悪役令嬢の私ですが、メインヒロインの妹を溺愛します

 フィーは我慢強くて、そして優しい子だ。

 新しい環境に慣れようと、必死でがんばり、辛いことがあってもそれを顔に出すことはない。
 そのせいで心がすり減っていっても、我慢してしまう。

 言い訳になってしまうのだけど……
 そんな性格をしているから、前回、フィーが抱えている心の問題になかなか気づくことができなかった。
 そのせいで、長い間、つらい思いをさせてしまった。

 反省。

 だから、今回はとっとと解決することにした。

「あ、アリーシャさま、どうして……?」

 突然現れた私に、フィーはすごく動揺していた。
 独り言を聞かれてしまったのではないか? と不安に思っているのだろう。

 バッチリ聞いていた。
 ごめんなさい。

「ふぃ……シルフィーナ」
「は、はいっ」
「あなたは一人ではありません」
「えっ」
「私がいます」

 フィーがメインヒロインとか。
 仲良くすることで、ヒーローの攻略に有利になるとか。

 そういうことは、なんかもう、どうでもよくなっていた。
 頭の中から抜け落ちていた。

 単純に……
 目の前で、心の中で寂しそうに泣いている妹を放っておけない。
 それだけで、私は衝動的にフィーを抱きしめた。

「……あっ……」
「この前は、突然、抱きしめたりしてごめんなさい。怖がらせてしまったみたいですね」
「え、と……今も、こうして……」
「はい、抱きしめていますね」
「……」
「怖いですか?」
「い、いえ」

 戸惑いを見せつつも、フィーは否定した。

 私を怒らせないように、言葉を考えている……という様子はない。
 ウソが苦手な子だから、嫌がっていないということはわかる。

 よかった。
 これで再び怖がられたら、ショックで立ち直れないところだった。

「フィーは一人ではありません、私がいます。私達は姉妹ですよ?」
「ですが、それは……」
「クラウゼン家に引き取られたことを気にしているのですか? それとも、まだ数日しか過ごしていないことを? あるいは、私という人間がよくわからないから?」
「……」
「全部、という顔をしていますね」
「す、すみませんっ」
「いいんですよ、それは当然のことですから」

 二周目の私と違い、フィーはなにも記憶がない。
 戸惑いを覚えて、距離をとってしまうのは当然のこと。
 そこを責めるバカなことはしない。

「フィーの戸惑いと迷いは、否定しません。繰り返しになりますが、それは仕方ないことです」
「はい……」
「ただ、私は違いますよ」
「え?」
「私は、こうして抱きしめたくなるくらい、あなたのことが好きです。シルフィーナ・クラウゼンのことを、かわいいかわいい妹だと思っています」
「それは……でも、どうして……?」
「簡単な話ですよ」

 フィーを離して、少しだけ距離を取る。
 そして、にっこりと笑いつつ、言う。

「誰かを好きになるのに、理由なんて必要ですか?」
「……あ……」

 フィーがぽかんとした顔に。

 そんな妹に、私はさらに言葉を重ねる。

「私は、あなたのことが好きですよ。大事な妹だと思っています」
「そんな……でも……」
「本当ですよ?」
「どうして……私、なんて……」
「こら。そういう台詞は禁止です。あなたが自分のことを卑下してしまうのは、私が止められるものではありませんが……しかし、私の想いまで否定するようなことを口にしてはいけません。それは、失礼というものですよ」
「ご、ごめんなさい……」
「はい、謝罪を受け取りました」
「……」
「……」

 ちょっとした間。

「怒らないのですか……?」
「どうして?」
「私、失敗したのに……してはいけないことをしたのに……」
「そんなこと気にしませんよ。失敗なんて、誰もがすること。それに、何度でも言いますが、私はシルフィーナのことが好きですから。かわいいと思っていますから。多少のことくらいは、許してしまいます」
「私は……」

 フィーは悩むように、考えるように視線を落とした。
 少しだけ待ち、それから優しく声をかける。

「なので、あなたを一人になんてしません。これからずっと、傍にいます」
「ずっと……ですか?」
「はい、ずっとです」
「それは……本当に?」
「もちろんです。約束します」
「……」

 フィーは泣きそうな顔になって……
 それを隠すかのように、こちらに抱きついてきた。

「わっ」
「うぅ……」

 小さな肩が震えている。

 どれだけの寂しさを抱えてきたのか?
 どれだけの孤独に傷ついてきたのか?
 そのことを思うと、とても胸が痛い。

 だからこそ、今できることとして、これ以上の孤独は与えてなんかやらない。
 幸せな記憶で埋め尽くしてやりたいと思う。

「……お願いをしてもいいですか?」
「はい、どうぞ」
「……このまま、ぎゅってしてほしいです」
「こうですか?」

 フィーが望むまま、ぎゅうっと抱きしめた。
 そうすると、彼女もさらに強く私に抱きついてきた。

「……アリーシャさま」
「はい」
「……うれしいです」
「はい」
「ぐす……私、これまでもこれからも、ずっと一人だと思っていて……でも、それは違っていて……本当に、うれしいです……」
「はい」

 フィーは涙混じりに、心の内を語り……
 私は、そんな妹の頭を何度も何度も撫でていた。