私がケンカをしてしまったものの、ひとまず、アレックスの様子を確認するという目的は達成できた。
家に帰り、メイドに紅茶を淹れてもらう。
香りのいい紅茶を一口飲んで、
「……はぁ」
ため息をこぼす私。
アレックスと仲良くしないといけないのに、その場の勢いに任せて、ケンカをしてしまうなんて。
しかも、口論とはいえ、おもいきり叩きのめしてしまうなんて。
なにをしているのだろうか、私は?
これじゃあ、バッドエンドを回避できない。
「アリーシャ姉さま、元気を出してください。繰り返しになりますが、あれは、アレックスが悪いと思いますから」
「……ありがとう、慰めてくれて。でも、彼が一方的に悪いということもなくて、私にも悪いところがあったと思います」
貴族は人々の手本にならないといけないというのに、怒りに任せて行動してしまうなんて。
公爵令嬢失格だ。
前世の記憶を思い出したせいか、時々、感情に歯止めが効かなくなる。
もっとらしく振る舞わないと。
このまま感情に振り回されていたら、悪役令嬢らしくなって、バッドエンドを迎えてしまう。
心を落ち着けて、いついかなる時も冷静に。
そう自分に言い聞かせた後、フィーに尋ねる。
「ねえ、フィー。できる範囲でいいから、アレックスのことを教えてくれませんか?」
「アレックスの? えっと……それは、どうしてですか?」
「アレックスと仲直りをしたいんです。そのために、まずは彼のことを知りたくて」
「あ、はい! そういうことなら、お手伝いさせていただきますっ」
私に任せてとばかりに、フィーは意気込み、目をキラキラと輝かせた。
健気なところが本当にかわいい。
どうして、アリーシャ・クラウゼンは、こんなにもかわいい妹をいじめようとしたのだろう?
皆に愛されて妬ましかったから?
それならば、自分もその輪に加わればよかったのだ。
変に嫉妬をして勘違いするなんて、ダメダメすぎる。
まあ、それが悪役令嬢というものなのだけど。
「えっと……」
フィーは迷うように視線を揺らす。
どこまで話すべきか、判断に迷っているのだろう。
「フィー。無理をして、全部を話す必要はありませんからね? あくまでも、話せる範囲で構いませんよ」
「でも、そうなると、アレックスがなにに対して怒っていたのか理解できないと思うので……うん。アリーシャ姉さまになら、全部話したいと思います。勝手に話したらアレックスに怒られるかもしれないけど、それは、私が全部受け止めます」
「そう……ありがとう、フィー。でも、もしも怒られるような時は、私も一緒に怒られますからね。妹だけに負担を負わせるなんてこと、しませんから。一緒に背負わせてください」
「アリーシャ姉さま……はいっ、ありがとうございます!」
ふと、思う。
この子はとても純粋でまっすぐで……でも、とても危うい。
顔を合わせて一日も経っていない私のことを、幼馴染の秘密を話してしまうほどに信頼している。
してしまっている。
悪人に騙されないか、とても心配だ。
いや、私は騙さないけどね?
悪役令嬢だけど、でも、そんなことはしない。
なぜならば、この子の姉なのだから!
そしてなによりも、かわいすぎるのだから!
話が逸れた。
これほどまでに、他人を信じてしまうのには、理由があるのだろう。
たぶん、父さまと母さまが語ってくれない、クラウゼン家に引き取られた理由が関わっているのだろう。
これからも、この子と仲良くしたいと思う。
一緒に笑いたいと思う。
だから……合間を見て、この子のことを調べてみよう。
「それで、ですね」
「はい」
フィーが覚悟を決めて、口を開く。
思考は中断して、話を聞くことに専念する。
「アレックスは、貴族を恨んでいます。嫌っています。その理由は、その……貴族に家族を奪われたからです」
「奪われた? 穏やかな話ではありませんね」
「は、はい。貴族としての在り方を知っているアリーシャ姉さまにとって、かなり不快な話になるかもしれませんが……」
「聞かせてください」
「わかりました」
間髪入れずに答えると、私の覚悟を悟ったらしく、フィーはアレックスに関する話をする。
……話をまとめると、こうだ。
アレックスの母親は、とある貴族の屋敷で働くメイドで……そして、愛人だ。
何度か抱かれ、そして、アレックスが生まれることに。
その時点で、とある貴族は、子供を持つ母親を抱くことに飽きたらしい。
母子を屋敷から追い出して、火遊びはおしまい……ということにはならなかった。
夫の不貞に怒る貴族の妻は、その矛先をアレックスの母親に向けた。
屋敷を追い出して……
路頭に迷い……
そして、アレックスの母親は不慮の事故で亡くなることに。
当時はアレックスも幼く、記憶も曖昧。
証拠も不十分で、悪意ある者の仕業と断定はされていない。
ただ、同時に不自然な状況が多く……
アレックスは、貴族の妻が手を回したに違いないと思っているらしい。
その推理は正しい。
ゲーム後半で事件の真実が明らかになり、とある貴族とその妻は制裁を受けることになる。
その際、色々とあるのだけど……それはまた今度。
今は、アレックスの貴族嫌いの原因の方が重要だ。
「なるほど」
フィーの話を聞いて、ゲームと設定が相違ないことを確認できた。
もしかしたらズレが生じているかもしれない、なんて可能性を考えたのだけど、それはないらしい。
ゲームではこうだったから、この世界でもこうだろう……なんて、決めつけてかかるのは危険だ。
結果、情報を間違えてとんでもないミスをやらかしたら、目もあてられない。
ゲームのようにセーブ&ロードはできないのだから、石橋を叩いて渡るくらいに慎重にならないと。
あと、話を聞いていないのに話を知っていたら、どこでその情報を? という疑問を抱かれるだろう。
独自に調査したと言って納得してくれるのならいいのだけど、最悪、フィーのせいにされるかもしれない。
それは避けないといけないので、わざわざ話してもらった、というわけ。
「ありがとう、フィー。話しづらいことなのに、教えてくれて」
「いえ、アリーシャ姉さまのためですから」
「さて……どうしましょうか?」
アレックスと仲直りして、そのまま友達になる方法を考える。
ゲームの知識が参考になればいいのだけど……
あいにく、それは無駄だ。
ゲームにおいて、フィーはアレックスの幼馴染なので、最初からある程度の関係を構築できている。
私のようにマイナススタートから仲良くなる展開、なんていうものは存在しないため、参考できる部分がまるでない。
「いえ……まるでない、ということはありませんね」
公式のファンブックのおかげで、アレックスの趣味や趣向、性格などは把握している。
それらをうまく突くようにして、彼の心に潜り込むことができれば。
ずるをしているようで、少し申し訳ないと思うのだけど……
でも、手段は選んでいられない。
私は悪役令嬢。
失敗したら、バッドエンドを迎えてしまうのだから。
「さて、どうしたものか……」
「……あの、アリーシャ姉さま」
「なんですか?」
「私も、お手伝いをしてもいいですか?」
家に帰り、メイドに紅茶を淹れてもらう。
香りのいい紅茶を一口飲んで、
「……はぁ」
ため息をこぼす私。
アレックスと仲良くしないといけないのに、その場の勢いに任せて、ケンカをしてしまうなんて。
しかも、口論とはいえ、おもいきり叩きのめしてしまうなんて。
なにをしているのだろうか、私は?
これじゃあ、バッドエンドを回避できない。
「アリーシャ姉さま、元気を出してください。繰り返しになりますが、あれは、アレックスが悪いと思いますから」
「……ありがとう、慰めてくれて。でも、彼が一方的に悪いということもなくて、私にも悪いところがあったと思います」
貴族は人々の手本にならないといけないというのに、怒りに任せて行動してしまうなんて。
公爵令嬢失格だ。
前世の記憶を思い出したせいか、時々、感情に歯止めが効かなくなる。
もっとらしく振る舞わないと。
このまま感情に振り回されていたら、悪役令嬢らしくなって、バッドエンドを迎えてしまう。
心を落ち着けて、いついかなる時も冷静に。
そう自分に言い聞かせた後、フィーに尋ねる。
「ねえ、フィー。できる範囲でいいから、アレックスのことを教えてくれませんか?」
「アレックスの? えっと……それは、どうしてですか?」
「アレックスと仲直りをしたいんです。そのために、まずは彼のことを知りたくて」
「あ、はい! そういうことなら、お手伝いさせていただきますっ」
私に任せてとばかりに、フィーは意気込み、目をキラキラと輝かせた。
健気なところが本当にかわいい。
どうして、アリーシャ・クラウゼンは、こんなにもかわいい妹をいじめようとしたのだろう?
皆に愛されて妬ましかったから?
それならば、自分もその輪に加わればよかったのだ。
変に嫉妬をして勘違いするなんて、ダメダメすぎる。
まあ、それが悪役令嬢というものなのだけど。
「えっと……」
フィーは迷うように視線を揺らす。
どこまで話すべきか、判断に迷っているのだろう。
「フィー。無理をして、全部を話す必要はありませんからね? あくまでも、話せる範囲で構いませんよ」
「でも、そうなると、アレックスがなにに対して怒っていたのか理解できないと思うので……うん。アリーシャ姉さまになら、全部話したいと思います。勝手に話したらアレックスに怒られるかもしれないけど、それは、私が全部受け止めます」
「そう……ありがとう、フィー。でも、もしも怒られるような時は、私も一緒に怒られますからね。妹だけに負担を負わせるなんてこと、しませんから。一緒に背負わせてください」
「アリーシャ姉さま……はいっ、ありがとうございます!」
ふと、思う。
この子はとても純粋でまっすぐで……でも、とても危うい。
顔を合わせて一日も経っていない私のことを、幼馴染の秘密を話してしまうほどに信頼している。
してしまっている。
悪人に騙されないか、とても心配だ。
いや、私は騙さないけどね?
悪役令嬢だけど、でも、そんなことはしない。
なぜならば、この子の姉なのだから!
そしてなによりも、かわいすぎるのだから!
話が逸れた。
これほどまでに、他人を信じてしまうのには、理由があるのだろう。
たぶん、父さまと母さまが語ってくれない、クラウゼン家に引き取られた理由が関わっているのだろう。
これからも、この子と仲良くしたいと思う。
一緒に笑いたいと思う。
だから……合間を見て、この子のことを調べてみよう。
「それで、ですね」
「はい」
フィーが覚悟を決めて、口を開く。
思考は中断して、話を聞くことに専念する。
「アレックスは、貴族を恨んでいます。嫌っています。その理由は、その……貴族に家族を奪われたからです」
「奪われた? 穏やかな話ではありませんね」
「は、はい。貴族としての在り方を知っているアリーシャ姉さまにとって、かなり不快な話になるかもしれませんが……」
「聞かせてください」
「わかりました」
間髪入れずに答えると、私の覚悟を悟ったらしく、フィーはアレックスに関する話をする。
……話をまとめると、こうだ。
アレックスの母親は、とある貴族の屋敷で働くメイドで……そして、愛人だ。
何度か抱かれ、そして、アレックスが生まれることに。
その時点で、とある貴族は、子供を持つ母親を抱くことに飽きたらしい。
母子を屋敷から追い出して、火遊びはおしまい……ということにはならなかった。
夫の不貞に怒る貴族の妻は、その矛先をアレックスの母親に向けた。
屋敷を追い出して……
路頭に迷い……
そして、アレックスの母親は不慮の事故で亡くなることに。
当時はアレックスも幼く、記憶も曖昧。
証拠も不十分で、悪意ある者の仕業と断定はされていない。
ただ、同時に不自然な状況が多く……
アレックスは、貴族の妻が手を回したに違いないと思っているらしい。
その推理は正しい。
ゲーム後半で事件の真実が明らかになり、とある貴族とその妻は制裁を受けることになる。
その際、色々とあるのだけど……それはまた今度。
今は、アレックスの貴族嫌いの原因の方が重要だ。
「なるほど」
フィーの話を聞いて、ゲームと設定が相違ないことを確認できた。
もしかしたらズレが生じているかもしれない、なんて可能性を考えたのだけど、それはないらしい。
ゲームではこうだったから、この世界でもこうだろう……なんて、決めつけてかかるのは危険だ。
結果、情報を間違えてとんでもないミスをやらかしたら、目もあてられない。
ゲームのようにセーブ&ロードはできないのだから、石橋を叩いて渡るくらいに慎重にならないと。
あと、話を聞いていないのに話を知っていたら、どこでその情報を? という疑問を抱かれるだろう。
独自に調査したと言って納得してくれるのならいいのだけど、最悪、フィーのせいにされるかもしれない。
それは避けないといけないので、わざわざ話してもらった、というわけ。
「ありがとう、フィー。話しづらいことなのに、教えてくれて」
「いえ、アリーシャ姉さまのためですから」
「さて……どうしましょうか?」
アレックスと仲直りして、そのまま友達になる方法を考える。
ゲームの知識が参考になればいいのだけど……
あいにく、それは無駄だ。
ゲームにおいて、フィーはアレックスの幼馴染なので、最初からある程度の関係を構築できている。
私のようにマイナススタートから仲良くなる展開、なんていうものは存在しないため、参考できる部分がまるでない。
「いえ……まるでない、ということはありませんね」
公式のファンブックのおかげで、アレックスの趣味や趣向、性格などは把握している。
それらをうまく突くようにして、彼の心に潜り込むことができれば。
ずるをしているようで、少し申し訳ないと思うのだけど……
でも、手段は選んでいられない。
私は悪役令嬢。
失敗したら、バッドエンドを迎えてしまうのだから。
「さて、どうしたものか……」
「……あの、アリーシャ姉さま」
「なんですか?」
「私も、お手伝いをしてもいいですか?」