「ふう」

 アリーシャと別れたネコは、そのまま家に帰った。

 家族と軽い挨拶を交わしてから、自室へ。
 そのままベッドに仰向けに寝る。

「……」

 なにをするわけでもなく天井を見る。

 天井に向けて手を伸ばす。
 なにかを掴むように指を閉じて……
 それから、手の力を抜いた。

 そして、苦笑。

「困ったなあ」

 ベッドから降りて、机に向かう。
 引き出しを開けると、とある書類が。

 その書類に書かれている内容は……

『アリーシャ・クラウゼンを事故に見せかけて殺害しろ』

 そんな恐ろしい内容だった。

「ターゲットと仲良くなって、どうするんだろ、私」

 はあ、とため息がこぼれる。

 ネコ・ニルヴァレンは、普通の学生ではない。
 その正体は、暗殺者だ。

 ネコは孤児だ。
 物心ついた時には親はおらず、裏路地でゴミをあさり生きてきた。

 その後、妙な貴族に拾われた。
 ネコの境遇を哀れに思ったわけではない。
 自分に都合の良い殺人人形を作るために、ネコは貴族に拾われたのだ。

 以来、ネコは裏の技術を叩き込まれて……
 そして、初めて仕事を任されることになった。

 その仕事が、アリーシャの暗殺だ。

 初仕事だ。
 ここで失敗したら次はない。
 事実、任務をこなすことができなかった同じ境遇の子供は、以後、二度と姿を見ることはなかった。
 役立たずとして処分されたのだろう。

 ネコは、アリーシャを暗殺しなければならない。
 でなければ、殺されるのは自分だ。

 それなのに……

「……イヤ、だな」

 アリーシャの笑顔を思い返す。

 自分がしようとしているのは、その笑顔を消すということ。
 そう考えると迷いが生じてしまう。

「……迷い? 私が?」

 自身の変化に、ネコは驚いた。

 人を殺す技術だけではなくて、心も鍛えられてきた。
 きちんと人を殺せるように。
 迷うことがないように。
 氷のように冷たい心に作り変えられてきた。

 それなのに、なぜ、今更迷うのか?

「アリーシャの影響……なのかな」

 アリーシャの笑顔は太陽のようだ。
 温かくて、優しい。

 そんな彼女の近くにいると、ネコも笑顔になってしまう。

 アリーシャの温かい笑顔で心が溶かされて……
 殺人人形であることを忘れ、人間であることを思い出してしまう。

「ダメだ」

 ネコは迷いを振り切るように、頭を振る。

 迷うことは許されない。
 確実に仕事をこなさなければいけない。

 アリーシャを殺すことができなければ、逆に自分が殺されてしまう。
 役立たずの人形は捨てられてしまう。

 そんなことにはなりたくない。
 だから、アリーシャを殺すしかない。

「でも……私は、どうすればいいんだろう?」

 どうしても迷いを振り切ることができず……
 ネコは頭を悩ませ続けた。