているのだろう。

 でも、そんなこと気にしないでほしい。
 妹は姉に甘えるもの。
 どんどん、もっともっと、とことん、究極的に甘えてほしい。

 ……私、欲望満載だな。

「ところで、私からもお願いがあるのですが」
「な、なんですか?」
「私はシルフィーナのことが好きですが、できるならシルフィーナも私のことを好きになってほしいです」
「ふぇ」

 フィーの顔が赤くなる。
 照れているのだろう。

 かわいいやつめ。

「姉妹として家族として、仲良くなりたくて……そのための一歩として、愛称で呼んでもいいですか?」
「愛称……ですか」
「シルフィーナだから、フィー……なんてどうですか?」
「……フィー……」

 考えるような顔になって……
 次いで、花のように愛らしく笑う。

「その、あの……急にこんなことになって驚いていますけど、でも、うれしいです。その……フィーでお願いします」
「はい。これからもよろしくお願いしますね、フィー」
「は、はい」

 ようやく、前回と同じ立場に戻ることができたけど……
 それは、わりとどうでもいいことだった。

 それよりも、大事な大事な妹に笑顔が戻った。
 場に合わせるための仮初の笑顔ではなくて、心からの本物の笑顔。
 そのことが一番うれしい。

「あ、あの」

 どこか迷いを秘めた様子で、フィーがこちらを見た。

「はい?」
「えっと、その……」
「どうしたんですか?」
「……私も、アリーシャさまのことを愛称で呼んでも……い、いいですか?」
「え?」

 フィーが、私のことを愛称で?

 前回はなかったイベントだ。
 そのせいで、ついつい驚いてしまったけど……

「ええ、もちろんですよ」

 反対なんてするわけがない。
 大賛成。

 フィーに愛称で呼んでもらえる……あぁ、なんて素敵なことなのだろう。
 うれしさのあまり、昇天してしまいそうになった。
 わりと本気で。

「フィーは、私にどんな愛称をつけてくれるのですか?」
「あ……許可をもらうことだけを考えていて、愛称のことは忘れていました……」
「ふふ、ドジですね」
「うぅ……アリーシャさま、ちょっと意地悪です」
「かわいいから、ついつい、いじめたくなってしまうのです」

 子供のような気分だ。

 なだめるために、フィーをもう一度、抱きしめる。

「んー……」

 真面目な妹は、どんな愛称がいいか考え始めた。
 口元に指先をやり、視線をさまよわせつつ、考える。

「アリー姉さま……なんて、ど、どうでしょうか?」
「……」
「だ、ダメですか……?」
「はっ」

 最愛の妹に愛称で呼ばれる。
 素敵すぎることに、一瞬、意識が飛んでいた。

 何事もないフリをして、フィーに笑いかける。

「とても素敵だと思います」
「本当ですか?」
「もちろんです、フィー」
「えっと、それじゃあ……これからは、アリー姉さまで……」

 恥ずかしそうにしながらも、フィーはしっかりと言う。

 いや、もうね……
 天使か!

 妹の愛らしさに悶え、心の中で叫んだ。

 ただ、表面上はなにも変わらず、にこにこと笑っている。
 愛情表現を全力でしてもいいのだけど……
 同時に姉の威厳というものが失われてしまいそうなので、ほどほどがいい。

「あ、あと、もう一つお願いが……」
「今日のフィーは、たくさんお願いがあるのですね」
「ご、ごめんなさい」
「大丈夫ですよ。妹に頼られることは、姉としてうれしいですから」
「えっと……お茶をしませんか、アリー姉さま」
「はい、喜んで」
「フィー、一緒に学院に行きませんか? たまには歩いて」
「は、はい! 喜んで」

 朝。
 一緒に登校しようとフィーを誘うと、妹は花が咲いたような笑顔を浮かべて了承してくれた。

 朝から天使。
 こんな澄んだ笑顔を見ていると、心が洗われていくかのようだ。

「えっと……」

 肩を並べて歩くと、フィーは落ち着きのない様子を見せた。
 ちらちらとこちらを見て、しかし、すぐに視線を戻してしまう。

「フィー?」
「ふぁっ」
「どうしたのですか? なにやら、落ち着きがないように見えますが」
「す、すみません!」
「別に怒ってなんていませんよ。ただ、どうしたのかな、と思いまして」
「いえ、その……」

 もじもじして……
 ややあって、恥ずかしそうにしつつ言う。

「アリー姉さまが隣りにいると、なんていうか、一人じゃないと実感できて……うまく言葉にできないですけど、うれしいです」

 かわいい。
 今すぐ抱きしめて頬ずりをして匂いをかいで、もう一度抱きしめたい。

 とはいえ、外でそんなことはできない。
 ぐっと自制心を働かせて、なんとか我慢する。

「これからは、ずっと一緒ですよ?」
「はい!」

 フィーの笑顔からは曇りが見えない。
 よく晴れた天気のように、とても気持ちのいいものだ。

 たぶん、心の影を取り除くことができたのだろう。
 よかった。
 大事な妹が落ち込んでいるところなんて、欠片も見たくない。

 うまくいっているようで何より……
 いや、ちょっと待て?
 なにか大事なことを忘れているような?

「よう、シルフィーナ」

 考え込んでいると、第三者の声が。
 見ると、アレックスがいた。

「アレックス、おはよう」
「おう。シルフィーナが徒歩通学なんて珍しいな。どうしたんだ?」
「それは……アリー姉さまに誘われて」
「……アリー姉さま?」

 アレックスがキョトンとした顔をして……
 次いで、不審者を見るような目をこちらに向けてきた。

「あんたは……」
「あ、えと……こちら、アリーシャさま。私の新しいお姉さまなの」
「ふーん……ってことは、貴族か」

 敵意たっぷりの目を向けられてしまう。

 前回の記憶を引き継いでいるのは私だけ。
 なので、貴族嫌いのアレックスが私を敵視するのは当たり前なのだけど……

 前回はきちんと仲良くなれていただけに、いざ、こういう対応をされてしまうと寂しい。
 そして、悲しい。
 心にぐさりと矢のようなものが刺さる。
 でも、それは表に出さず、笑顔で対応する。

「おはようございます。それと、はじめまして。フィー……シルフィーナの姉の、アリーシャ・クラウゼンと申します」
「姉、ねえ……」

 うさんくさいものを見る目を向けられてしまう。

 というか、挨拶はどうした。
 貴族を嫌っているとはいえ、こちらが挨拶をしたのだから、それに応えるのが最低限の礼儀というものだ。
 それをこなせないと、自分だけではなくて周りの人にも迷惑がかかる。
 なぜ、そのことがわからないのか?

 笑顔を浮かべているものの、内心でイラッとしてしまう。

 アレックスが尖った性格をしているのは、ヒーローの個性をつけるためのものなのだろうが……
 それにしても、尖りすぎではないだろうか?
 このままだと、フィーを巻き込んで事件を起こしてしまいそうだ。

 実際、ゲームの中では、アレックスの浅慮な行動が原因で、主人公を巻き込んで事件を起こしていた。
 それがきっかけとなり、二人の仲は恋人に進展するのだけど……
 しかし、そんなもの、避けられるのなら避けるに越したことはない。

 よし。
 今回もアレックスの教育を……いや、待て。

 違うだろう。
 今まで綺麗さっぱり忘れていたけど、今回の私の目的はヒーローと結ばれることだ。
 アレックスも対象の一人。

 そうなると、あまり無茶なことはしない方が……?

「えっと……よかったら、アレックスも一緒にいきませんか?」
「やめとく。俺は一人でいくよ、じゃあな」
「あ、はい……」

 あれこれと迷っている間に、アレックスは一人で行動して、先に行ってしまった。
 その背中からは、私に対する拒絶の色がハッキリと出ていた。

 うーん。

 結ばれるのではなかったとしても、アレックスとは、また気軽に話ができる仲になりたいのだけど……
 それは、なかなか難しそうだ。

 前途多難。
 そんな言葉がぴたりとハマる状況に、私は思わずため息をこぼしてしまうのだった。
 アレックスと良い関係を構築するのは、なかなか難しそうだ。
 短時間で一気に……というのは、ほぼほぼ不可能。
 時間をかけて、ゆっくりと距離を縮めるしかない。

 そう判断した私は、ひとまず、アレックスの件は後回しにすることにした。

 挨拶などをして。
 機会があれば小話をして。

 距離を詰める努力はするものの、無理はしない。
 様子見だ。

 今は、もう一人のヒーロー……ジークとコンタクトをとりたいと思う。
 本当は、ヒーローはもう一人いるのだけど……
 あいにく、ネコの転校イベントはまだ発生していない。

「そうなると、必然的にジークさまの様子を確かめておくことが大事になるのですが……ふぅ、あまり気乗りしませんね」

 ジークは気難しい性格をしていて、基本的に他人に心を許していない。

 前回は色々な偶然が重なり、いつの間にか友達になれていたのだけど……
 その記憶を引き継いでいるのは私だけ。
 なので今回は、アレックスと同じように他人からスタートしなければいけない。

「ジークさまは、見た目とは正反対に、とてもいい性格をされていますからね……どうやって距離を縮めたものか。下手をしたら、縮めるどころか遠ざかることも」

 前回、友達になれたのは奇跡のようなものだ。

 その原因をしっかりと理解していたのなら、なんとかなるのかもしれないのだけど……
 さっぱりわからない。

 フィーの代わりに事件に巻き込まれたからだろうか?
 それとも、他に思い至らない要因が?

 ダメ。
 考えても答えが出てこない。

「とりあえず、あたって砕けてみましょう」

 やるだけのことはやろう。
 そう決めて、ジークのクラスへ向かう。

 今は昼休み。
 大体の学生は、食堂でごはんを食べているか、教室でお弁当を食べている。
 ただ、ジークのクラスは別だった。
 多くの女子生徒が集まり、きゃあきゃあと黄色い声を出している。

 なんだろう?
 不思議に思い、彼女達の視線を追いかけてみると……

「……」

 一人、教室でお弁当を食べているジークの姿が。

 窓際に座る彼は、温かい陽光を浴びていた。
 その光が髪に反射して、キラキラと輝いているかのようだ。

 それに加えて、同性でさえ見惚れるような美貌。
 すらりと鍛え上げられた体。

 そこにいるだけで絵になり……
 なるほど。
 彼女達はジークのファンで、こうして、絵になるところを見て騒いでいるのだろう。

 ただ。少し失礼ではないだろうか?
 動物園のパンダではないのだ。
 遠巻きに眺められて、きゃあきゃあと騒がれていたら気に触るだろう。

 事実、ジークはどんどん仏頂面になっていく。
 不機嫌全開だ。
 女子生徒達はそのことに気づいていない。

 まったく……仕方ないですね。
 ここは、私がなんとかするしかないようだ。

「あなたたち、今は……」
「いい加減にしてくれないか?」

 女子生徒達を諌めようとしたところで、先にジークが動いた。
 席を立ち、私を睨みつけて……

 って、あれ?
 危険を察知したのか、いつの間にか女子生徒達は消えていた。
 残されたのは私だけ。

「今は食事中で、そんなにジロジロと見られていたら気が散って仕方がない」
「え? え?」

 ジークが私を睨みつける。
 さきほどまでの騒ぎ、全部、私のせいだと思われている?

「い、いえ、私は……」
「今日に限ったことじゃない。毎日毎日、こんな馬鹿騒ぎをして……君は恥ずかしいと思わないのか? 自分の行動を振り返ることはないのか?」
「ですから、今のは私ではなくて……」
「言い訳をするか。やれやれ……本当にくだらない」

 今度は失望の目を向けられた。

 あれ?
 なぜか、全て私の責任になっていて……
 そのせいで、初対面の印象が最悪に?

「君は……そうか、公爵令嬢のアリーシャ・クラウゼンだな? 社交界などで、何度か顔は見たことがある。両親は素晴らしい人だというのに、その娘である君は、この程度の女性だとは……噂通りにどうしようもない人のようだな」

 むかっ。

 私は、怒りがこみ上げてくるのを自覚した。
 ケンカか?
 ケンカを売っているのだろうか?

 よろしい。
 ならば戦争だ。

 相手が王族でも関係ない。
 むしろ、王族だからこそ、いきなり無礼な態度を取ることを注意して、諌めなければならない。

 そう、これは正義。
 私の行動は……

「あら?」

 ふと、それに気づいた。

「ジー……レストハイムさま、今、なんと?」
「なに?」
「私の耳が確かなら、噂と聞こえたのですが」
「ああ、その通りだ。君に関する噂だよ」

 私に関する噂?
 なんだ、それは?

「己の行いに疑問を抱くことなく、常にわがままを口にして周囲を困らせる。耳障りのいい言葉のみを受け入れて、それ以外は聞くことはない」
「……」
「君がなんて言われているか知っているか? ……暴君さ」
「ふむ?」

 解せない話だ。

 確かに、私は悪役令嬢だ。
 ゲームならば、暴君の名にふさわしい行動を取る。

 しかし、それはフィーに対してのみ。
 周囲に言葉の刃をぶつけることはない。

 悪役令嬢ではあるが、世間知らずではないのだ。
 世渡りの方法はきちんと理解しているため、普段は淑女らしい態度をとっている。

 メインヒロインに対する嫌がらせは、こう……
 裏でこそこそと、表沙汰にならないようにやっていたりする。

 それなのに、暴君と噂されている?
 そんなことをした記憶は一切ないのに?

「質問を重ねてすみませんが、その噂はどこで?」
「なぜそのようなことを答える必要が……」
「教えてください」
「うっ」

 ぐいっと迫ると、ジークは一歩下がる。

 ややあって、根負けした様子でため息をこぼす。

「どこで、というのは覚えていない。君が知らないだけで、そこら中で噂されている」
「そうですか……ふむ?」

 少し考えて、

「私、用事を思い出したので失礼いたします」
「なに?」
「では、ごきげんよう」
「あっ、おい!?」

 ジークが引き止めるような声を出すが、気にせず教室を後にした。
 廊下を歩きながら考える。

 私の悪い噂が流れている。
 多くの人が知っているという。
 しかし、その内容に私は心当たりはない。

 だとしたら……

「誰かが、私のネガティブキャンペーンを行っている?」



――――――――――



 授業が終わり、放課後が訪れる。

 勉強が好きな人でも嫌いな人でも、自由にできる時間はうれしいものだ。
 クラスメイト達は笑顔になり、放課後の予定を話し合う。

「……」

 そんな中、私はしかめっ面をしていた。

 あれからずっと、ネガティブキャンペーンを繰り広げている『敵』のことを考えていた。
 誰なのか?
 その目的は?

 しかし、答えはでない。

 当たり前だけど、情報が少なすぎる。
 犯人を突き止めるには、もっとたくさんの時間をかけなければいけないのだけど……

 なぜだろう?
 あまり時間をかけてはいけないと、そんなことを思う。

「あ、あの……」
「……」
「アリー姉さま……?」
「はっ!?」

 天使のような声を耳にして我に返る。

 すぐ近くにフィーがいた。
 鞄を手にしていて、少しおどおどした感じてこちらを見ている。

 子猫みたいでかわいい。

「すみません、考え事をしていました。いつの間に?」
「ついさきほどです」
「どうしたのですか?」
「えっと、その……アリー姉さまと一緒に帰りたいな、と思って」
「もちろん!」

 かわいい妹からの誘いを断るなんて、ありえるだろうか?
 いや、ない。
 断じてない。

 全ての物事は、妹より優先されることはない。

「行きましょうか」
「はい!」

 実際……
 考えに行き詰まっていたので、ありがたい話だ。
 フィーと一緒なら、この陰鬱とした気分も吹き飛ぶだろう。

 他愛のない話をしつつ、下駄箱へ。
 この、のんびりとした時間が幸せだ。

 そして靴を履き替えようとして……

「あら?」

 はらりと、手紙が落ちた。
「これは……」

 床に落ちた手紙を拾う。
 宛名、差出人は書いていないが、私のもので間違いないだろう。

「アリー姉さま、もしかしてそれは恋文ですか!?」

 フィーの目がキラキラと輝いていた。
 そういう話が好きな年頃なのだろう。

 ただ、私はフィーほど無邪気に喜ぶことができない。
 というのも、この手紙からはよくないものを感じる。

 オカルトじみた話になるかもしれないが……
 でも、嫌な予感がするのだ。

「……」

 見なかったことにしたいけど、そういうわけにはいかないか。

 意を決して手紙を開ける。

『アレックス・ランベルト。ジーク・レストハイム。この二人に近づくな。警告を無視するのならば、不幸が訪れるだろう』

 手紙の内容なそんなものだった。

 わりとありきたりな脅迫文だ。
 手書きなところを見ると、深く考えることなく実行したのだろう。

 筆跡鑑定が存在したら、どうするつもりだったのだろうか?
 すぐに犯人がバレてしまうのだけど。

「でも……」

 謎だ。
 どうして、こんな脅迫文をよこされたのだろう?

 前回はともかく、今回は、アレックスとジークと仲良くなれていない。
 むしろ、関係は悪化中。
 好感度はマイナスだ。

 普通に考えて、二人に接近する機会はない。
 それなのに、こんな脅迫文が届くなんて……うん、意味がわからない。

「アリー姉さま、どのような手紙だったんですか?」
「……どうも宛先を間違えているみたいですね」
「そうですか……恋文と思い、わくわくしたのに」
「恋文だとしたら、私はその殿方を気に入り、お付き合いするかもしれませんね。そうなると、こうしてフィーと一緒に帰ることはできなくなりますね」
「えっ……」

 ちょっとした冗談で言ってみたのだけど、フィーは、絶望的な表情になる。
 今にも泣き出してしまいそうだ。

 予想外の反応だけど……
 それだけ私と一緒にいたいと思ってくれている?

「ふふ、冗談ですよ。そのようなことはありません」
「も、もう……アリー姉さま、意地悪です」
「すみません。お詫びに、なんでも一つ、言うことを聞きますよ」
「本当ですか……?」
「はい」
「……なら、手を繋いで帰りたいです」
「喜んで」

 フィーのわがままというよりは、私に対するご褒美だ。

 にこにこ笑顔、心はるんるん。
 フィーと一緒に楽しく帰宅した。



――――――――――



「……という感じで、なにもかも忘れてしまえばよかったのですが、そういうわけにもいきませんね」

 夜。
 自室で、私に関する噂と手紙について考える。

「噂を流している者と手紙の差出人……普通に考えて、犯人は同一人物ですよね?」

 その犯人はわからないが、私に悪意を持つ者がいる。
 そして、私がアレックスとジークに近づくことを好まない。

「ふむ」

 犯人は……アレックスとジークに好意を持つ者だろうか?
 私を二人に近づく悪い虫と判断して、過激な方法で排除しようとした。

 そう考えると辻褄が合う。

 現状、二人と大した接点を持たない私が、なぜ悪い虫認定されたのか?
 いきなり過激な方法を選択した理由は?

 などなど、いくつか謎は残るものの、おおよその推論を立てることはできた。

 ならば、これからどうするか?
 じっくりと考える。

 今のところ、ターゲットは私一人。
 それなら問題はない。
 妙な嫉妬を抱く女子生徒の一人や二人、なんとかしてみせよう。

 しかし、矛先が私以外に向いたら?
 フィーも狙われるようになったら?

 それだけは絶対に避けないといけない。

 フィーが狙われることなく、しっかりとターゲットを私に固定。
 そのまま事件を解決するための方法は……

「……これでいきましょう」

 とある策を思いついたのだった。
「おはようございます」

 私はにっこりと笑い、挨拶をした。
 自分で言うのもなんだけど、極上のスマイルだ。
 値段をつけてもいい。

 そんな笑みを向けている相手は、

「……なんだよ」

 アレックスだ。
 私の悪い噂は彼のところに着実に伝わっているらしく、敵対心たっぷりだ。

 ここは学院の入り口。
 人目があるため無視はしないものの、露骨にうんざりとした表情を浮かべていた。

「俺になにか用事か?」
「いえ、特に用はありません。姿を拝見したので、ご挨拶を」
「そんなもの、いらないんだが」
「あら。同じ学院に通う者、挨拶をするのは当然のことだと思いますが」
「……勝手にしろ」

 俺は挨拶なんてしないからな。
 そう態度で語るように、アレックスは背中を見せて立ち去る。

 うん、最初はこんなところだろう。

 彼の態度を気にすることなく、私は次の目的地へ。



――――――――――



「おはようございます」
「……」

 ジークが通りかかりそうな場所で待ち伏せして、挨拶をするのだけど、見事に無視された。

「おはようございます」
「……」

 二度、挨拶をするも、やはり無視されてしまう。
 気づいていないということはないだろう。
 だとしたら、彼はどれだけ鈍感なのか。

「おはようございます」
「……はぁ」

 三度、挨拶をすると、ようやくジークが反応してくれた。
 挨拶は返してくれないものの、こちらを見てくれる。

「なにか用事が?」
「いいえ。ただ、レストハイムさまを見かけたので、挨拶を」
「白々しい……どう見ても待ち伏せをしていたじゃないか」
「それは、なぜか私のことを嫌っているみたいなので、関係修復を図りたいと思いまして」
「必要性を感じないな。君のような悪女と仲良くなりたいなどと、思ったことは一度もない」
「そうおっしゃらず」
「しつこい」
「わかりました。では、今日はここまでで。あまりしつこくして嫌われてしまったら意味がないので」
「今日は?」
「では……レストハイムさま、また明日」

 一礼して、その場を立ち去る。



――――――――――



 私の未来がかかっているのだけど……
 それを除いたとしても、アレックスやジークとは、また仲良くなりたい。
 前回と同じように友達になりたい。

 だから、ここで退くという選択はない。
 謎の脅迫に負けるわけにはいかない。

 なので、脅迫を無視して、ひたすらに構うことにした。

 私が勝手をしているだけなので、フィーに害が及ぶことはない。
 それに、私が目立つことで、脅迫犯の意識をこちらに集中させることができる。

 あと、アレックスもジークもバカではない。
 というか、とても賢い。
 きちんと話をすれば、流言などに惑わされることなく、心をひらいてくれるはずだ。

 つまり……

「今は、脅迫文なんて無視して、ひたすらに二人に接近する。それがベストですね」

 そんな答えを導き出す私。
 うん、完璧。

 ……なんて思っていた時期がありました。

「ふむ」

 脅迫文が届いて……
 構うことなく、アレックスとジークに接近して……
 早一週間が経とうとしていた。

 アレックスとジークの問題は、わりと良い方向に進んでいた。
 徹底的に構っていたら、根負けしたのか、少しずつではあるが話をしてくれるように。

 そして、私に関する悪い噂に疑問を持ち始めていた。
 良い傾向だ。

 一方で、悪いことも起きていた。

「わぁ……すごい手紙ですね」
「……そうですね」

 朝。
 登校すると、私の下駄箱いっぱいに手紙が詰め込まれていた。

 開封しなくてもわかる。
 全部、脅迫文だ。
 たぶん、刃なども仕込まれているだろう。

 私が無関心を装っているせいか、相手もどんどん過激になっているみたいだ。
 私にヘイトが集中している分は問題ないのだけど……
 このままだと、相手はなりふり構わず、私の周囲に手を出す可能性がある。

「さて、どうしたものでしょうか?」
 これ以上、脅迫犯を放置したらどうなるかわからない。
 下手をしたらフィーに害が及んでしまう。

 それだけは絶対にダメだ。

 できることなら、穏便に片付けたかったのだけど……
 こうなった以上、のんびりしていられない。

 私は大胆に行動する決意をした。



――――――――――



 脅迫犯が私の悪い噂を流すのなら、それを利用させてもらうことにした。

 幸い、私は公爵令嬢だ。
 それなりの人脈がある。
 色々な人に協力してもらい、噂に手を加えた。

 この噂はところどころが事実と異なり、意図的に流されたもの。
 悪意を持つ黒幕がいる。
 黒幕はとんでもないことを企んでいて、このまま放置したらとんでもないことになる。

 ……というような感じで、噂の内容を少しずつ少しずつ、陰謀論にシフトさせていったのだ。

 結果、生徒達は疑心暗鬼に。

 私が悪いのか?
 それとも、他に黒幕がいるのか?
 けっこうな勢いで混乱した。

 そうやって学院を混乱させることが目的だ。
 生徒達はまともな判断ができなくなり、噂に踊らされる。
 さあ、踊るがいい!
 私の手の平の上で……って、違う。

 ついつい思考が暴走してしまった。

 とにかく。
 なにが言いたいのかというと……

 このような状況に陥らせることで、犯人をさらに焦らせることが目的だ。

 人間、焦るとまともにものを考えることが難しくなる。
 冷静でいるつもりでも、どこかで簡単なミスをしてしまう。

 だから、犯人はミスをした。

 『アリーシャ・クラウゼンは黒幕の正体を知っている。それを公表、そして断罪する計画がある』

 そんな噂をまぎれこませた。

 わりと唐突な話だ。
 なんだろう? と思う人が大半だろうが……
 しかし、犯人からしてみたら決して放置できない内容だ。

 この噂を聞いたのなら、絶対に動くはず。

 そして……現に動いた。

「ふう」

 目隠しをされているため、視界は真っ暗。
 おまけに両手足を縛られているため、もぞもぞと動くことしかできない。

 カタカタと揺れているところから、馬車の中だろうか?

「思っていた通り、誘拐してくれましたね」

 焦った黒幕は、私となんとかしようと、直接手を出してくるはず。
 そこで正体を確かめて、確保すればいい。

 つまりところ、私は、私自身をエサにしたのだ。

 こんな状態ではあるものの、私はさほど心配も不安にもなっていない。
 黒幕が手を出してくると予想しているのだ。
 その対策をしていないわけがない。

 私の位置を知らせる魔道具を、信頼のできる相手に渡している。
 ほどなくして異変に気づいて助けに来てくれるだろう。

 私の役目は、それまで時間を稼ぐこと。
 そして、黒幕の正体と目的を確かめることだ。

「さて、どうなることか」

 ここがゲームをベースとした世界ならば、お約束の展開は当たり前のようにあるはずだ。
 つまり、犯人が自分の犯行を自慢してべらべらと喋るために、わざわざ私の前に姿を見せる。

 その時が勝負だ。

「それにしても……」

 いったい、誰が犯人なのか?
 それだけがわからない。

 ガコン。

 鈍い音がして馬車が止まる。
 目的地に到着したのだろう。

「立て」

 男の声がして、私を立たせ、歩かせる。
 この男が犯人というわけではなくて、ただ雇われているだけだろう。
 黒幕は別にいる。

「ここで待て」

 部屋に通されたのだろうか?
 目隠しをされているせいで、よくわからない。

 ひとまず、おとなしく待つことにした。
 同時に、どのような状況であれ、反撃する、あるいは逃げるだけの策をいくつか考えておく。

 そうしていると、扉の開く音が。
 いよいよ黒幕のお出ましだ。

「ふふっ、うまく捕まえることができたみたいね……そこのあなた」
「はい」

 合図で私の目隠しが取られ、黒幕の姿が……

「……どちらさま?」

 黒幕は、まったく、これっぽっちも、かけらも記憶にない、見たことのない女性だった。
「いらっしゃい」

 女性はにっこりと笑い、優雅に一礼をした。
 気品のある仕草で、貴族に属する者であることは間違いないだろう。

「もう下がっていいわ」
「しかし……」
「聞こえなかったの?」
「……なにかあればすぐにお呼びください」

 私を捕まえたと思われる男は、警戒感を残しつつも、女性の命令に従い部屋を出た。

 そこで気付く。
 この部屋……やたらと豪華だ。

 広いだけではなくて、たくさんの調度品、美術品があふれている。
 値が張りそうな品ばかりなのだけど、調和というものがない。
 とりあえず、値段の高いものを順に買いあさり、並べてみせた。

 そんな感じの趣味の悪い部屋だ。

「趣味が悪いでしょう?」

 私の心を読んだかのように、女性が笑いながら言う。

「お父さま、お母さま、お兄さま、お姉さま……この家の人間が買ったものよ。もちろん、美術眼なんていうものはなし。高い=素晴らしい品、と信じて疑わない、愚か者の集まりね。だから、こんなにもつまらない部屋になってしまう」
「はぁ……」
「話が逸れたわね。たまには愚痴をこぼしたくて、つい」

 気さくな感じで話しかけてくれるのだけど……
 しかし、私は、この女性に気を許すことができない。

 むしろ、最大限に警戒をしていた。

 なぜかわからない。
 でも、この女性は敵だと、本能が訴えてくるのだ。

「まずは、自己紹介をしましょうか」

 女性はスカートの裾を軽くつまみ、優雅に一礼する。

「私の名前は、ゼノス・ラウンドフォール。ラウンドフォール伯爵家の次女よ」
「っ……!? その名前は……」
「ふふ」

 私が驚くのを見て、ゼノスは楽しそうに笑う。

「その反応、やっぱり、アリエルと顔を合わせているのね? そこで、私について聞いた……そうなのでしょう?」
「……ええ、その通りです」

 全て見抜かれているようだ。
 ウソをついても仕方ない……というか、話を進めづらいだけ。

 そう判断した私は、素直に彼女の言葉を認めた。

「あなたは、アリエルが言うゼノスなのですか?」
「ええ、そうよ。アリエルと対を成す、もう一人の神。って、自分で神を名乗るとか、傍から見ると痛いわね。ああ、そうそう」

 ゼノスがパチンと指を鳴らした。
 すると、私の手足を拘束する縄が勝手にほどける。

 さらに、ティーカップとポットがふわふわと宙を浮いてやってくる。
 透明人間がいるかのように、勝手に紅茶が淹れられた。

「長くなりそうだもの。座って話をしましょう?」
「……これは、お招きに預かった、ということなのですか?」
「そうよ。少し乱暴な手段になってしまったのは謝罪するわ。でも、あなたがいけないのよ? 私が仕掛けた罠を、これ以上ないほど乱暴な方法で解決しようとするのだから」

 私が考えていることも、全部、お見通しというわけか。

 なるほど。
 神というだけあって、頭の回転も早いようだ。

 とにかく、こちらも情報が欲しい。
 素直にゼノスの誘いを受けて、対面に座る。

「いただきます」

 紅茶を飲む。

「あら? 素直に飲むのね。こういう場合、毒を疑わないかしら」
「ここで毒殺するようなメリットなんて、あなたにはないでしょう?」
「賢いのね。気に入ったわ」
「どうも」

 試されていたような気はするが……
 ひとまず、ゼノスの機嫌を損ねずに済んだようだ。

「それで、なぜ私と話を?」
「あなたに興味があるの」
「私に?」
「そう。転生者だから、ちょっと気になって意地悪をしてみたら……あなた、その逆境を利用してヒーロー達と仲良くなったでしょう? 敵対するはずのメインヒロインの心を掴んだでしょう?」
「……」
「そんなこと、普通、できるものじゃない。うん、とても素敵ね」

 本気で言っているようだけど……

「私に興味があるのなら、なぜ、前回、私の命を奪ったのですか?」
「あれは世界の強制力が強いせいでもあるのだけど……基本、私は意地悪なのよ。不幸に落ちるはずの人間が幸せになる。なら、そこで今度こそ不幸に落としたらどうなるか? それを見てみたかったの」
「悪趣味ですね」
「ええ、そうよ。だって、私はそういう神だもの。アリエルの対極にいるのだから」

 まったく反省していない。
 ホント、アリエルが言っていたように厄介な神だ。

「でも……あなたは、再びこの世界に戻ってきた。そして、ヒーロー達には邪険にされているものの、妹の心は以前以上に掴んでいる。おもしろい。うん、とてもおもしろいわ」

 ゼノスの目はキラキラと輝いていた。

「それならば、私も、自分の役割をまっとうしないといけないわ。嫌がらせをして、本来の悪役令嬢が辿るように、バッドエンドを迎えさせなければならない。そう思って……」
「私の悪評を流した?」
「正解」

 たぶん、私の顔はひきつっていたと思う。

 アリエルが言っていたけれど、なんて性格の悪い。
 こんな女性……というか神さまに目をつけられてしまうなんて、とても厄介だ。

 こんなことなら、アリエルの善意に乗り、元の世界に転生していた方が……
 なんてことは欠片も思わない。

 確かに面倒だ。
 厄介だ。

 でも、ここで引き下がるわけにはいかない。
 とてもシンプルに言うと、ゼノスは私にケンカを売ってきた。
 突然、頬をひっぱたいてきたようなもの。

 それなのに逃げ出すなんてありえない。
 やっつけることができるか、それはわからないけど……
 相手が神さまだとしても、いつでもどこでも思い通りにいかないということを教えてやろう。

 私は、やられっぱなしの女ではないのだ。

「ふふ、そう睨まないで」

 私の敵意を感じ取っているだろうが、ゼノスは余裕の笑みを崩さない。

「今日は、あなたに良い話を持ってきたの」
「聞きましょう」
「あら」

 素直な態度を見せてやると、ゼノスは驚いたような顔に。

「てっきり、怒ると思っていたわ。バカにするな、とか、ふざけるな、とか」
「そういう気持ちは確かにありますが、まずは話を聞く方が先決と判断しました」

 黒幕がわざわざ姿を見せた。
 その意味を考えないといけない。

 バカにするためにやってきたわけではない。
 あざ笑いに来たわけではない。

 己の正体を暴露しているのだ。
 つまらない用事ではなくて……
 ゼノスにとって、大事な話があると考えるのが普通だ。

「合格よ。ここで短気を起こすようなら殺していたのだけど、あなたなら、話をする価値があるわ」
「それはどうも」

 まったく褒められている気がしない。

「それで、話というのは?」
「せっかちな子ね」
「雑談を望んでいるわけではないでしょう?」
「その通りね。なら、ストレートに言わせてもらうのだけど……私の仲間にならない?」

 仲間?
 それはどういうことだろう?

「私のこと、アリエルからどれくらい聞いている?」
「娯楽で私を殺すような神さまだと」
「そうね」

 否定も言い訳もせず、ゼノスは素直に頷いてみせた。
 まったく悪びれていない。

 本当、アリエルが言っていたように困った神さまだ。

「神さまなんてものをやっていると、けっこう退屈な時期があるの。不老不死で、なんでもできる。退屈しのぎっていうのが、一番の問題なのよ」
「そのために、私に色々とちょっかいをかけた?」
「正解。あなたはとても良い退屈しのぎだったわ。悪役令嬢に転生したのに、めげることなくまっすぐ歩いて、メインヒロインのような立場になってしまうんだもの。見てるだけで飽きなかったわね」
「そのまま見ていてほしかったのですが」
「そうしてもよかったのだけど、ちょっとしたいたずら心が湧いてね。ここで突然死んだら、あなたはどんな反応をするだろう? 泣くだろうか? 絶望するだろうか? それとも、屈することはないか?」

 思わず、深いため息がこぼれてしまう。

 ホント、迷惑な神さまだ。
 自分の欲求を満たすために、人一人の命に干渉してしまうなんて。

 邪神に認定しても問題ないのでは?

「で……あなたとなら、もっと退屈を潰せるような気がしたの。どう? 私と一緒に、おもしろおかしく生きてみない?」
「私は、誰かをどうこうするなんて力は持っていないのですが」
「メインヒロインやヒーローを誘惑することができるでしょう?」

 誘惑とは失礼な。
 そもそも、ヒーロー達はともかく、フィーに対しては愛しかない。

「あなたは、あなたの好きにしていいわ。ヒーロー達との恋愛を楽しんでもいいし、メインヒロインとのんびり過ごしてもいい。ただ、時々、私のために世界を引っ掻き回してもらうだけ」
「……」
「そうすれば、たくさんおいしい思いをさせてあげる。なんなら、私の使徒として、不老にしてあげる。一緒におもしろおかしく生きてみない?」

 不老という言葉は魅力的だ。

 人はいつか絶対に死ぬ。
 故に、程度の差はあれ、不老に憧れない者なんてほとんどいないだろう。

 でも……

「お断りします」
「へぇ……それはなぜ?」
「あなたのことが嫌いなので」

 怪しいとか信用できないとか。
 こんな神さまと手を組んだら破滅が待っていそうとか。

 色々と理由はあるものの……
 究極的に、その一言に尽きる。

 誰が好き好んで、私を一度殺した相手の仲間にならないといけないのか?

 あと、ゼノスは無理だ。
 生理的に無理だ。
 こいつは敵だと、本能が訴えている。
 今はなんとか自制しているものの、ちょっとした弾みで紅茶をぶっかけてしまいたくなる。

「ふふ」

 ゼノスは機嫌を悪くするどころか、よりうれしそうに笑う。

「やっぱり、あなたはとてもおもしろいわ。普通の人間なら、迷うことなく私の手を取るのに、あなたははねのけた。ふふ、とても観察しがいがあるわ」
「どうも」
「安心して。私の誘いを断ったからといって、前回のようにあなたを殺すことはしない。今回は、ほどほどの干渉で済ませるわ」
「ほどほど……ね」

 つまり、これからも嫌がらせは続くということだ。
 そんなことを、目の前で、笑顔で言ってのけるゼノスは、頭がおかしいのではないかと思う。
 さすが邪神だ。

「そういうことなら、勝負をしませんか?」
「勝負?」
「私が悪役令嬢としての運命に打ち勝ち、生き残ることができた時は、私の勝ち。逆に、世界の強制力とやらに負けて、悪役令嬢として最後を迎えたのなら、あなたの勝ち。勝者は敗者になんでも一つ、命令できる……どうですか?」
「……」

 ゼノスは目を丸くして、

「あはっ、あははははは!!!」

 爆笑した。

「私、これでも何万年と神をやっているんだけど、人間に賭けを持ち込まれたことなんて、一度もないんだけど。あはははっ、本当に面白いわ。ますます気に入った。絶対に、あなたを私のものにしたくなったわ」
「その台詞、勝負を受けるということで?」
「ええ、いいわ」

 よし。
 ひとまず、この場で考えられる限りの最善の手を取ることができた。

「あなたと一緒に遊べるのを楽しみにしているわ」
「私は、ゼノスが泣いてごめんなさい、というところを楽しみしています」

 私は悪役令嬢らしく笑い、そう言い放つのだった。