あれから、何度かアレックスと疑似デートを繰り返した。

 アレックスの残念なところは、やや修正されて……
 ついでに、私も妙なことで動揺することはなくなった。

 そして、肝心の恋人らしさだけど……
 これはもう無理だ、という判断に。

 私は失敗していない。
 それなりにうまく彼女を演じることができたと思う。
 恋愛経験は少ないが、公爵令嬢として生まれている以上、度胸はある。

 ただ、アレックスがダメだ。
 彼はウソを嫌う。
 常にまっすぐであろうとする。

 その性格が影響しているせいで、恋人らしいフリをマスターすることができなかった。

 まあ、仕方ない。
 それはそれで、アレックスの魅力と言える。
 無理に矯正しようとして、変に性格が歪んでしまったら大変だ。

 恋人らしい、という点は諦めることにした。
 なに。
 彼氏彼女に見えなくても、私をアレックスの婚約者にしたい、と思わせることは可能だ。

 そして……
 アレックスの父親の屋敷を訪ねる日がやってきた。



――――――――――



 ヒュージ・ランベルト。
 アレックスの父親で、それなりの力を持つ貴族だ。

 ただ、その力は彼の手腕で築き上げられたものではない。
 裏取引に賄賂に癒着に……そんな汚い手段で手に入れられたものだ。

 そんな主人の性格を表しているかのように、屋敷内は金銀財宝があふれていた。
 これだけの財宝を持っているぞ、すごいだろう……と、言いたいのだろう。
 自己顕示欲の強い小物だ。

「これはこれは、よくぞ当家にいらっしゃいました。歓迎いたします、クラウゼン嬢」

 アレックスと一緒に屋敷を訪ねると、最初は、なんだこの小娘は? という目を向けられたのだけど……
 そこは、腐っても大貴族。
 名乗らなくても私の正体に気づいたらしく、ころりと態度を一転。
 必要以上に明るい笑顔を浮かべて、猫なで声で接してきた。

「突然の訪問、失礼いたします」
「いえいえいえ、お気になさらず。クラウゼン嬢ならば、たとえ真夜中であれ歓迎いたしましょう」

 ヒュージはにこやかな笑顔を浮かべているものの、その奥に、わずかな戸惑いが見えた。

 なぜ、クラウゼン家の令嬢が我が家に?
 そう不思議に思っているみたいだ。

「今日はどうされましたか?」
「実は、ランベルトさまのご子息……アレックスのことでお話が」
「……そこの愚息がなにか?」

 ヒュージが眉を寄せる。
 私の前だからかろうじて我慢しているみたいだけど、私がいなければ、アレックスを怒鳴りつけていただろう。
 そんな雰囲気だ。

「勘違いなさらないでください。アレックスが問題を起こしたというわけではありません」
「そ、そうですか……」

 ほっとするヒュージ。
 ただ、ならばなぜ? と再びの疑問顔に。

「実は、とある噂を小耳に挟んだのですが……今度、アレックスがお見合いをするらしいですね?}
「ええ、そうですね。恥ずかしながら、アレックスはそういう方面には疎い男。私が手助けをしなければと思い、席を設けさせていただきました」
「そうですよね、本当に疎いですよね」
「おい」

 素直に同意すると、隣のアレックスがジト目を向けてきた。

 だって、仕方ないではないか。
 フィーというかわいいかわいいメインヒロインがいるのに、彼女に一向に恋に落ちる様子がないのだもの。

 まあ、恋におちたらおちたらで、全力で邪魔をしてみせるが。
 フィーにまだ恋人は早い!
 せめて、ボーイフレンドだ。

 おっと、話が逸れた。

「そのお見合いなのですが、止めていただくわけにはいきませんでしょうか?」
「ふむ……それは、なぜですかな?」

 ヒュージの瞳に剣呑な光が宿る。

 公爵令嬢という立場故、私の話に耳を傾けている。
 紳士な態度も貫いている。

 しかし、余計なことをするなら話は別。
 アレックスの見合いを取り消す……金儲けのチャンスを潰されるのならば、全力で叩き潰す。

 彼は、そういうかのようにこちらを睨んできた。

 それに対して私は……

「恥ずかしい話ですが、すごく個人的な理由なのです」

 ヒュージの牽制に気づかないフリをして、微笑む。
 あなたと敵対するつもりはない。
 むしろ、私はあなたの味方だ。

 笑顔を浮かべることで、そう伝える。

「ふむ。個人的な理由ですか……それは、なんですかな?」
「私達、実はお付き合いをしているんです」