悪役令嬢の私ですが、メインヒロインの妹を溺愛します

 数日後。

 登校した後。
 私はぼんやりと窓の外を眺めていた。

 あいにくの曇り空で雨が降っている。

 この世界にも四季はあり、梅雨がある。
 最近になって梅雨入りしたらしく、残念な天気が続いている。

「このところ雨ばかりですね……」

 雨は嫌いだ。

 早く晴れてほしいのだけど……
 梅雨となれば、そうもいかないか。

「クラウゼンさま」

 クラスメイトに声をかけられ、振り返る。

「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「お聞きになりましたか?」
「なんのことでしょう?」
「実は、転入生がやってくるらしいですわ」
「転入生? このような時期に?」

 あと一ヶ月ほどで学園は夏季休暇に入る。
 やや中途半端な時期だ。

「詳しくは知らないのですが、そのような噂を聞きまして」
「私達のクラスに?」
「はい、そのようですわ。女性らしいので、友達になれるかもしれませんわ」
「なるほど」
「あ……きっと、この後のホームルームで紹介されると思いますわ」

 ホームルームの時間が近づいてきたため、クラスメイトは自分の席に戻った。

「転校生……か」

 自分にしか聞こえない声でつぶやいた。

 この時期に転校なので、もしかしたら、なにか事情があるのかもしれない。
 うまく学園に馴染めるように、できることがあればしたいと思うのだけど……

 はて?

 なにか引っかかる。
 魚の小骨が喉に刺さったような感じで、もどかしい。
 なにかあったはずなのだけど、思い出すことができない。

 結局、そのままホームルームの時間を迎えてしまう。

「今日は、みなさんに新しい仲間を紹介します」

 お決まりの文句と共に、転校生が紹介される。

 先生の合図で教室に入ってきたのは、黒髪のショートカットの女の子だった。

 どことなく幼さが残る顔。
 ただ、目は大きく、元気な印象を受ける。
 幼さが見えるものの、あちらこちらを走り回る元気な子供という感じだ。

 制服は私達と同じもの。
 ただ、急ごしらえなのか、サイズが少し合っていない。

 彼女、わがままな体をしているみたいで……
 やや窮屈そうだ。
 まあ、調整はできるだろうから、それほど大きな問題ではないだろう。

 転校生は壇上に立ち、にっこりと元気な笑みを浮かべる。

「はじめまして! 私は、ネコ・ニルヴァレン、っていいます。田舎の方で暮らしていたんだけど、ちょっと事情があって王都に移住することになって……ぶっちゃけると田舎者だから、こっちのことを色々と教えてくれるとうれしいです。よろしくお願いします!」

 元気よく言い、お辞儀をする。
 とても気持ちのいい人だ。
 クラスメイト達も同じことを思ったのか、拍手で迎える。

 それにしても……
 ネコ、なんて独特な名前だ。

 そのせいか、どこかで聞き覚えがある。
 そんな知り合い、いないはずなのだけど……
 でも、勘違いではないと断言できるくらい、強い印象を抱いている。

 どこで聞いたのだろうか?
 あれは、確か……

「……っ!?」

 答えに辿り着いて、思わず声をあげてしまいそうになる。
 なんとか我慢できた私は、素直に偉いと思う。

 そう……思い出した。
 彼女は、乙女ゲームのサブキャラクターだ。

 いわゆる、主人公の友達ポジション。
 ふとしたことからメインヒロインと出会い、友情を育んでいく。
 そして、歳は違うものの唯一無二の親友になる。

 物語後半になるにつれて、メインヒロインには数々の試練が降りかかる。
 それをヒーローと一緒に乗り越えていくのだけど……

 ここで、ネコ・ニルヴァレンの存在がとても大事なものとなる。
 彼女と友情を育んでいるかどうかで、ハッピーエンドかバッドエンドか、道が分かれるのだ。
 そんなことを知らなかった私は、初回プレイ、ヒーローばかりと仲良くなっていたため、悲惨なバッドエンドを迎えたものだ。

「まさか、彼女も登場するなんて」

 ここ最近は、フィーの誕生日の準備に夢中になっていたため、破滅を回避することをすっかり忘れていた。
 でも、それは仕方ない。
 あんなにかわいい妹がいれば、そっちに夢中になるのは当たり前のこと。
 よって、私は悪くない。

 とはいえ、ネコ・ニルヴァレンの登場で、ここが乙女ゲームの世界であることを思い出した。

 今のところ、順調に進んでいるような気はするものの……
 ありがちな展開だと、世界の修正力とやらが働いて、最終的に私は悪役令嬢として断罪されてしまう。

 そのことを考えると、順調だからといって油断はできない。
 このタイミングでネコ・ニルヴァレンが出てきたということは……
 たぶん、なにかしらの関連イベントが発生するはず。

 それをうまく乗り越えることで、破滅を回避してみよう。