原因不明の病。
 悲恋の物語などでよく出てくるものだ。

 ヒーロー、あるいはヒロインが病に倒れる。
 治療するために奮闘するものの、その努力虚しく愛する人は他界してしまう。
 そんな物語が多い。

 ただ、それはあくまでも物語の中の話だ。
 現実に原因不明の病が出てくることは、ほとんどない。

 なにしろ、この世界には魔法がある。
 私達はそれほどうまく扱えないのだけど……
 大人になれば、大半の人が習得することができて、奇跡を体現することができる。

 治癒魔法もあり、前世では致命傷という傷も治療することが可能だ。
 それは怪我だけではなくて、病気にも有効とされている。

 故に、この世界に不治の病は存在しない。
 原因不明の病も存在しない。

 まあ。
 絶対なんて言葉は実際は存在しないので、断定はできないのだけど。

「原因不明の病なんて、それは本当なのですか?」
「断定はできないのだけど……その可能性が高い」
「ジークのヤツ、わざわざ城から医者を呼び寄せてきたんだよ。しかも、王族専属の医者。そんな人がなにもわからない、って言うんだ。原因不明だろ?」
「アレックス、君はデリカシーというものにかけているね。確かにそれは事実だけど、もう少しいい方というものがあるだろう」
「アレックス!」
「うっ」

 ジークとフィーの二人に怒られて、アレックスは気まずそうな顔に。
 言葉のチョイスを間違えたと、反省している様子だ。

「……アリーシャ、悪い」
「いいえ、私は気にしていませんよ」

 本当に気にしていない。

 原因不明の病と言われても、正直、ピンと来ない。
 あまりにも現実感がないからだ。

「その方を疑うわけではないのですが、私は、本当に病に侵されているのですか? 過労などの可能性は?」
「それも、ないことはないのだけど、意識を失うほどのものは考えられないそうだ」
「三徹して働き続けてた、っていうなら話は別だけど、そういうわけじゃないだろ?」
「それもそうですね」

 過労で倒れるにしても、それ相応の原因がある。
 その原因にまったく心当たりがない以上、私は原因不明の病に侵されているのだろう。

「うーん」

 とはいえ、やはりピンと来ない。

 突然すぎるせいなのか。
 あるいは、体に不調がないからなのか。

 病と言われても、なかなか納得することができない。

「お医者さまは、なんて?」
「ひとまず、一週間は安静にするように……と。あと、毎日、診察をしたいらしい」
「一週間ですか」

 退屈な時間を過ごすことになりそうだ。
 原因不明の病に侵されたと聞いて抱いた感想は、そんなものだった。



――――――――――



 翌日の昼下がり。

「アリーシャ姉さま!」

 学院の制服姿のまま、フィーが私の部屋にやってきた。
 飛び込むような勢いで、いつものおとなしい様子はどこへやら。

「フィー? やけに早いですね」
「アリーシャ姉さまのことが心配で、走って帰ってきました!」

 小さな体を一生懸命に動かして、走るフィー。
 小動物みたいで、とてもかわいいだろう。
 想像してみたら鼻血が出そうになった。

 とはいえ、それは令嬢としてダメだろう。
 それに転んだら怪我をするかもしれない。

「フィー。私のことを心配してくれるのはうれしいですが、そういう無茶をしてはいけませんよ?」
「あぅ……す、すみません」

 たしなめられて、しょぼんとするフィー。
 反省できる子、偉い。

「アリーシャ姉さま、体の調子はどうですか? 大丈夫ですか?」
「はい、なんともありませんよ」
「本当に? 無理していませんか?」
「していませんよ」

 ずっとベッドの上にいて、おとなしくしている。
 そのおかげなのか、特に体調に変化はない。

「よかった……」

 フィーはとても安心した様子で、小さな吐息をこぼした。
 それから、両手をぐっとして、強く言う。

「アリーシャ姉さま、安心してくださいね! 絶対に、私が治療方法を見つけてみせますから!」
「ありがとう、フィー」

 かわいい妹が私のためにがんばってくれるのは、すごくうれしいのだけど……うーん、このままでいいのだろうか?
 みんなに心配をかけて、苦労をさせて、巻き込んでしまう。

 とはいえ、原因不明の病なんてものを相手にどうすればいいか、まったくわからない。
 難しい問題に、私は、フィーに気づかれないようにため息をこぼすのだった。