「なっ!?」

 突然バカと言われ、アレックスが驚いた。
 そんな彼に、さらに言葉を重ねる。

「ばーかばーか」
「な、なんだと!?」

 アレックスが怒るのだけど……
 でも、私の方が怒っていた。

「どうして、そのような話を一人で抱え込んでいたのですか? どうして、私やフィーに話してくれなかったのですか?」
「そんなこと、話せるわけないだろう……」
「なぜ? 友達なのに?」
「それは……」

 私が怒っている理由は単純。
 私達は友達なのに、なにも話してくれなかったからだ。

 アレックスは、私達のことを気にしているのだろう。
 迷惑をかけられない、巻き込みたくない。
 なんだかんだで優しい彼のことだから、そんなことを考えているに違いない。

 でも、それは無駄に考えすぎているというものだ。

「友達からこそ、話せないんだよ……俺の問題なのに、迷惑なんてかけられないだろ」
「ばーかばーか」
「なっ、また言いやがったな!?」
「何度でも言いますよ」

 まったく……どうしてこう、頭が固いのか。
 いや。
 頭が固いというよりは、プライドが高い。

 誰かに頼ることは恥じゃない。
 迷惑をかけることを気にしているようだけど、でも、それは言い訳だ。

 本当に困っているのなら、黙っている余裕なんてない。
 なりふり構わず助けを求めるはず。
 それができないということは、プライドが邪魔をしているからに他ならない。

「いいですか、アレックス」
「お、おう……」

 私の圧に押されるかのように、アレックスはおとなしくなる。

「隠し事をすることは問題ありません。どれだけ親しくても、隠しておきたいことの一つや二つ、ありますからね」
「そ、そうだよ。だから俺は……」
「ですが、悩み事を隠しておくのはダメです」
「うっ……」

 睨みつけられて、アレックスが怯む。

「水くさい、の一言に尽きます。もちろん、意味はわかりますね?」
「……」
「そういう時は友達を頼ってください、一人で抱え込まないでください」
「でも、俺は……」
「先日のフィーの誕生日。あなたは、どう思いましたか?」
「あ……」

 フィーは悩みを抱えていて、でも、それを誰にも打ち明けられずにいた。

 その時のことを思い出したのだろう。
 アレックスは、なんともいえない微妙な顔に。

「友達が苦しんでいるのに、なにもできない。それはとても辛いことです。そんな想いを友達に押し付けるようなことはしないでください」
「……はぁ」

 ややあって、アレックスはため息をこぼした。
 色々な感情が込められた、複雑なため息だ。

 ただ、その顔はどこかスッキリとしていた。

「そうだな、そうだよな……悪い、俺が間違っていた」

 素直に謝り、そして頭を下げる。

 アレックスはプライドが高いけれど……
 でも、こうして素直に謝ることができる。
 それは彼の美徳だろう。

 私はにっこりと笑う。

「はい、許しましょう」
「あー……ったく、ホント、アリーシャには敵わないな」
「ふふ。私の方が年上ですからね」
「それだけじゃない気もするが……まあ、今はいいか」

 アレックスは苦笑して……
 次いで、真面目な顔を作り、こちらをじっと見つめてくる。

「俺は、あんな男に道具として使われたくない」

 あんな男、というのは父親のことだろう。
 自分と母を捨てたことに対する嫌悪が表情に浮かんでいた。

「ただ、俺を助けてくれた教会に恩返しもしたい」
「……教会の運営は、それほどまでに厳しいのですか?」
「わりとキツイな」

 アレックスの話によると……

 毎月、赤字が出てしまっているらしい。
 その原因は、養う孤児が増えたからだろう、と考えている。

 だからといって、孤児を放り出すわけにはいかない。

 いざという時のために蓄えてきた財産を使い、なんとかしのいでいるが……
 それも限界。
 そう遠くないうちに、教会の財政は完全に破綻してしまうだろう。

 そうなれば終わり。
 教会は解体。
 孤児達は行き場を失い、元の浮浪児に戻ってしまうだろう。

「俺はいいんだ。それなりの歳だから、力仕事でもすればいい。でも、子供連中はそんなことはできない」
「そうですね、とても難しいでしょう」
「俺にとって、教会は家で……あいつらは家族のようなものなんだ。どうにかして守ってやりたい」

 「だから」と間を挟み、アレックスは頭を下げる。

「力を貸してください!」
「はい、もちろん」

 私は笑顔で頷いた。