気がつけば見知らぬ場所にいた。

 雲の上……なのだろうか?
 足元は白いもやで覆われていて、ふわふわとした感触が伝わってくる。

 周囲も白。
 そして、なにもない。

 なにもないのだけど、でも、暗くなることはなくて明るい。
 どういう原理なのだろう?

「やっほー」

 絶世の美女がいた。
 傾国の美女というのがいたら、こんな人なのだろうと、そう思うような人。

 長い髪は宝石のように輝いている。
 肌は白く、陶器のよう。
 手足は長く、凹凸もハッキリとしているなど、スタイル抜群だ。
 同性の私からしても、見惚れてしまうほどの美を持つ女性だった。

 でも、やたらとフランクな態度だ。
 そのギャップのせいで、妙な脱力感を覚えてしまう。

「はぁ……こんにちは」
「お、いいねいいねー。普通、こんな状況に放り出されたら、混乱してしばらくはまともな話ができないんだけどね。でも、君はしっかりと挨拶をすることができた。いいねいいねー。挨拶は会話の基本だからね。とても大事だよ、うん」
「えっと……なにを言いたいのかわかりませんし、そもそも、あなたはどちらさまなのでしょう? ……と、そんなことを尋ねる私は、やはり普通ですか?」
「そんな一言を付け足すところは普通じゃないけどね。あはは、やっぱり君はおもしろい」

 よくわからないけど、気に入られたみたいだ。
 でも、あまりうれしくないのはなぜだろう?

 というか……
 この人を見ていると、なぜかイライラしてしまう。
 いじめっ子を前にしたような感じだ。

 はて?
 私とこの人は相性が悪いのだろうか?

「ようこそ、アリーシャ・クラウゼン」
「私の名前を……」
「もちろん、知っているさ。君のその前の生……静岡静留、という名前もね」
「……」

 アリーシャに転生する前の私も知っている。
 やはりというか、この人、普通の人間ではないようだ。

「自己紹介をしようか。私は、アリエル。君達、人間が言うところの神様というヤツさ」
「……なるほど」

 納得した。
 なので……

「うわっ」

 生きている頃に宣言した通り、殴ろうとしたのだけど、避けられてしまう。

「いきなりなにするのさ、危ないなー」
「私に理不尽な運命を課しているような気がしたので、その仕返しをしておこうと」
「うーん、そう言われると否定できないなー」
「ということは、本当に、あなたが私の運命をいじっていたのですか……?」
「正解♪」

 やはり殴っておきたい。
 そう思えるくらい、今の神様はとても苛立つ顔をしていた。

 とはいえ、それをしていたら話が進まない。
 死んだ私の魂? を呼び寄せるくらいなのだから、大事な話があるのだろう。

「どうして、私の前に姿を表したのですか?」
「謝罪と救済を」
「ふむ」

 意味深な内容ではあるが、ひとまず、話くらいは聞いていいだろう。
 本物の神様だとしたら、それくらいの価値はあるはず。

「まずは謝罪を。静岡静留として生きてきた君を、アリーシャ・クラウゼンに転生させたのは私だよ。そういう意味では、私が君の運命をいじっていたことになるね」
「あなたが……ただ、謝罪するほどのことなのですか? ゲームの世界とはいえ、また人間に生まれ変わることができたのは、とてつもない幸運だと思うのですが」

 世界の生物の数を考えると、人間に生まれ変わらない確率の方が圧倒的に高い。
 ダンゴムシに生まれ変わっていたかもしれない。

 そのことを考えると、悪役令嬢とはいえ、人間に生まれ変わらせてくれたことは感謝することだと思う。

「まあ、そうなんだけどね。でも、私としては、君を普通の世界の普通の女の子に転生させるつもりだったんだ。それなのに、乙女ゲームの悪役令嬢なんてものに転生させてしまった。君も知っての通り、悪役令嬢は、どうあがいても破滅しか待ち受けていないからね。希望を持たせて、でもやっぱり殺す……なんて、悪趣味な真似は私はしないよ。だからこその謝罪さ」
「それはつまり……悪役令嬢に転生した時点で、私の短命は決まっていたと?」
「そうだね。君があれこれしたから、運命は多少前後したけど、基本的に短命であることは間違いないよ。これは、ゲームと同じさ」
「ふむ」

 だから、私は原因不明の病にかかったのか。
 そして、そのまま命を落とした。

 世界の強制力というか、そういうものが働いて、私に悪役令嬢としての最後の務めを果たさせようとしたのだろう。
 その結果が、アレだ。

「私は、本来は普通の女の子に転生するはずだった……と?」
「そうだね」
「なぜ、そんなことが可能だったのですか? 私の前世……静岡静留は、よくできた人間ではなくて、それほどの徳は積んでいなかったと思うのですが」
「そんなことはないさ。確かに、君は普通に生きて普通に死んだ。でも、たくさんの人を笑顔にしてきた。それは、なかなかできることじゃないさ」

 そんなことを言われても実感がない。
 みんなに笑顔であってほしいと、そう思っていたけれど……

 それは、あくまでも私のため。
 だって、その方が楽しいから。

「ただまあ、ちょっとしたトラブルがあってね。君は、乙女ゲームの悪役令嬢なんてものに転生してしまった。そして、例外なく、悪役令嬢として破滅を迎えることになった。そのことについては申しわけなく思っているから、救済をしたいんだよ」
「救済……ですか」
「うん。今度こそ、君を普通の世界の普通の女の子に転生させようと思う。記憶は、引き継いでも引き継がなくても、どちらでもいいよ。君の自由だ。あ、でもチートはないよ? 転生先は、一度目の人生と同じ地球の日本だからね」
「日本に……」
「そこで三度目の人生を楽しむといい。一度目や二度目の人生と同じにならないように、加護を授けるから、今度は短命にはならないはずさ。まあ、100歳を超える長寿になるとは言えないけどね。それなりに人生を謳歌できるはずさ」

 神様はにっこりと笑う。
 聖母の笑みという言葉がふさわしい、とても優しい顔だ。

「……」

 このまま神様に身を委ねれば、私は第三の人生を楽しむことができる。
 そこでは、普通の女の子として生きることができる。
 悪役令嬢として、理不尽な目に遭うことはない。

 それは、とても素晴らしいことなのだけど……
 でも、それを素直に受け入れることはできなかった。

「待ってください」
「うん? どうしたんだい?」
「普通の世界ではなくて、また、乙女ゲームの世界に転生することは可能ですか?」
「えっ」

 神様が目を丸くした。

 それはそうだ。
 ひどい目に遭ったというのに、また同じ世界に戻りたいなんて……
 普通はそうは思わないだろう。

「どうして、そんなことを?」
「私は、まだあの世界でやり残したことがありますから」

 突然すぎて、みんなとちゃんとお別れをしていない。

 それに、フィーのことが気になる。
 私が死んだことで、フィーは、また家族を失ってしまった。
 そのことが心の傷になっていたら?
 できることなら、どうにかしたい。

 死んだとしても、私は、フィーの姉なのだ。

「君は変わっているねえ」

 神様が苦笑した。
 それから、表情を一転させて真面目な顔に。

「可能といえば可能だけど、イレギュラーなケースだからね。普通の転生じゃなくて、最初からやり直すことになるよ?」
「最初というと……アリーシャの中で、前世の記憶が蘇った時ですか?」
「そう、そこからだね」
「なるほど」

 フィーとそれなりに仲良くなれたと思うのだけど、それはリセット。
 ゼロからの関係になる。

 フィーだけじゃない。
 アレックス、ジーク、ネコ……みんなともゼロから始めることになる。

 二度目の転生をして再会したら、他人を見る目を向けられるのだろう。
 それは、想像するだけで辛いが……

「それはそれで、やりがいがあるというものです!」