「なるほど……それ、悪くないかもしれないな」
最初に賛成したのはジークだ。
うまくいくと考えているのか、表情は明るい。
ただ……うーん?
希望を見出したというよりは、なんかうれしそうなのだけど……なんでだろう?
「悪くはないかもしれないけど、でも……」
対象的に、ジークの顔は微妙だ。
苦虫を噛み潰しているというか、つまらなそうにしているというか。
不満そうに見えるのだけど、その理由がわからない。
……まあいいか。
今は、アレックスの問題を解決するのが一番。
細かいことは放置しておこう。
「ただ、一つ問題がありまして……」
「アレックスが利用されてしまうという問題はなくならない。根本的な対処が必要だけど、でも、今はどうすればいいかわからない……ということですか?」
「はい、その通りです。さすがですね、フィー」
「えへへ」
私の考えを代弁するかのように、フィーが言う。
妹、賢い。
なでなですると、うれしそうに目を細くした。
猫か。
いや、猫以上にかわいいけど。
「とはいえ、一つ、案があります」
「そうなのかい?」
「はい」
実はこの展開、ゲームにあったりする。
アレックスルートの中盤でやってくる事件だ。
ゲームでは、恋人のフリをメインヒロインが演じて……
それがきっかけとなり、二人は互いに想いを自覚する……という流れだ。
おのれ。
ゲームとはいえ、フィーと恋人のフリをするなんて。
許せん。
って、話が逸れた。
そんな展開があるため、今回の策を思いついた。
そして、追加の策もバッチリだ。
「ジークさま、お願いがあるのですが……」
「うん? なにかな?」
「アレックスの父親について、探りを入れてくれませんか?」
「探りと言われても……どういうことに関することなのか、もう少し具体的な指定をしてほしいのだけど」
ちらりと、アレックスを見る。
彼の父親の恥を晒してしまうことになるのだけど……
でも、今までの反応から察するに、父親のことはなんとも思っていないだろう。
恥を知れば怒りを覚えるかもしれないが、悲しみを抱くことはないはず。
そう判断して、具体的な話をする。
「彼は色々な不正を働いていると思われます」
「ふむ」
「具体的な内容は……今は伏せておきますが、それらが明らかになれば、今の地位を保つことは難しいでしょう。むしろ、それだけではなくて投獄されるかと」
フィーの手前、具体的な話をすることは避けた。
だって、そうだろう?
違法な薬物の取り引きに、奴隷の売買。
女性に対する暴行に、果ては殺人。
アレックスの父親は、引き返すことができないところまで足を突っ込んでいるはずだ。
そんな話、かわいい妹の前ですることなんてできない。
私の言いたいことを大体察したらしく、ジークは難しい顔に。
王子だけあって、さすがに頭の回転が速い。
「アリーシャの言うことが本当なら、彼を潰すことができるね。ただ、証拠は?」
「ありません」
「おいおい……」
だって、仕方ないでしょう?
前世の知識なんて言うわけにはいかない。
「そもそも、そんな話、どうして知っているんだい?」
「それは秘密です」
「……根拠不明の話を信じろと?」
「信じていただけませんか?」
ややあって、
「……やれやれ」
ジークは苦笑した。
「無茶な話をしてくれるね」
「ジークさまだからこそ、です」
「僕が甘いのか、それとも、アリーシャがすごいのか……なかなか判断に迷ってしまうね」
「結論は?」
「いいよ」
少し意外だ。
迷うと言っておきながら、わりとあっさりと了承してくれた。
「いいのですか?」
「もちろん」
「私が言うのもなんですが、私がウソをついていたら大変なことになりますよ?」
「アリーシャは、そのようなウソをつく人ではないよ。そのことは、よく知っているつもりだ」
つまり、私を信じている……ということか。
悪役令嬢なのに、そんなことを言われるとは思ってなかった。
正直なところ、少しうれしい。
「では、お願いします」
「ああ、任せてくれ」
私とジークは笑みを交わして、
「……」
その一方で、アレックスがどこかつまらなそうな顔をしていた。
実は、アレックスには私という恋人がいる。
正式に婚約はしていないものの、将来、一緒になりたいと願っている。
そう伝えれば、アレックスの父親は、今進めている見合いを喜んで撤回するだろう。
ただ、すぐに話を進めるのは愚策だ。
私とアレックスが本当に付き合っているかのように、仲が良いところを見せないといけない。
まずは、本当に付き合っているように見させるため、それらしい練習をしなければいけない。
……と、いうわけで。
今日は、アレックスとデートをしてみることにした。
「おはようございます、アレックス」
「お、おう」
街の噴水の前で待ち合わせをするのだけど……
「はぁあああ」
「な、なんでいきなりため息なんだよ?」
「ため息の一つや二つ、つきたくもなります。なんですか、今の挨拶は? そして、なんですか、その服は?」
練習という名目ではあるものの、今日はデートだ。
それなのに、最初の挨拶が「お、おう」はありえない。
それと、アレックスの服。
パーティーではないのだから、礼装をまとえとは言わないのだけど……
だからといって、いつもの私服というのはありえない。
とっておきの服を着てくるものではないか?
まあ、百歩譲って服がそのままというのは許せる。
だがしかし、髪を整えることもないのはどうだろう?
寝起きのまま放置しているのか、ところどころ髪が跳ねている。
型に縛られず、粗野なところもアレックスの一つの魅力ではあるものの……
でも、これはダメだ。
「挨拶がなっていません。それと、服がないとしても、その中で努力する姿勢を見せてください。少なくとも、寝癖くらいは直せるはずです」
「お、おぉ……悪い」
「まったく。女性と出かけるのですから、もう少し気遣いをしてください」
「悪かったよ。でも俺、今までデートなんてしたことないからさ。言い訳になるんだけど、どうしていいかわからないんだよ」
「あら、そうなのですか? アレックスならば、彼女の一人や二人、いると思いましたが」
「いるわけないだろ。俺は……平民だからな」
そう言うアレックスの顔には陰りが。
アレックスの言いたいことは、わからないでもない。
この国は比較的穏やかなのだけど……
それでも、貴族と平民の間に溝はある。
差別が行われることがあり……
時に、目を背けたくなるような、どうしようもない事件が起きることもある。
それはわかる。
理解できる。
でも……
「アレックスは、もっと前を見ていてほしいです」
「え?」
「あなたの言うことはわかるのですが、しかし、アレックスは強い人です。そのような方が下を向いてしまうところは、なかなかに耐えられないものがあります。前を向いてください」
「アリーシャ、お前……」
アレックスは目を大きくした。
ともすれば、今の私の台詞は彼をバカにするもの。
世のことは考えなくていい。
そんなものは気にしないで、己の好きなようにしてほしい。
そう言ったのだけど……
言い換えれば、自由奔放なバカであれ、というものだ。
普通の人ならば、バカにされたと思い、怒るだろう。
でも、アレックスならば……
「……はは」
アレックスは小さく笑った。
「この世界で、身分の差を気にするな、って言うのか? 俺は俺で、余計なことを考えなくていい、って?」
「はい」
「それは、つまり……俺らしくあることを貫いてみせろ、っていうことだよな」
よかった。
アレックスは、私の言いたいことを正確に理解してくれたみたいだ。
貴族だとしても、平民だとしても。
身分の差はあれ、結局のところ、一人の人間だ。
本質的なところはなにも変わらない。
そこをきちんと理解すれば、この先、なにが起きても問題はないだろう。
周囲に流されることなく、己を貫くことができる。
それは、この世界において、とんでもなく大きな『武器』となるだろう。
「……なあ、アリーシャ」
「はい」
「ありがとな」
ちょっと照れた様子で、アレックスは軽く視線を逸らしつつ、そう言った。
その頬は赤い。
「ふふ、どういたしまして」
「なんで笑うんだよ?」
「最初、あれだけ私につっかかってきたアレックスが、こんな風にお礼を言うなんて、思ってもいませんでしたので」
「あれは……!? あー……くそ。アリーシャって、意外と性格悪いな」
「あら、今、気がつきました? だって私、悪役令嬢ですから」
「あくやく……?」
「なんでもありません」
微笑み、ごまかしておいた。
「よし。それじゃあ、デートに行って、恋人らしい練習をするか!」
「元気が出たのはなによりですが……まずは、寝癖くらいは直してくださいね?」
「う……す、すまん」
まずは手頃なお店で整髪料を買い、それでアレックスの髪を整えた。
服はどうしようもないのだけど、髪型を変えるだけで、かなり印象が変わった。
あら不思議。
近所の悪ガキから、ワイルドな匂いを漂わせる美少年に。
まあ、元々、ゲームのヒーローなのだから美少年なのは当たり前だ。
そして、そんな美少年であるアレックスと、意図があるとはいえデートをする。
……うん。
ちょっと緊張してきた。
前世の私は、毎日乙女ゲームで遊んで、少女漫画と少女文庫を読んで、恋愛映画やドラマを見ていた。
そんな生活を送っていたせいか、彼氏ができたことはない。
それどころか、恋愛経験ゼロ。
創作の中の恋愛に満たされていたため、現実でも恋愛をしようなんて思っていなかったのだ。
そんな私が美少年とデートをしている。
やばい。
冷静になって考えると、けっこう緊張してきたぞ。
「アリーシャ、どうしたんだ?」
「……いえ、なんでもありません」
アレックスに弱味を見せるのはなんだか癪なので、努めて冷静に答えた。
いいぞ、私
いつも通りの私を演じられていたと思う。
「では、準備ができたのでデートにしましょうか。まずは……」
「そのことなんだけど、俺が行き先を選んでもいいか?」
「アレックスが?」
「まあ、身なりがあんなだったから信用はないかもしれないけどな。ただ、俺なりにデートコースを考えてきたんだよ」
「そうですか……なら、お任せしてもいいですか?」
「ああ、任せてくれ!」
若干の不安はあるものの、ここは男性を立てるべき。
そう判断した私は、アレックスのデートコースを受け入れることにした。
さて、どこへ連れて行ってくれるのだろうか?
アレックスに期待しよう。
――――――――――
……アレックスに期待した私がバカだった。
「ここのホットサンドは、めっちゃうまいんだぜ!」
彼に案内されてやってきたのは、噴水のある大きな公園だ。
その一角に出店されているホットサンドを購入したのだけど……
まさか、これがお昼代わりなのだろうか?
いや、ホットサンドをバカにしているつもりはない。
露店もバカにしていない。
ただ、今はデートをしているのだ。
デートだ。
高級店とは言わないが、落ち着いた店内で、ゆっくりと過ごすのが普通だろう。
それなのに、まさか露店で昼を済ませてしまうなんて……
「はあ……」
こんなヒーロー、見たことない。
元々、ゲームでも野生児なところが強調されていて、周囲を混乱させることがあったのだけど……
ゲーム以上に、私を困惑させている。
ある意味ですごいな、彼は。
「では、食べましょうか」
不満はあるものの、文句を言い、空気を悪くしたくない。
私は笑顔の仮面を被り、そのままホットサンドを……
「あ、待ってくれ」
「え?」
「こっちだ、こっち」
アレックスに手を引かれ、公園の奥へ。
丘を登り、その先にあるベンチに案内された。
アレックスは笑顔で、ぽんぽんとベンチを叩く。
ここに座ってほしい、ということか。
不思議に思いつつベンチに腰を下ろすと……
「わぁ」
思わず感嘆の声をあげてしまう。
丘の上なので、街が一望できたのだ。
街は大きく、遠くまで広がっていて、人の力強さを感じさせる。
その上に、澄んだ青い空が広がっていて……
自然に優しく包み込まれているような気がした。
その光景は、まさに芸術。
一枚の絵画のように完成されていて、思わず見入ってしまうほどに綺麗だった。
「へへ、どうだ? ここの光景、俺のお気に入りなんだよ」
「はい……とても素晴らしいと思います」
「そっか、よかった。アリーシャが俺と同じものを好きになってくれて、うれしいぜ」
アレックスは少年のように笑う。
でも、それこそが彼の一番の魅力で……
今度は、アレックスの笑顔に見惚れてしまう。
「……ぁ……」
「ん? どうしたんだ?」
「……いえ、なんでもありません」
いけない、いけない。
私は、顔が熱くならないように気合で我慢した。
言葉に詰まることなく、なんでもないとさらりと流してみせる。
悪役令嬢という存在は、大抵の場合において、ヒーローに恋をするものだ。
そして、主人公のライバルになり……というか、ヒールになって、ありとあらゆる嫌がらせをするように。
最後は、破滅。
アレックスに気をとられていたら、そんな未来がやってくるかもしれない。
そんな未来だけは絶対に避けないと。
故に、彼に見惚れるなんてこと、あってはならない。
ただ……
「本当に、この景色は素晴らしいですね」
「だろ?」
景色が素晴らしいことは本当なので、そうつぶやいた。
すると、アレックスは自分が褒められたかのように、にっこりと笑う。
子供のようだ。
でも、それが彼の魅力なのだろう。
飾らず、驕らず。
ありのままの自分を見せる。
それは、なかなかできることじゃない。
あれから、何度かアレックスと疑似デートを繰り返した。
アレックスの残念なところは、やや修正されて……
ついでに、私も妙なことで動揺することはなくなった。
そして、肝心の恋人らしさだけど……
これはもう無理だ、という判断に。
私は失敗していない。
それなりにうまく彼女を演じることができたと思う。
恋愛経験は少ないが、公爵令嬢として生まれている以上、度胸はある。
ただ、アレックスがダメだ。
彼はウソを嫌う。
常にまっすぐであろうとする。
その性格が影響しているせいで、恋人らしいフリをマスターすることができなかった。
まあ、仕方ない。
それはそれで、アレックスの魅力と言える。
無理に矯正しようとして、変に性格が歪んでしまったら大変だ。
恋人らしい、という点は諦めることにした。
なに。
彼氏彼女に見えなくても、私をアレックスの婚約者にしたい、と思わせることは可能だ。
そして……
アレックスの父親の屋敷を訪ねる日がやってきた。
――――――――――
ヒュージ・ランベルト。
アレックスの父親で、それなりの力を持つ貴族だ。
ただ、その力は彼の手腕で築き上げられたものではない。
裏取引に賄賂に癒着に……そんな汚い手段で手に入れられたものだ。
そんな主人の性格を表しているかのように、屋敷内は金銀財宝があふれていた。
これだけの財宝を持っているぞ、すごいだろう……と、言いたいのだろう。
自己顕示欲の強い小物だ。
「これはこれは、よくぞ当家にいらっしゃいました。歓迎いたします、クラウゼン嬢」
アレックスと一緒に屋敷を訪ねると、最初は、なんだこの小娘は? という目を向けられたのだけど……
そこは、腐っても大貴族。
名乗らなくても私の正体に気づいたらしく、ころりと態度を一転。
必要以上に明るい笑顔を浮かべて、猫なで声で接してきた。
「突然の訪問、失礼いたします」
「いえいえいえ、お気になさらず。クラウゼン嬢ならば、たとえ真夜中であれ歓迎いたしましょう」
ヒュージはにこやかな笑顔を浮かべているものの、その奥に、わずかな戸惑いが見えた。
なぜ、クラウゼン家の令嬢が我が家に?
そう不思議に思っているみたいだ。
「今日はどうされましたか?」
「実は、ランベルトさまのご子息……アレックスのことでお話が」
「……そこの愚息がなにか?」
ヒュージが眉を寄せる。
私の前だからかろうじて我慢しているみたいだけど、私がいなければ、アレックスを怒鳴りつけていただろう。
そんな雰囲気だ。
「勘違いなさらないでください。アレックスが問題を起こしたというわけではありません」
「そ、そうですか……」
ほっとするヒュージ。
ただ、ならばなぜ? と再びの疑問顔に。
「実は、とある噂を小耳に挟んだのですが……今度、アレックスがお見合いをするらしいですね?}
「ええ、そうですね。恥ずかしながら、アレックスはそういう方面には疎い男。私が手助けをしなければと思い、席を設けさせていただきました」
「そうですよね、本当に疎いですよね」
「おい」
素直に同意すると、隣のアレックスがジト目を向けてきた。
だって、仕方ないではないか。
フィーというかわいいかわいいメインヒロインがいるのに、彼女に一向に恋に落ちる様子がないのだもの。
まあ、恋におちたらおちたらで、全力で邪魔をしてみせるが。
フィーにまだ恋人は早い!
せめて、ボーイフレンドだ。
おっと、話が逸れた。
「そのお見合いなのですが、止めていただくわけにはいきませんでしょうか?」
「ふむ……それは、なぜですかな?」
ヒュージの瞳に剣呑な光が宿る。
公爵令嬢という立場故、私の話に耳を傾けている。
紳士な態度も貫いている。
しかし、余計なことをするなら話は別。
アレックスの見合いを取り消す……金儲けのチャンスを潰されるのならば、全力で叩き潰す。
彼は、そういうかのようにこちらを睨んできた。
それに対して私は……
「恥ずかしい話ですが、すごく個人的な理由なのです」
ヒュージの牽制に気づかないフリをして、微笑む。
あなたと敵対するつもりはない。
むしろ、私はあなたの味方だ。
笑顔を浮かべることで、そう伝える。
「ふむ。個人的な理由ですか……それは、なんですかな?」
「私達、実はお付き合いをしているんです」
「……は?」
たっぷり一分ほど沈黙して、それからヒュージは間の抜けた声をこぼした。
目を丸くして、ポカーンとしている。
大貴族とは思えない間抜けっぷりだけど、それくらいに驚いたのだろう。
「ですから、私とアレックスは恋人同士なのです」
「こい……びと?」
ヒュージの視線がアレックスに向けられた。
本当か? と目で尋ねている。
「あ、ああ……ホントウ、だよ」
ぎこちないながらも、肯定するアレックス。
演技がポンコツすぎる。
なにがなんでもウソをつくことができない体質なのだろうか?
呆れ、内心でため息をこぼす。
でも、私は笑顔を崩さない。
それどころか、ちょっと照れた様子で話を続ける。
「本当に……アレックスとクラウゼン嬢、が?」
「はい、私の自慢の恋人です」
アレックスの腕を取る。
公爵令嬢として厳しくしつけられてきた私が、気軽に男性に触れるわけがない。
ましてや、抱きつくなんてありえない。
そう判断したらしく、ヒュージは私の言葉を信じたみたいだ。
動揺は残っているものの、私とアレックスが恋人同士という前提で話を進めていく。
「驚きましたな……まさか、アレックスがクラウゼン嬢とお付き合いをされているなんて」
「知らないのも無理はありません。気軽に話せるようなことではないため、ふさわしい時が来るまでは秘密にしていましたから」
「なるほど……公爵令嬢であるあなたなら、そうせざるを得ないでしょうな」
「理解していただき、ありがとうございます」
ヒュージは、だいぶ落ち着きを取り戻したみたいだ。
さきほどまでの笑顔が戻り……
そして、その笑顔の下で金勘定を始めているのも見てとれた。
なんて不快な男。
息子の恋路を祝福するのではなく、利用することしか考えていないなんて。
本来なら、即叩き潰してやりたいところだけど、準備が整っていないので保留。
まあ……
彼の単純で下賤な思考は、私達にとってはとてもやりやすい。
「……お願いがあります、おや……父上」
アレックスが頭を下げた。
彼の話によると、ヒュージはまともに話を聞いてくれず、怒鳴りつけるのみだったそうだけど……
さすがに、私の前でそんなことはしない。
それに、今はアレックスの話にそれなりの興味を抱いているだろう。
一蹴することはせず、「話してみろ」と威厳のある声で言う。
「俺は……いてっ」
ヒュージの見えないところで、私に脇をつねられてアレックスが悲鳴をあげる。
そうではないだろう。
演技はできなくても、事前に暗記した台詞くらいは、ちゃんと口にしてほしい。
「わ、私は……」
そう、それでいい。
ヒュージのような偏見たっぷりの貴族ともなると、些細な言葉遣いで不機嫌になることも多い。
嫌っているアレックスの言葉なら、なおさらだ。
そこで話を止めたくないので、きちんとした言葉を使ってほしい。
「こちらの、す、素敵な令嬢と……くく」
最後、アレックスが小さく笑う。
おい。
素敵な令嬢のところで笑ったな?
後で覚えておきなさい。
「アリーシャさまと交際させていただいています」
「ふむ」
「彼女のことを真剣に愛しています。公の場ではなく、二人の話の中によるものですが、将来の誓いも交わしました」
「……それで?」
「現在、進められているお見合いをなかったことにしていただけませんか? そして、アリーシャさまとの交際を認めていただきたい」
「……」
アレックスが最後まで言い終えると、ヒュージは難しい顔に。
反対しようとしているわけではないだろう。
公爵令嬢と繋がりができると、内心では喜んでいるはず。
しかし、アレックスの前で能天気に喜ぶことはできない。
そんなプライドがあるため、感情を押し隠し、あえてつかめっ面を作っているのだと思う。
なぜ、そんなことがわかるのか?
悪役令嬢ではあるが、公爵令嬢だ。
社交界には幼い頃から出席していたし、たくさんの人を見てきた。
だから、それなりの観察眼を身につけることができた。
「そうか、クラウゼン嬢と……ふふ」
ほんの一瞬ではあったが、ヒュージはニヤリと笑った。
狙い通り。
私と……というか、公爵家と繋がりができることを喜んでいるようだ。
よほどうれしいのだろう。
いつもの冷静を保つことができず、一瞬ではあるが、笑みがこぼれていた。
うんうん、実にわかりやすい人だ。
だからこそ、御しやすい。
ほら。
私の思惑通りに……
「そうか……そういうことならば、私は親として、アレックスを応援しなければなりませんな」
いい感じに、こちらが望む台詞を自分から口にしてくれた。
無事、私とアレックスの関係はヒュージに認められた。
ヒュージは、アレックスのお見合いを撤回してくれるという。
口約束ではあるが、信じられるだろう。
彼は欲望に忠実だから、公爵家との繋がりを優先するはず。
これで時間稼ぎは完了。
あとはこちらの準備を進めて……
ヒュージが正式にお見合いを撤回したタイミングで動くとしよう。
どこに目や耳があるかわからない。
私とアレックスは、しばらくの間、恋人のフリを続けて……
水面下で色々と準備をして……
そして、全ての準備が完了した。
さあ、行動に移ろう。
――――――――――
「みなさん、今日はお忙しい中お集まりいただき、誠にありがとうございます」
ランベルト家の屋敷で盛大なパーティーが開かれた。
私とアレックスの婚約発表が目的なのだろうけど、まだ内容は伏せられている。
アレックス曰く、ヒュージはサプライズが好きで、ギリギリまで秘密にしておくつもりなのだろう……とのこと。
なるほど、悪くない。
事前に発表してしまうと期待値は下がり、盛り上がりに欠けてしまう。
でも、秘密にしておくことで期待値が上がる。
秘密にされていた内容がつまらないものであれば、最高に盛り下がるだろうが……
公爵家との婚約ならば問題はない。
最高に盛り上がるだろう。
まあ、そのままうまくいくわけがないのだけど。
「突然のこと、そして、内容がふせられたままであることを不思議に思っている方も多いでしょう。その点については、謝罪させていただきたい。申しわけありません」
芝居めいた感じで、ヒュージが頭を下げる。
謝罪という形をとっているものの、その口元から笑みはとれていない。
これからのことを考えると、どうしても笑みがこぼれてしまうのだろう。
バカな男。
その笑みは、すぐに凍りつくとも知らず。
「とても大事な問題故、今まで秘密にさせていただきました。ご容赦願いたい。しかし、その内容を聞けば納得していただけるでしょう。そして、祝福していただけるでしょう」
会場にいるのは、たくさんの貴族達。
大きな力を持つ者ばかりだ。
それと、ドレスなどで正装した私とフィー。
アレックスにジーク。
ネコもいる。
「……」
ちらりと、ジークを見た。
問題ないというように、彼は小さく頷いて見せる。
それから、隣のアレックスを見る。
「……大丈夫だ」
彼は緊張していた。
それでも、気丈な表情を浮かべている。
アレックスなら逃げるようなことは絶対にしないと信じているのだけど……
でも、少し不安だ。
この後の作戦は、彼がキーとなるのだから。
「アレックス」
ふと、フィーが声をかけた。
「アレックスなら、大丈夫です。きっとうまくいくと思います」
「……シルフィーナ……」
「絶対に大丈夫です。絶対の絶対です」
「……ありがとう」
「はい」
天使のようなフィーのおかげで、アレックスの緊張はほどよくとれたみたいだ。
緊張の表情が力強いものに変化する。
うん。
さすが、フィー。
ヒーローを励まして、その力になるというメインヒロインの役目をきっちりと果たしている。
やっぱり、私の妹は天使そのものだ。
でも、アレックス。
そんなにうれしそうにしないで。
友達ならいいけど、恋人はまだダメ。
フィーはあげません!
「……では、そろそろ本題に移るとしましょう。これ以上、みなさまをお待たせしたら失礼ですからな」
おっと、いけない。
ヒュージの話は、そろそろクライマックスに差し掛かろうとしていた。
こちらも動く番だ。
みんなにアイコンタクトを送る。
問題はない。
準備はバッチリだ。
そんな答えが返ってきた。
うん。
みんな、とても頼もしい。
さあ……始めましょうか。
「本日、みなさま方に集まっていただいたのは、私の息子……アレックスに関することです。この度、アレックスは……」
「父上を追放して、ランベルト家の正当な後継者となることをここに宣言します!」
ヒュージの言葉にかぶせるようにして、アレックスが力強く言い放った。
「……は?」
先日、アレックスと二人で話をしに行った時と同じように、ヒュージは固まり、間の抜けた顔になった。
それもそうだろう。
私とアレックスの婚約が発表されると思っていたのに、自分が追放される話になるのだから。
「ど……どういうことだ、アレックス!!!?」
ややあって、我に返ったヒュージはアレックスを怒鳴りつけた。
上級貴族の品位を投げ捨てていて、怒り心頭といった様子だ。
「どうもこうもありません、父上。言葉のままです。あなたを追放して、私が新たな当主となります」
「な、な、な……なにをふざけたことを……!!!」
怒りのあまり、言葉がうまく紡げないようだ。
ヒュージの顔がどんどん赤くなる。
まるで、茹でたタコだ。
傍から見ていると滑稽なのだけど……
ただ、彼と対峙しているアレックスは、強い恐怖を覚えているだろう。
ヒュージによって、幼い頃から虐げられてきた。
当然、恨みはある。
ただ、それだけではなくて、虐げられてきたことに対する恐怖があるだろう。
アレックスは毅然とした表情を浮かべているが……
よく見ると、手がわずかに震えていた。
何度も打ち合わせを重ねた。
話し合いを続けて、策を練り、万全の準備を整えた。
しかし。
それでも恐怖は消えないのだろう。
根源に刻まれた恐怖は、一朝一夕でどうにかなるものではない。
ただ、これを乗り越えなければアレックスに未来はない。
「父上、あなたは……あなたは……!」
ヒュージに睨みつけられて、アレックスは言葉に詰まる。
その先を続けることができず、わずかに表情を歪めてしまう。
とても辛いのだろう……でも、忘れないでほしい。
あなたは今、一人ではない。
「アレックス」
「アリーシャ……?」
彼の隣に立ち、そっと、その手を握った。
私がいる。
ここにいる。
そう伝えるように、強く強く、アレックスの手を握る。
「……助かった」
私にだけ聞こえる声で、アレックスは小さくささやいた。
そんな彼の横顔は、とても凛々しい。
さきほどまでの恐怖はなく、まっすぐにヒュージを睨みつけている。
素直にかっこいい、と思う。
うん。
これならもう大丈夫だ。
「父上。あなたは為政者という立場でありながら、己の欲を満たすためだけに、ありとあらゆる不正に手を染めた。汚いことを続けてきた。それは決して許されることではありません」
「な、なんだと貴様!? ふざけたことをぬかすな!」
「証拠ならここにあります」
アレックスは、近くのテーブルの上に資料を叩きつけるように置いた。
時間を稼いだ間に、ジークなどに協力してもらい、ランベルト家が犯してきた……ヒュージの不正の数々が記されている。
確かな証拠であり、これが表に出れば、ヒュージの破滅は免れない。
ふむ。
そういえば、破滅すべきはずの悪役令嬢である私が、他人の破滅に手を貸している。
神様がいて、この場を見ているとしたら、笑っているかもしれない。
「なっ……!? こ、これは……そんなバカな、こんなことが……」
資料を見たヒュージは、露骨に顔色を変えた。
だらだらと嫌な汗を流す。
「本来ならば、このような場で話すことではありません。故に詳細は省きますが……癒着や賄賂がかわいらしく思えるほどの罪を犯してきた」
「ぐ、ぐうううぅ……!?」
「もう一度、言う。あなたに為政者の資格はない!!!」
雷鳴のような声で、アレックスはヒュージを断罪してみせた。
私達が用意した資料が表に出れば、ヒュージは間違いなく破滅する。
取り返しはつかない。
そのことを理解しているらしく、ヒュージはがくりと膝をついてうなだれた。
どうしようもないと。
完全にハメられていたと。
そう理解して、自身の敗北を受け止めた。
勝負はついた。
アレックスは、ランベルト家の当主に。
そして、ヒュージは投獄されるだろう。
うん。
予想していた通り、うまくいった。
万事オッケー。
ハッピーエンドだ。
悪役令嬢である私だけど、そんな結果を引き寄せることができて満足……というよりは、ほっとしていた。
私、悪役令嬢だからね。
下手をしたら、アレックスを破滅させていたかもしれないわけで……
そこは、少し怯えていたところだ。
でも、そうならず一安心。
さあ、後はパーティーを楽しもう。
アレックスは新しい人脈を作らないといけないだろうから、その手伝いをしなければ。
そんなことを考えていたのだけど……
「そしてもう一つ、発表しなければいけないことがあります」
アレックスは、予定にないことを口にし始めた。
「この時をもって、ランベルト家はその位を王家に返上したいと思います」
アレックスが、父親であるヒュージの罪を告白して、追放して……
そして、ランベルト家がなくなり、一週間が経った。
「よう、アリーシャじゃないか。どうしたんだ?」
アレックスの様子を見るために街の教会へ行くと、元気そうな笑顔に迎えられた。
実家がなくなったとは思えないくらい明るい顔をしている。
「アレックスの様子が気になったのですが……」
「なんだ、俺の心配をしてくれたのか?」
「当たり前です。まさか、父親を追放するだけではなくて、家を潰してしまうなんて」
あの日……
ヒュージは罪を犯したため、当主にふさわしくない。
しかし、ランベルト家に目を向けることなく、逃げてきた自分もまた、当主にふさわしくない。
アレックスは、最後にそういう方向に話をまとめた。
そして、そのままランベルト家を潰してしまった。
貴族に戻れるはずだったのに、その機会を自分で潰して……
そして、今まで通り、教会を家とすることに。
アレックスの人生はアレックスのものだ。
彼がそう決めたのだから、それに対して文句をつけるつもりはないし、不満をぶつけるつもりもない。
ただ……
「事前に相談していただけなかったのは、怒っているのですよ?」
「あー……悪い。確かに、相談はすべきだったな」
「なぜ、あんなことを?」
「いやさ。みんなにあれこれしてもらっておいてなんだけど、俺、貴族に戻りたいわけじゃないんだよ」
「そうなのですか?」
驚いて……
でも、ほどなくして納得した。
そういえば、アレックスはその出自のせいで貴族を快く思っていない。
その貴族になれると言われても、乗り気にはならないだろう。
「あのクソオヤジの言いなりにはなりたくなかった、それだけなんだよな」
「なるほど」
「貴族なんて、始めからどうでもよかったんだ」
アレックスらしいといえば、とてもらしい。
「でも、家を取り潰したのはやりすぎでは?」
ヒュージの子供はアレックスだけ。
他にランベルト家を継ぐ者はいない。
だとしても、家を潰さなくてもよかったのではないか、と思う。
ランベルト家の当主が腐っていたとしても、それでも、色々な役割があったはずだ。
それがなくなると、多少なりとも混乱が起きる。
それに、ランベルト家に仕えていた人も行き場を失ってしまう。
「多少はな。でも、あんな家に頼らない方がマシだろ。色々と腐りきっていたからな。無理に再生しようとしないで、一度、潰した方が早いさ。下手に残しておくと、どこかのバカが適当な後継者を連れ出して、また騒動が起きるかもしれないからな」
「そう言われると……」
「ランベルト家に雇われていた人達も、半分以上が腐っていたからな。クソオヤジと一緒で、甘い汁をすすることしか考えてない連中がほとんどだ。そんな連中を気にすることはないさ」
「そうだったのですか……」
「あんな家、なくなった方が世の中のためってわけだ」
アレックスは晴れやかな顔でそう言った。
その顔は、とてもさわやかで、清々しくて……
不思議な魅力があり、ついつい見惚れてしまう。
「どうしたんだ、アリーシャ?」
「アレックスに見惚れていました」
「そっか、みほれ……はっ!?」
アレックスが慌てた。
それはもう、おもしろいくらいに慌てた。
「おまっ、なにを……!?」
「今のアレックスは、とてもかっこいいと思いました」
「ふ、ふざけんな! か、からかっているのか!?」
「そんなことはしませんよ。本心ですよ?」
「んなっ……?!」
アレックスは顔を赤くして、口をパクパクと開け閉めした。
どうして、そんなに慌てているのだろう?
彼ほどの美形なら、こういう台詞は女性から言われ慣れていると思うのだけど。
しばらくの間、アレックスは慌てて、うろたえて……
ややあって、落ち着きを取り戻した。
「はぁあああああ……」
そして、なぜか深いため息。
とても疲れているようだけど、どうしたのだろう?
「素知らぬ顔をして人の心をかき乱すというか、ちょくちょく天然で大胆な行動をとるし……そうだよな。アリーシャは、そういうヤツだったよな」
「むう?」
なにやら、悪口を言われているような気がする。
考えすぎだろうか?
「まあ、気にするな。俺の問題だ」
「なら、気にしないことにします」
「割り切りがいいな、おい」
「本当は気になりますが、アレックスは絶対に話さないぞ、という目をしていますので」
「……正解だ。なんでわかるんだよ?」
「アレックスのことなら、なんでもわかりますよ」
友達なので。
「また、お前はそういう……まあ、今のも別の意味なんだろうけどさ……」
「?」
なぜか、再びアレックスは顔を赤くしていた。
「まあ……」
気持ちを切り替えるように、アレックスは咳払いをした。
それから、笑顔をこちらに向けてくる。
「なにはともあれ、今回の件は助かったよ。本当にありがとう」
「どういたしまして」
これにて一件落着……かな?
学院に登校して、授業を受けて、昼食を妹と友達と一緒に食べる。
なんてことのない日常。
でも、それはとても大事なもので……
穏やかな幸せに浸りつつ、私はいつも通りの日々を過ごしていた。
「アリーシャ」
放課後。
教室の外に出たところで、アレックスに声をかけられた。
「こんにちは、アレックス」
「おう。その、なんだ……偶然だな!」
一年と二年では教室が違う階にある。
偶然、顔を合わせるということはないと思うのだけど……
ふむ、どういうことだろう?
「だから、えっと……偶然だな!」
「はい?」
「いや、そうじゃなくて……」
アレックスは、なぜか落ち着かない様子だ。
なにか言いたそうにしているのだけど、なかなか本題に入らない。
「つまりだな」
「はい」
「今日は、その、俺と一緒にかえ……」
「アリーシャ姉さま」
フィーがやってきた。
アレックスがなにか言いかけていたのだけど、気にしない。
全ての物事において、妹が最優先される。
これは、世界共通の認識だ。
だよね?
「どうしたのですか、フィー? もしかして、私に会いに?」
「はい」
「あら、冗談だったのですが」
「えへへ、アリーシャ姉さまとは、いつも一緒にいたいですから」
フィーは、ちょっと照れた様子で笑う。
妹、かわいい。
天使を超えて、もはや女神だろう。
「それで、その……一緒に帰りませんか?」
「ええ、もちろん」
二つ返事で了承した。
妹の誘いを断る姉なんていない。
いるわけがない。
大事なことなので二度言いました。
「あ、アレックスもいたんだね」
「お、おう……」
今、アレックスの存在に気がついたらしく、フィーが小さく驚いていた。
うーん?
この二人、メインヒロインとヒーローのはずなのに、そういう気配がまったくない。
まあ、かわいいかわいい妹に恋人なんてまだ早いので、良いことなのだけど……
だからといって、ヒーローと恋仲になれずバッドエンド、というのは困りものだ。
多少は仲良くなってほしいのだけど、関係が進展する様子はない。
なぜだろう?
「さあ、帰りましょう。アリーシャ姉さま」
フィーに手を引かれ、細かいことは後で考えることにした。
今は、愛しい妹との時間を大事にしよう。
「あ……そういえば。アレックス、さきほどなにか言いかけていましたが、なんですか?」
「……いや、なんでもねえよ」
なぜか、アレックスは意気消沈した様子だった。
そのまま、力ない足取りで立ち去ってしまう。
「アリーシャ姉さま、アレックスはどうしたんですか?」
「よくわかりません」
私達姉妹は、揃って小首を傾げるのだった。
その後、気を取り直してフィーと一緒に下校する。
帰路は長くない。
それに、家に帰っても一緒に過ごすことが多い。
でも、こうして一緒に帰る時間は、それはそれで趣があるような気がした。
家では侍女や執事がいて、二人きりになれる機会は少ない。
でも、今はフィーと二人きりだ。
静かな時間を過ごすことができて、とても落ち着くことができた。
(……思えば、私は)
こういう安らぎを求めていたのかもしれない。
私は悪役令嬢。
いずれ断罪されて、破滅の未来がやってくるだろう。
(破滅……悪役令嬢……)
今はうまくやっているような気がする。
でも、この先どうなるかわからない。
急転直下で転落していく可能性もある。
正直に言おう。
破滅を迎えることがとても怖い。
死にたくなんてない。
痛い思いはイヤ苦しい思いはイヤ辛い思いはイヤ。
イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ……
死にたくなんてない!!!
私は……