悪役令嬢の私ですが、メインヒロインの妹を溺愛します

 朝。
 いつものように学舎に向かうのだけど……
 今日は馬車ではなくて徒歩だ。

 たまには歩いて行きたいというフィーの要望を叶えたことになる。

「えへへ」

 フィーは笑顔だ。
 うれしそうに私と手を繋いで、ぴたりと寄り添っている。

「フィー、そんなにくっつかれると歩きにくいのですが」
「ダメ……ですか?」
「いいえ! まさか!」

 むしろ大歓迎。
 手を繋ぐだけじゃなくて、腕を組みたい。
 というか、いっそのことフィーをお姫さま抱っこしたい。

 とはいえ、さすがにそれは無理。
 そこまでの力はないので諦めるしかない。

 まあ、こうして手を繋いでいるだけでも幸せなのだけど。

「私もフィーと手を繋いでいたいと思いますよ」
「えへへ、アリーシャ姉さま」
「どうしたんですか? 今日はやけに甘えん坊さんですね」

 布団に潜ってきて、手を繋いで。
 昨日の誕生日パーティー以来、フィーは少し変わったような気がする。

 具体的にどこが、と問われると言葉に迷うのだけど……
 少し明るくなったような気がした。

「アリーシャ姉さま」
「はい、なんですか?」
「あの……今日のお昼、一緒に食べませんか?」
「……」

 思わぬ展開に、ついつい目を丸くしてしまう。

 フィーに昼食に誘われた。
 まさかの出来事だ。
 なにせ、いつも私の方から誘ってばかりで、フィーから誘われたことは一度もない。
 もしかして私避けられている? なんて、夜も眠れないほどに悩んだこともある。

 それなのに、ついに誘ってもらえるなんて……

「……うぅ」
「え? え? あ、アリーシャ姉さま!? ど、どうされたんですか!?」

 突然、涙ぐむ私を見て、フィーがあわあわと慌てる。
 そんなところもかわいい。

「いえ……すみません。フィーから誘ってくれたことがうれしくて、つい」「
「お、大げさです……」
「そのようなことはありません。姉というものは、妹からの言葉をいつでも待っていて、期待しているものなのですよ?」

 自分で言っておいてなんだけど、そんな話、今まで聞いたことがない。
 今、この場で思いついたことだ。

 でも、フィーのようなすごくかわいい妹がいるのなら、あながち間違いでもないだろう。
 一緒にごはんを、なんて誘われたら、うれしくて感涙してしまうのが普通だ。

 普通ですよね?

「あと、その……アレックスとジークさまもお誘いしたくて」
「……」

 舌打ちしてしまいそうになるのだけど、なんとか我慢した。

「アリーシャ姉さま?」
「……いえ、とても良いアイディアだと思います。やはり、ごはんはみんなで食べる方がおいしく感じられますからね」

 フィーと二人きり、フィーと二人きり、フィーと二人きり……
 心の中で涙を流しつつ、しかし、表では笑顔の仮面をつける。

 正直なところ、ものすごく残念なのだけど……
 でも、フィーがみんな一緒を望んでいるのだから、それをよしとしておかないと。

 それに……

 最近は色々とあって忘れがちだったものの、私は悪役令嬢だ。
 破滅の未来を避けるために、ヒーローである彼らと仲良くしておいて損はないだろう。

 でも、フィーはあげません!
 いくらヒーローであろうと、フィーと付き合いたいと言うのならば……ふっ、ふふふ。

「あ、アリーシャ姉さま? なにか怖いです……」
「はっ……す、すみません。なんでもありませんよ?」
「はあ……」

 いけない、いけない。
 フィーに彼氏ができるという最悪の未来を想像してしまい、ちょっと高ぶってしまったみたいだ。

 一応、私は公爵令嬢。
 それにふさわしいように、常に落ち着いていないと。

「ところで……」
「はい、なんですか?」
「フィーは、少し変わりましたね」
「え?」
「とても良い顔で笑うようになりました」
「そ、そうですか……? 私は、その……よくわからないです」

 自分の頬をむにむにと触る。
 なにその仕草。
 かわいすぎる。
 この世界にカメラがないことが悔やまれる。

「でも……それは、アリーシャ姉さまのおかげだと思います」
「私ですか?」
「はい。アリーシャ姉さまがいてくれたからこそ、私、うまく笑えるようになったんだと思います」
「私はなにもしていませんが……」
「え?」
「え?」

 フィーが、それはありえない、というような顔をするのだけど……
 でも事実、私はなにもしていない。

 そもそも、私は悪役令嬢だ。
 なにかできるわけがないし……
 メインヒロインのフィーの力になれるとしたら、ヒーローであるアレックスやジークだろう。

 まあ、それはそれで癪なので。
 日頃、フィーをかまってかまい倒しているのだけど。

「ふふ」

 ややあって、フィーがおかしいと言うかのようにくすりと笑う。

「アリーシャ姉さまは、いつでもどこでもアリーシャ姉さまらしいのですね」
「どういう意味ですか?」
「なんでもありません」
「?」

 フィーの言葉の意味がわからない。

 わからないのだけど……
 フィーがうれしそうにしているので、なんでもいいか、と思ってしまう私だった。

 かわいい妹が笑顔なら私も幸せなのだ。