「……」

 ふと足を止めて、後ろを見る。

 なにもない。

「どうしたの、アリーシャ」
「いえ……なにやら視線を感じたような気がするのですが」
「えっと……誰か知り合いでもいた?」
「いいえ」

 道行く人がそこそこいるものの、それだけ。
 その中に知り合いの顔はない。

「気のせいでしょうか?」
「気のせい、気のせい。それよりも案内よろしく!」
「まったく」

 苦笑しつつ、最初の目的地へ向かう。

 五分ほど歩いたところで、商店街に到着した。
 飲食、衣服、雑貨……色々な店が並んでいる。

「見ての通り、ここが商店街です。他にもいくつかの商店街がありますが、私のオススメはここですね。たくさんのお店があって、お値段もそこそこです」
「おー、確かに色々とあるね」

 感心したように頷いて、

「あれ? でも、なんでアリーシャが商店街の情報なんて持っているの? 公爵令嬢……だよね?」

 不思議そうに小首を傾げた。

 まあ、それも当然の疑問。
 普通に考えて、公爵令嬢が商店街に足を運ぶことはない。
 商店街で手に入るようなものは、誰かに任せるのが一般的だ。

 衣服や化粧品は自分の目で見たいから、足を運ぶことはあるものの……
 それは例外ということで。

「フィーが料理好きなので、よく商店街に足を運んでいるんです」

 フィーも公爵令嬢なので、自分で料理をするなんて普通はありえないのだけど……
 でも、彼女にとって料理は趣味のようなもの。

 最初は、公爵令嬢がキッチンに入ることを良しとされなかった。
 でも、フィーが料理をしたいというのなら、私はなんでもしよう。

 というわけで、ゴリ押しをしてフィーが料理をすることを認めさせて……
 ついでに商店街で買い物することも許可させた。

 父さまと母さまを始め、大多数の人が疲れたような顔をしていたのだけど、気にしない。
 全てはフィーのため。

「なるほど。言われてみると、シルフィーナちゃんって料理が得意そうだよね」
「はい。フィーの料理は、それはもうおいしいですよ。そこらのお店に負けないほどで……いえ、むしろ勝っていますね。圧勝ですね」
「ふふ」

 突然、ネコが笑う。

「どうしたんですか?」
「ううん。本当に仲が良い姉妹なんだなあ、って」
「当然です。あのようなかわいい妹がいたら、仲良くならないと損ですよ」

 最初は、破滅回避のために仲良くしようとか考えていたのだけど……
 最近はわりと気にしていない。

 フィーはかわいい。
 かわいいから愛でる、仲良くなりたい。
 それだけだ。

「私も……」
「ネコ?」
「なに?」

 一瞬、憂鬱な表情を見せたような気がしたのだけど……でも、今はにっこり笑顔だ。
 気のせいだったのだろうか?

「次、案内してくれる?」
「はい」

 ネコに促されるまま、次の場所へ向かう。



――――――――――



「普通に案内をしているな」
「けっこう楽しそうにしているね」

 そっと様子を見るアレックスとジークは、そんな感想をこぼす。

「「むう」」

 二人の男は微妙な顔になる。

 ネコといるアリーシャは、とても楽しそうな顔をしていた。
 自分といる時は、そんな顔を見せていない。

 相手は女性。
 でも、モヤモヤする。
 ついつい軽く嫉妬してしまうアレックスとジーク。

 そして、ここにも一人。

「アリーシャ姉さま……うぅ、すごく楽しそう」

 シルフィーナはジト目になり、子供っぽく頬を膨らませていた。

 とても素敵な姉なのだから、アリーシャに友達がいることは当たり前。
 一緒に出かけることも当たり前。

 でも、どこかモヤモヤしてしまう。
 自分だけに笑顔を向けてほしいと、子供っぽい嫉妬を覚えてしまう。
 親を独占したいという、兄弟がいる子供のような感情だ。

 ただ、シルフィーナはそのことを自覚していない。
 そして、今まで受け身ばかりだったのだけど、ここに来てアリーシャに強い感情を寄せていることも気づいていない。

「むぅー……」

 シルフィーナは唇をへの字にしつつ、二人の様子をこっそりと観察するのだった。