商店街の次は、おいしいパン屋さんを案内した。
 タイミングが良いと、焼きたてのふかふかパンを味わうことができる。
 絶品だ。

 その次は、様々な衣服を扱う店に移動した。
 店のオーナーがデザインした衣服もあり、値段もお手頃だ。

 それから……
 色々な場所を案内して、ちょうどいい感じにお腹が空いてきたので、カフェに入る。

「えっと……私は、ランチセットで。飲み物はオレンジジュースね」
「私もランチセットでお願いします。飲み物はアイスティーで……あと、こちらのハムサンドとフルーツパフェもお願いします」

 注文が終わり、店員さんがカウンターの奥の厨房に消える。

「アリーシャって、けっこう食べるんだね」
「そうでしょうか?」

 よくフィーが作る料理の試食をしていたので、いつしか胃袋が大きくなったのかもしれない。

 ふと、じーっとネコがジト目を向けてきた。
 その視線の先は、私の胸や腰だ。

「それだけ食べて、その体型って……反則でしょ。ねね、なにか太らないコツとかあるの? 私、ちょっと油断したら、すぐお肉がついちゃうから」
「そう言われても……私、特になにもしていないのですが」
「くう……そういう体質、っていうわけ? なにそれ、ずるい。神さまは不公平だわ」

 本気で悔しそうにするものだから……

「ふふ」

 おかしくて、ついつい笑ってしまう。

 ネコは少しふてくされた顔をするものの……
 ほどなくして、私と同じように、おかしそうに笑う。

 ややあって注文した料理が運ばれてきて、おいしいごはんを堪能した。
 私もネコも料理には大満足。
 また来ようね、と約束もする。

 それから飲み物で口を潤しつつ、雑談に興じる。

 うん。
 ネコと一緒にいると、不思議と心が和らいでいく。

 落ち着くというか、安心できるというか……
 ずっとこうしていたいとさえ思う。
 これも、彼女の人柄がなせるものなのか?

「……ふう」

 しばらくおしゃべりをしたところで、ふと、ネコが遠くを見た。
 その横顔は、どこか憂いを帯びている。

「どうしたのですか?」
「……楽しいなあ、って」
「?」

 なにが言いたいのだろう?

 疑問に思うものの、でも、急かすようなことはしない。
 彼女の方から話してほしいと、私は待つことにした。

「……昔、さ」

 ややあって、ネコは口を開いた。

「あまり周囲とうまくいかなかったというか、いじめられてたことがあったんだ」
「そうなのですか?」

 信じられない。
 彼女なら、友達は百人はいると思っていた。

 でも、ふと思う。
 これが過去の話をするというイベントか?

「私って、マイペースというか強引というか……ほら、けっこうグイグイと行くところがあるでしょ?」
「ありますね」
「アリーシャは気にしないでくれるけど、でも、気にする子もけっこういるわけで……で、昔の私は、ちょっと人との距離のとり方を間違えていたというか……まあ、そんな感じだ」

 なるほど。
 だいたいのことは察した。

 私は、ネコのような積極性あふれる人は好ましいと思うのだけど……
 でも、誰もがそう思うわけじゃない。
 中には、そっとしておいてほしいと思う人もいるはずだ。

「で、ちょっとやらかしちゃったことがあって……それで、いじめられるようになったんだ」
「そうだったんですか……」
「ごめんね、こんな話をして」
「いえ」
「なんか、アリーシャには知っておいてほしかったというか……そんな気持ちになったんだ。だから、気がついたら口にしてた」

 たはは、とネコが笑い……
 それから頭を抱える。

「って……私、なにやってるんだろ。勝手に一人で話をして、反応に困る話題を持ち出して……はあああ、こんなだから昔、失敗したっていうのに……ダメだ。ぜんぜん成長してないし」

 自分でトラウマのスイッチを踏んでしまったみたいだ。
 ものすごく落ち込んでいる様子で、ネコは肩を落とす。

 でも私は……

「いいんじゃないですか?」
「え?」
「失敗してもいいんじゃないですか? 同じ失敗は繰り返さない、という話はよく聞きますが、実際には難しいものだと思います。何度も何度も失敗するのが当たり前ではないでしょうか?」
「それは……」
「取り返しのつかない失敗もありますが……でも、ネコのそれは違うでしょう? 何度失敗しても、何度でもやり直すことができる。そう思いますが」
「でも……それじゃあ、迷惑をかけてばかりじゃない」
「私は問題ありませんよ」
「……」

 なぜか、ネコが目を丸くした。

「グイグイと来るところが失敗なんて、私は思っていないので。むしろ、楽しいくらいです。だから、私は何度でも付き合いますし、一緒にいますよ」
「そう……なの?」
「はい。だって私達、友達じゃないですか」
「……」

 フィーのために仲良くしておかないと、という打算もあるのだけど……
 でも、それ以上に、私はネコのことを好ましく思う。
 友達であり続けたいと思う。

 だって、楽しいから。
 一緒にいると自然と笑顔になるから。

「友達だから……?」
「はい、そんな単純な理由です」
「単純かな……?」
「単純ですよ」
「……くは」

 ややあって、堪えられないという感じでネコが笑う。

「ダメ、ツボに入ったかも、あはは……こんなことを言うなんて、しかも公爵令嬢が……くふ、あははは」
「むう? なにがおかしいのでしょうか?」
「あははは」

 よくわからない。

 そんな私を気にすることなく、ネコは、しばらくの間、楽しそうに笑うのだった。