「ただ、気をつけてほしい」

 アリエルは真面目な顔になり、固い声で言う。

「悪役令嬢というものは、基本的に破滅が決まっている。君は、あれこれと動いていたものの、結局、謎の病死を遂げてしまった。破滅が決定していることは、その身で体験しただろう?」
「あれは、なんなのですか? 世界の強制力とか、そういうものですか?」
「まあ、そんな感じかな」

 アリエル曰く……

 あの世界は乙女ゲームを元に作られている。
 故に、ヒロインは幸せになる。
 故に、悪役令嬢は破滅する。
 それは絶対。

 水が高いところから低いところへ流れるように。
 鳥が空を飛ぶように。
 絶対の真理だ。
 なにかしたとしても、それに抗う術はない。

 ……ということらしい。

「転生させておきながら破滅しかないなんて……ずいぶんと身勝手ですね」
「だから、そこについてはホント悪いと思っているんだよ? 私も、そんなつもりはなくてねー。ちょっと、困ったヤツが介入してきたんだよ?」
「困ったヤツ?」
「そう。私と同じ神で、そいつのせいで君は悪役令嬢なんてものに転生したんだ」
「つまり、もう一人の神さまが元凶?」
「そいつの名前は、ゼノス」

 ゼノス。
 それは、私の敵なのだろうか?

「あの世界でやり直すのなら、君が取るべき行動は二つ」
「二つ?」
「まずは、ゼノスを探し出すことだ。そして、世界に対する干渉をやめさせる」

 ふむ?
 いまいち話が見えてこない。

 こちらの困惑を察した様子で、アリエルが続けて説明をする。

「世界の強制力は確かにあって、それで君は二度目の死を迎えた。でも、考えてみてくれ。死ぬとしても、本来はもう少し先のはずだろう?」
「確かに……」

 悪役令嬢としての破滅は、学院の卒業と同時だ。
 そこから転落して、断罪されて……という流れだった。

 それなのに、いきなりの病死。

「予定が変更されたのは、ゼノスが世界の強制力に干渉したからさ。君を厄介に思ったんだろうね。もしかしたら、運命が覆されるかもしれない。それはつまらない、予定通りに破滅してほしい。だから、運命に干渉した、というわけさ」
「……話を聞くと、とんでもなく迷惑な神さまですね」
「実際、迷惑なんだよ。彼のせいで、君は悪役令嬢なんてものに転生したからね」
「その神さまのせいで? しかし、どうして悪役令嬢に転生を?」

 そのようなことをするメリットがわからない。

 すると、アリエルは心底うんざりという感じで、ため息をこぼす。

「娯楽なんだ」
「娯楽?」
「そう。ゼノスにとって、君を悪役令嬢に転生させたのは娯楽でしかないんだ。ゲームの世界に転生。でも、悪役令嬢。どうしよう? って慌てるところを見て、楽しむような性格破綻者なんだよ、彼は」
「……その方、本当に神さまなんですか? 悪魔ではないのですか?」
「一応、神だよ。邪神、って呼ばれているけどね」
「あぁ……納得です」

 要するに、ゲームの魔王と同じような立ち位置なのだろう。
 それなら、今アリエルが言ったようなことも平気でやってしまうのだろう。

 なんて厄介な人に目をつけられたのだろう。
 げんなりする。

 あ。
 人じゃなくて神さまか。

「ゼノスは、君の行動を観察するために近くにいるはずだ。隠れているかもしれないし、誰かに化けているかもしれない。どうにかこうにか見つけ出してくれ。そうすれば、後はボクがなんとかしよう」
「できるのですか?」
「できるさ。同じ神だから、争うととことんめんどくさいことになるからね。快楽主義者のあいつは、そういうめんどうは嫌うはず。手を引くと思うよ」
「意外と頼りになるのですね」
「え? 意外? あれ?」

 だって、仕方ないでしょう?
 第一印象は、とても軽薄な女の子、なのだから。

 神さまと言われても、未だに、数割は信じられない。

「もう一つは、ヒーローと結ばれることだ」
「それは……恋人になれと?」
「その上かな。夫婦になってほしい。夫婦が無理なら、せめて純血を捧げてほしい」
「……それはまた、ずいぶんと話が飛びましたね」
「ゲームだと、エンディングでは、だいたいそういう関係になっているだろう? つまり、そういうことさ」
「どういうことですか」

 わからないので、きちんと説明してほしい。
 神さまだからなのか、わりと話の進め方が勝手だ。

「君が破滅してしまうのは、悪役令嬢だからだ。悪役令嬢であるうちは、なにをしても破滅してしまう。だから、悪役令嬢でなくなることが大事だ」
「……なるほど。つまり、ヒーローと結ばれることで、ヒロインに昇格してしまえ……と?」

 ゲームでも、ない話じゃない。
 続編などが出た場合……
 前作では脇役や敵だったキャラクターがヒロインに昇格することは、たまにある。

「そうなれば、君は悪役令嬢ではなくてヒロインとなる。理不尽な破滅を回避することができる」
「ふむ」

 話をまとめると……

 どこかにいるであろう、ゼノスという神さまを探し出す。
 あるいは、ヒーローと結ばれてヒロインに昇格する。

 そのどちらかを達成しない限り、やり直したとしても、私は破滅を迎えてしまうわけか。

「……わかりました。どちらを選ぶか、それはまだなんともいえませんが……今度こそ、破滅を回避してみたいと思います」
「うんうん、その意気だよ。がんばれー!」

 アリエルが応援してくれる。
 そういう気軽なところが神さまらしくない。