翌日。
私とフィーは馬車に揺られていた。
目的地は学舎だ。
昨日は休みだったけれど、今日から、いつものように授業が始まる。
「……ふぅ」
休み明けの月曜日は憂鬱、なんていう言葉を前世で聞いたことがあるのだけど、それはこの世界でも適用される。
いや。
正確に言うと、この私だけに適用される、と言うべきか。
この国は知識を上流階級で独占するようなことはせず、幅広い教育に力を入れている。
学舎を建設して、貴族平民問わず、一定の年齢になれば自動的に入学して、勤勉に励むようなシステムを作り上げていた。
「あの……アリーシャ姉さま、どうしたのですか?」
対面に座るフィーが、ため息をこぼす私を見て、不安そうに言う。
「いえ。この先のことを考えると、少し憂鬱になってしまって」
「この先?」
貴族平民を問わないということは、当然、アレックスも学舎に通っているわけだ。
年齢が違うため、さすがにクラスは違うものの、フィーと一緒にいる以上、顔を合わせる機会は何度もあるだろう。
あれだけ派手にケンカをしたというのに、どんな顔をすればいいのか?
そのことを考えると、今から憂鬱だ。
「なんでもありません。それよりも、フィーは、どうして落ち着かない顔を?」
「そ、そう見えますか……?」
「ものすごく」
「うぅ……アリーシャ姉さまには、隠しごとができません。その……今までは徒歩で通学をしていたため、馬車で通学するということに慣れず」
「なるほど……なるほど?」
前世で言うのならば、いきなり車で送り迎えされるようなものだ。
目立つだろうし、色々な意味で気まずいだろう。
ただ、フィーは平民ではなくて貴族のはず。
父さまの弟の娘と聞いているのだけど……
いったい、どのような生活を送ってきたのだろう?
「……あれ?」
少し待ってほしい。
今、違和感というか、おかしなことが……そう、フィーが貴族という点だ。
フィーとアレックスは幼馴染と聞いているのだけど、でも、フィーは貴族。
普通に考えて、アレックスは妹を嫌うのでは?
いくら幼馴染だとしても、仲良くなるきっかけが必要なのでは?
つまり……
フィーは、なにかしらのイベントを経由することで、アレックスと仲良くなった。
そのイベントの内容は、どんなものだったかしら?
ファンブックに書いてあったはずなのだけど、あまりに細かい情報だから、頭から飛んでいってしまいそうになっている。
「んぅ……」
思い出そうとするのだけど、そうすればそうするほど、イベントの記憶が遠ざかる。
思い出したい情報に限って、なかなか思い出すことができない。
記憶というものはとても厄介な構造をしている。
「ねえ、フィー」
「はい、なんですか?」
「昨日、力になってくれる、って言いましたよね? さっそく、力を……」
貸してください、と言おうとしたところで、馬車が学舎の前に到着した。
タイミングが悪い。
学舎前を占拠するわけにはいかないから、話はまた今度だ。
「アリーシャ姉さま?」
「ううん、なんでもありません。とりあえず、今は学舎に行きましょう」
馬車を降りて、学舎へ。
そんな私の後ろを、トテトテとフィーが追いかけてくる。
うーん、カルガモの子供みたい。
でも、そんなところもかわいい。
さすが、私の妹。
あーもう、また今度、ぎゅうって抱きしめたい。
――――――――――
「なんて、妹の行動にほんわかしている場合じゃないんですけどね……」
アレックスと仲良くならないといけないのに、妹に燃えている場合じゃないだろう、私。
もっと積極的に行動をしないと。
「とはいえ、情報が足りないんですよね」
貴族嫌いのアレックスが、どうして貴族であるフィーと仲良くなったのか?
その情報はとても大事だ。
朝は時間がなかったため、途中で話を切り上げたのだけど……
昼休みなら、落ち着いて話をすることができるだろう。
そう思い、フィーの教室を訪ねたのだけど……
「ねえ、クラウゼンさん。あなた、本家に引き取られたというのは本当なのかしら?」
「まさか。そのようなことが、あるわけがありませんわ。だって、クラウゼンさんに公爵令嬢が務まるわけがありませんもの」
「そうですわよね。貴族としての血は流れているものの、それにふさわしい能力はありませんわ。あら、ごめんなさい。ついつい、本当のことを言ってしまいましたわ」
「……」
フィーを囲むようにして、三人の女子生徒が嫌味を並べ立てていた。
教室の入り口で、こっそりと様子を見ていた私は、表情から色が消えていくのがわかる。
なに?
なんなの?
あの子達は、私のかわいい妹に、いったいなにをしているの?
「あっ……お、お前」
「え?」
聞き覚えのある声に振り返ると、アレックスの姿が。
先日のこともあり、ものすごく微妙な顔をしていた。
しかし、それは私も同じで、居心地の悪さを感じて、なんともいえない気持ちになる。
「……なんで、お前がここにいるんだよ。ここは下級生の教室だぞ」
「フィーと一緒にお昼を食べようと思いまして。そういうあなたは?」
「助けに来たんだよ」
「助けに?」
「シルフィーナのヤツ、いつもいけすかない貴族に絡まれているから……だから、昼はいつも、俺が一緒するようにしているんだ。でも、今日は前の授業の都合で遅れて……」
「あっ」
そういえば、メインヒロインであるフィーは、悪役令嬢のアリーシャ・クラウゼンだけではなくて、他の生徒からも嫌がらせを受けていた。
そこをアレックスや他のヒーロー達に助けられて、距離が近づいていく……という小さなイベントがあることを思い出した。
あまりにも小さなイベントで、テキスト数行で終わるようなものだから、今の今まで忘れていた。
「フィーは……嫌がらせを?」
「そうだよ。そんなことも知らないなんて、やっぱり、お前はシルフィーナの姉になる資格なんて……」
「……許せませんね」
「え?」
アレックスがキョトンとするものの、私は気にしていられない。
余計なトラブルを生みかねないという理由から、本来、上級生が下級生の教室に入ることは禁止されている。
でも、そんなことは知らない。
ルールよりも、フィーのことが大事なのだ。
「そこのあなた達っ!!!」
教室に入るなり、フィーを取り囲み、嫌味を並べ立てていた女子生徒達に雷のごとく大きな声をぶつけてやる。
突然のことに、女子生徒達はビクリと震えて、恐る恐るこちらを見る。
「お、おい!? お前、なにするつもりだよ」
「決まっています」
驚くアレックスをちらりと見て、それから、前を見る。
「姉の役目を果たすのです」
私とフィーは馬車に揺られていた。
目的地は学舎だ。
昨日は休みだったけれど、今日から、いつものように授業が始まる。
「……ふぅ」
休み明けの月曜日は憂鬱、なんていう言葉を前世で聞いたことがあるのだけど、それはこの世界でも適用される。
いや。
正確に言うと、この私だけに適用される、と言うべきか。
この国は知識を上流階級で独占するようなことはせず、幅広い教育に力を入れている。
学舎を建設して、貴族平民問わず、一定の年齢になれば自動的に入学して、勤勉に励むようなシステムを作り上げていた。
「あの……アリーシャ姉さま、どうしたのですか?」
対面に座るフィーが、ため息をこぼす私を見て、不安そうに言う。
「いえ。この先のことを考えると、少し憂鬱になってしまって」
「この先?」
貴族平民を問わないということは、当然、アレックスも学舎に通っているわけだ。
年齢が違うため、さすがにクラスは違うものの、フィーと一緒にいる以上、顔を合わせる機会は何度もあるだろう。
あれだけ派手にケンカをしたというのに、どんな顔をすればいいのか?
そのことを考えると、今から憂鬱だ。
「なんでもありません。それよりも、フィーは、どうして落ち着かない顔を?」
「そ、そう見えますか……?」
「ものすごく」
「うぅ……アリーシャ姉さまには、隠しごとができません。その……今までは徒歩で通学をしていたため、馬車で通学するということに慣れず」
「なるほど……なるほど?」
前世で言うのならば、いきなり車で送り迎えされるようなものだ。
目立つだろうし、色々な意味で気まずいだろう。
ただ、フィーは平民ではなくて貴族のはず。
父さまの弟の娘と聞いているのだけど……
いったい、どのような生活を送ってきたのだろう?
「……あれ?」
少し待ってほしい。
今、違和感というか、おかしなことが……そう、フィーが貴族という点だ。
フィーとアレックスは幼馴染と聞いているのだけど、でも、フィーは貴族。
普通に考えて、アレックスは妹を嫌うのでは?
いくら幼馴染だとしても、仲良くなるきっかけが必要なのでは?
つまり……
フィーは、なにかしらのイベントを経由することで、アレックスと仲良くなった。
そのイベントの内容は、どんなものだったかしら?
ファンブックに書いてあったはずなのだけど、あまりに細かい情報だから、頭から飛んでいってしまいそうになっている。
「んぅ……」
思い出そうとするのだけど、そうすればそうするほど、イベントの記憶が遠ざかる。
思い出したい情報に限って、なかなか思い出すことができない。
記憶というものはとても厄介な構造をしている。
「ねえ、フィー」
「はい、なんですか?」
「昨日、力になってくれる、って言いましたよね? さっそく、力を……」
貸してください、と言おうとしたところで、馬車が学舎の前に到着した。
タイミングが悪い。
学舎前を占拠するわけにはいかないから、話はまた今度だ。
「アリーシャ姉さま?」
「ううん、なんでもありません。とりあえず、今は学舎に行きましょう」
馬車を降りて、学舎へ。
そんな私の後ろを、トテトテとフィーが追いかけてくる。
うーん、カルガモの子供みたい。
でも、そんなところもかわいい。
さすが、私の妹。
あーもう、また今度、ぎゅうって抱きしめたい。
――――――――――
「なんて、妹の行動にほんわかしている場合じゃないんですけどね……」
アレックスと仲良くならないといけないのに、妹に燃えている場合じゃないだろう、私。
もっと積極的に行動をしないと。
「とはいえ、情報が足りないんですよね」
貴族嫌いのアレックスが、どうして貴族であるフィーと仲良くなったのか?
その情報はとても大事だ。
朝は時間がなかったため、途中で話を切り上げたのだけど……
昼休みなら、落ち着いて話をすることができるだろう。
そう思い、フィーの教室を訪ねたのだけど……
「ねえ、クラウゼンさん。あなた、本家に引き取られたというのは本当なのかしら?」
「まさか。そのようなことが、あるわけがありませんわ。だって、クラウゼンさんに公爵令嬢が務まるわけがありませんもの」
「そうですわよね。貴族としての血は流れているものの、それにふさわしい能力はありませんわ。あら、ごめんなさい。ついつい、本当のことを言ってしまいましたわ」
「……」
フィーを囲むようにして、三人の女子生徒が嫌味を並べ立てていた。
教室の入り口で、こっそりと様子を見ていた私は、表情から色が消えていくのがわかる。
なに?
なんなの?
あの子達は、私のかわいい妹に、いったいなにをしているの?
「あっ……お、お前」
「え?」
聞き覚えのある声に振り返ると、アレックスの姿が。
先日のこともあり、ものすごく微妙な顔をしていた。
しかし、それは私も同じで、居心地の悪さを感じて、なんともいえない気持ちになる。
「……なんで、お前がここにいるんだよ。ここは下級生の教室だぞ」
「フィーと一緒にお昼を食べようと思いまして。そういうあなたは?」
「助けに来たんだよ」
「助けに?」
「シルフィーナのヤツ、いつもいけすかない貴族に絡まれているから……だから、昼はいつも、俺が一緒するようにしているんだ。でも、今日は前の授業の都合で遅れて……」
「あっ」
そういえば、メインヒロインであるフィーは、悪役令嬢のアリーシャ・クラウゼンだけではなくて、他の生徒からも嫌がらせを受けていた。
そこをアレックスや他のヒーロー達に助けられて、距離が近づいていく……という小さなイベントがあることを思い出した。
あまりにも小さなイベントで、テキスト数行で終わるようなものだから、今の今まで忘れていた。
「フィーは……嫌がらせを?」
「そうだよ。そんなことも知らないなんて、やっぱり、お前はシルフィーナの姉になる資格なんて……」
「……許せませんね」
「え?」
アレックスがキョトンとするものの、私は気にしていられない。
余計なトラブルを生みかねないという理由から、本来、上級生が下級生の教室に入ることは禁止されている。
でも、そんなことは知らない。
ルールよりも、フィーのことが大事なのだ。
「そこのあなた達っ!!!」
教室に入るなり、フィーを取り囲み、嫌味を並べ立てていた女子生徒達に雷のごとく大きな声をぶつけてやる。
突然のことに、女子生徒達はビクリと震えて、恐る恐るこちらを見る。
「お、おい!? お前、なにするつもりだよ」
「決まっています」
驚くアレックスをちらりと見て、それから、前を見る。
「姉の役目を果たすのです」