私の名前は、シルフィーナ・クラウゼン。

 少し前までは違う名字だったのだけど……
 ちょっとした事情があって、姓がクラウゼンになった。

 いきなり公爵令嬢になって……
 いきなり大きな屋敷で暮らすことになって……
 いきなり姉ができて……

 私の日常は目まぐるしく変わる。

「はぁ……なんで、こんなことになったんだろう?」

 新しい生活は戸惑いの連続。
 なかなか慣れることができなくて、ちょっと疲れてしまう。

 そんな中、一番気になっているのは……

「アリーシャさま……か」

 新しくできた私の姉。
 とても綺麗な人で、同性の私もついつい見惚れてしまいそうになる。

 ただ……

 よくわからない人だ。
 初対面の時、いきなり抱きしめられた。
 なんで?

「……ちょっと怖いかも」

 なにを考えているのだろう?
 それがわからない人は苦手だ。

 どうすれば不快に思われないか。
 どうすれば嫌われないで済むか。

 自分が取るべき行動が見えてこないので、どうしていいかわからなくなってしまう。
 結果、アリーシャさまを避けてしまうことに。

「うぅ、怒っていないといいのだけど……」

 何度かお茶の誘いを受けて、しかし、全部断ってしまった。

 今日もそうだ。
 断ろうとして……
 でも、それに焦れたのか強引に連れ出されてしまった。

 あれは怒っていた証ではないか?
 にこにこと笑っていたものの、それは仮面で、内心ではイライラしていたのではないか?

 なんて。

 悪いことを考えると、どんどんマイナス方面に思考が傾いてしまう。

「これじゃあダメなのに……」

 早く新しい家に慣れないといけない。
 いい子にして、うけいれてもらわないといけない。

 がんばらないと。

「うん。そのためにいい子でいないと……って、いけないいけない。こんな口調じゃダメだよね。ううん、ダメですよね」

 今の私は、公爵令嬢だ。
 それにふさわしい言動を身に着けなければいけない。

 だから、今までのような軽い口調は捨てて……
 アリーシャさまのような丁寧な話し方を覚えないといけない。

 そうやって、仮面をかぶらないといけない。

「せめて、ここでは……」

 私の居場所がほしい。

「……もう、一人はいや……」

 誰かに愛されたい。
 それが贅沢だというのなら、せめて、誰かに隣にいてほしい。
 私がこの世界で一人ぼっちじゃないことを教えてほしい。

 わかっている。

 こんな考え、最低だ。
 誰かに手を差し伸べてもらうことだけを期待してて、自分から動こうとしない。
 怖いからと、なにもしようとしない。

 そのくせ求める理想は高く、無条件で与えてくれることを望んでいる。
 なんてわがままなのだろう。
 恥知らずといってもいいかもしれない。

「……でも、仕方ないじゃない」

 私は弱い人間だ。
 なにかがんばろうとしても、でも、どうしようもないことが多い。
 結局、失敗してしまうことばかりだ。

 自分に嫌気が差すのだけど、でも、どうすることもできない。

「私……ここにいてもいいのかな?」

 私は、今日何度目になるかわからないため息をこぼそうとして……

「もちろんです!」
「えっ」

 突然、アリーシャさまの声が響いた。