「……は?」

 たっぷり一分ほど沈黙して、それからヒュージは間の抜けた声をこぼした。

 目を丸くして、ポカーンとしている。
 大貴族とは思えない間抜けっぷりだけど、それくらいに驚いたのだろう。

「ですから、私とアレックスは恋人同士なのです」
「こい……びと?」

 ヒュージの視線がアレックスに向けられた。
 本当か? と目で尋ねている。

「あ、ああ……ホントウ、だよ」

 ぎこちないながらも、肯定するアレックス。

 演技がポンコツすぎる。
 なにがなんでもウソをつくことができない体質なのだろうか?

 呆れ、内心でため息をこぼす。
 でも、私は笑顔を崩さない。
 それどころか、ちょっと照れた様子で話を続ける。

「本当に……アレックスとクラウゼン嬢、が?」
「はい、私の自慢の恋人です」

 アレックスの腕を取る。

 公爵令嬢として厳しくしつけられてきた私が、気軽に男性に触れるわけがない。
 ましてや、抱きつくなんてありえない。

 そう判断したらしく、ヒュージは私の言葉を信じたみたいだ。
 動揺は残っているものの、私とアレックスが恋人同士という前提で話を進めていく。

「驚きましたな……まさか、アレックスがクラウゼン嬢とお付き合いをされているなんて」
「知らないのも無理はありません。気軽に話せるようなことではないため、ふさわしい時が来るまでは秘密にしていましたから」
「なるほど……公爵令嬢であるあなたなら、そうせざるを得ないでしょうな」
「理解していただき、ありがとうございます」

 ヒュージは、だいぶ落ち着きを取り戻したみたいだ。

 さきほどまでの笑顔が戻り……
 そして、その笑顔の下で金勘定を始めているのも見てとれた。

 なんて不快な男。
 息子の恋路を祝福するのではなく、利用することしか考えていないなんて。
 本来なら、即叩き潰してやりたいところだけど、準備が整っていないので保留。

 まあ……
 彼の単純で下賤な思考は、私達にとってはとてもやりやすい。

「……お願いがあります、おや……父上」

 アレックスが頭を下げた。

 彼の話によると、ヒュージはまともに話を聞いてくれず、怒鳴りつけるのみだったそうだけど……
 さすがに、私の前でそんなことはしない。

 それに、今はアレックスの話にそれなりの興味を抱いているだろう。
 一蹴することはせず、「話してみろ」と威厳のある声で言う。

「俺は……いてっ」

 ヒュージの見えないところで、私に脇をつねられてアレックスが悲鳴をあげる。

 そうではないだろう。
 演技はできなくても、事前に暗記した台詞くらいは、ちゃんと口にしてほしい。

「わ、私は……」

 そう、それでいい。
 ヒュージのような偏見たっぷりの貴族ともなると、些細な言葉遣いで不機嫌になることも多い。
 嫌っているアレックスの言葉なら、なおさらだ。

 そこで話を止めたくないので、きちんとした言葉を使ってほしい。

「こちらの、す、素敵な令嬢と……くく」

 最後、アレックスが小さく笑う。

 おい。
 素敵な令嬢のところで笑ったな?
 後で覚えておきなさい。

「アリーシャさまと交際させていただいています」
「ふむ」
「彼女のことを真剣に愛しています。公の場ではなく、二人の話の中によるものですが、将来の誓いも交わしました」
「……それで?」
「現在、進められているお見合いをなかったことにしていただけませんか? そして、アリーシャさまとの交際を認めていただきたい」
「……」

 アレックスが最後まで言い終えると、ヒュージは難しい顔に。

 反対しようとしているわけではないだろう。
 公爵令嬢と繋がりができると、内心では喜んでいるはず。

 しかし、アレックスの前で能天気に喜ぶことはできない。
 そんなプライドがあるため、感情を押し隠し、あえてつかめっ面を作っているのだと思う。

 なぜ、そんなことがわかるのか?

 悪役令嬢ではあるが、公爵令嬢だ。
 社交界には幼い頃から出席していたし、たくさんの人を見てきた。
 だから、それなりの観察眼を身につけることができた。

「そうか、クラウゼン嬢と……ふふ」

 ほんの一瞬ではあったが、ヒュージはニヤリと笑った。

 狙い通り。
 私と……というか、公爵家と繋がりができることを喜んでいるようだ。

 よほどうれしいのだろう。
 いつもの冷静を保つことができず、一瞬ではあるが、笑みがこぼれていた。

 うんうん、実にわかりやすい人だ。
 だからこそ、御しやすい。

 ほら。
 私の思惑通りに……

「そうか……そういうことならば、私は親として、アレックスを応援しなければなりませんな」

 いい感じに、こちらが望む台詞を自分から口にしてくれた。