「フィー、一緒に学院に行きませんか? たまには歩いて」
「は、はい! 喜んで」

 朝。
 一緒に登校しようとフィーを誘うと、妹は花が咲いたような笑顔を浮かべて了承してくれた。

 朝から天使。
 こんな澄んだ笑顔を見ていると、心が洗われていくかのようだ。

「えっと……」

 肩を並べて歩くと、フィーは落ち着きのない様子を見せた。
 ちらちらとこちらを見て、しかし、すぐに視線を戻してしまう。

「フィー?」
「ふぁっ」
「どうしたのですか? なにやら、落ち着きがないように見えますが」
「す、すみません!」
「別に怒ってなんていませんよ。ただ、どうしたのかな、と思いまして」
「いえ、その……」

 もじもじして……
 ややあって、恥ずかしそうにしつつ言う。

「アリー姉さまが隣りにいると、なんていうか、一人じゃないと実感できて……うまく言葉にできないですけど、うれしいです」

 かわいい。
 今すぐ抱きしめて頬ずりをして匂いをかいで、もう一度抱きしめたい。

 とはいえ、外でそんなことはできない。
 ぐっと自制心を働かせて、なんとか我慢する。

「これからは、ずっと一緒ですよ?」
「はい!」

 フィーの笑顔からは曇りが見えない。
 よく晴れた天気のように、とても気持ちのいいものだ。

 たぶん、心の影を取り除くことができたのだろう。
 よかった。
 大事な妹が落ち込んでいるところなんて、欠片も見たくない。

 うまくいっているようで何より……
 いや、ちょっと待て?
 なにか大事なことを忘れているような?

「よう、シルフィーナ」

 考え込んでいると、第三者の声が。
 見ると、アレックスがいた。

「アレックス、おはよう」
「おう。シルフィーナが徒歩通学なんて珍しいな。どうしたんだ?」
「それは……アリー姉さまに誘われて」
「……アリー姉さま?」

 アレックスがキョトンとした顔をして……
 次いで、不審者を見るような目をこちらに向けてきた。

「あんたは……」
「あ、えと……こちら、アリーシャさま。私の新しいお姉さまなの」
「ふーん……ってことは、貴族か」

 敵意たっぷりの目を向けられてしまう。

 前回の記憶を引き継いでいるのは私だけ。
 なので、貴族嫌いのアレックスが私を敵視するのは当たり前なのだけど……

 前回はきちんと仲良くなれていただけに、いざ、こういう対応をされてしまうと寂しい。
 そして、悲しい。
 心にぐさりと矢のようなものが刺さる。
 でも、それは表に出さず、笑顔で対応する。

「おはようございます。それと、はじめまして。フィー……シルフィーナの姉の、アリーシャ・クラウゼンと申します」
「姉、ねえ……」

 うさんくさいものを見る目を向けられてしまう。

 というか、挨拶はどうした。
 貴族を嫌っているとはいえ、こちらが挨拶をしたのだから、それに応えるのが最低限の礼儀というものだ。
 それをこなせないと、自分だけではなくて周りの人にも迷惑がかかる。
 なぜ、そのことがわからないのか?

 笑顔を浮かべているものの、内心でイラッとしてしまう。

 アレックスが尖った性格をしているのは、ヒーローの個性をつけるためのものなのだろうが……
 それにしても、尖りすぎではないだろうか?
 このままだと、フィーを巻き込んで事件を起こしてしまいそうだ。

 実際、ゲームの中では、アレックスの浅慮な行動が原因で、主人公を巻き込んで事件を起こしていた。
 それがきっかけとなり、二人の仲は恋人に進展するのだけど……
 しかし、そんなもの、避けられるのなら避けるに越したことはない。

 よし。
 今回もアレックスの教育を……いや、待て。

 違うだろう。
 今まで綺麗さっぱり忘れていたけど、今回の私の目的はヒーローと結ばれることだ。
 アレックスも対象の一人。

 そうなると、あまり無茶なことはしない方が……?

「えっと……よかったら、アレックスも一緒にいきませんか?」
「やめとく。俺は一人でいくよ、じゃあな」
「あ、はい……」

 あれこれと迷っている間に、アレックスは一人で行動して、先に行ってしまった。
 その背中からは、私に対する拒絶の色がハッキリと出ていた。

 うーん。

 結ばれるのではなかったとしても、アレックスとは、また気軽に話ができる仲になりたいのだけど……
 それは、なかなか難しそうだ。

 前途多難。
 そんな言葉がぴたりとハマる状況に、私は思わずため息をこぼしてしまうのだった。