アレックス・ランベルト。
フィーの幼馴染で、攻略対象のヒーローの一人。
やや口が悪く、礼儀作法もなっていない。
しかし、まっすぐな心を持つ好青年だ。
フィーに対してとても優しく、自覚はしていないが、彼女のことを大事に思っている。
「ふむ」
ゲームの公式設定を思い返した私は、今後のことを考える。
アレックスルートはプレイして、きちんとクリアーした。
ぶっきらぼうな男の子ではあるが、時折見せる優しさがたまらなくいい。
名場面は、なんといっても告白シーンだ。
アリーシャ・クラウゼンにいじめられているところを助けに入る。
公爵令嬢であるアリーシャ・クラウゼンに対して怯むことなく、むしろ、圧倒する勢いで怒り、フィーを窮地から救う。
そして、嫉妬に狂ったアリーシャ・クラウゼンを殴り飛ばして、さらに数々の罪状を告発して、一気にざまぁ展開へと叩き込む。
アレックスが自分の心を自覚するだけではなくて、スカッとするざまぁ展開を味わうことができるという、ゲーム屈指の名場面だ。
あれはいい。
直前のセーブデータを作成して、何度プレイし直したことか。
って、それはどうでもいいの。
今は、アレックスのことを考えないと。
ゲームの内容を思い返す限り、アレックスは『告発』の役割を担っている。
アリーシャ・クラウゼンの悪行を暴いて、公のものとする。
それにより、アリーシャ・クラウゼンは一気に転落していくのだ。
いわば、ざまぁ展開の始まり。
そのトリガーを握るキーマン。
全てのルートにおいて、アレックスが告発をして、そして転落人生が始まるのだ。
「うーん」
アレックスに告発されないためには、どうすればいいか?
普通に考えれば、仲良くすればいいと思う。
でも……どうやって?
ゲームの中で、アリーシャ・クラウゼンとアレックスの接点は少ない。
唯一、顔を合わせる機会といえば、悪役令嬢らしい悪行を繰り返している時だ。
「えっ、どうやって仲良くなればいいの?」
ゲームの知識があるから、なんとかなるかもしれない!
……なんてことを思っていたのだけど、全て役に立つわけじゃないみたいだ。
どうしたら、アレックスと仲良くなれるのかしら?
どうしたら、告発を止めさせることができるのかしら?
「アリーシャ姉さま?」
「あ……ごめんなさい、少し考え事をしていたの」
「えっと、それで、アレックスに会いに行く約束をしてて……」
「そのことなんだけど、私も一緒していいですか?」
「え、アリーシャ姉さまも?」
「その子が気になるというか、いえ、フィーを一人にすることが心配というか、告発を止めさせないといけなくて……」
ウソ下手か、私。
「えっと……よくわかりませんが、いいですよ」
「ありがとう、フィー」
――――――――――
その後、フィーと一緒に外に出た。
この街は平和なので、夜でもない限り、女の子だけで歩いていても危険はない。
もしも危険なことがあったとしても、フィーは必ず守る。
だって、かわいいんだもの。
「アリーシャ姉さま、ここです」
「ここは……教会?」
フィーに案内されたところは、街の教会だった。
世界を作ったと言われている女神さまを信仰する場所だ。
熱心な信者も多く、毎日、たくさんの人が足を運んでいる。
「アレックスは、教会の信者なのですか? それとも、教会で働いているのかしら?」
「えっと……どちらかというと、後者です」
フィーが少し気まずそうに。
そんな妹を見て、アレックスの設定を思い返す。
確か、彼は……
「シルフィーナ!」
教会の裏の方から声が飛んできた。
振り返ると、ゲームに登場するままの、アレックス・ランベルトの姿が。
歳は私達と同じ十五。
この世界では珍しく、黒髪と黒い瞳。
日本人のような外見をしている。
綺麗な顔をしているのだけど、どことなく、獣のような力強さを感じさせる顔つきだ。
ただ、その力強い顔が彼の魅力。
そのワイルドな表情に、何度、私の心は射抜かれたか。
まあ、他のヒーローにも心を奪われているのだけど、それはそれ、これはこれ。
乙女ゲームは多数のヒーローを攻略するものだから、複数人に心を奪われてもなにも問題はないのだ。
うん、私無罪。
「よかった、無事だったんだな! おかしなことはされなかったか? いじめられたりしなかったか?」
「だ、大丈夫だよ、アレックス。私なら、見ての通り……ほら、元気だから」
「でも、シルフィーナが貴族をやれるなんて思ってなかったからさ。なにかしら失敗して、怒られたりしたんじゃないか、って心配で」
「もう、なにそれ。すごく失礼なんだけど」
フィーは頬を膨らませるものの、本当に怒っているという様子ではない。
どちらかというと、いつもと変わらないであろうアレックスの態度に安堵している感じだ。
「悪い悪い、バカにしてるつもりはなかったんだよ。気を悪くしたら謝る、すまない」
「あ、ううん。怒っているなんてことはないから」
ちょっと気遣いに欠けるところはあるものの、その心はとても素直。
公式の設定にあったように、アレックスは好感の持てる男の人みたいだ。
「それで、どうだったんだ? 貴族の家に引き取られることになったって聞いているが、大丈夫なのか?」
「あ、うん。お父さまもお母さまもよくしてくれて……それに、アリーシャ姉さまはとても優しい人で、なにも問題ないよ」
「……アリーシャ姉さま?」
そこでようやく私に気がついたらしく、アレックスの視線がこちらに向いた。
怪訝そうな顔をして……
次いで、うさんくさいものを見るような目に。
アレックスは、私から守るような感じで、フィーを背中にやる。
「あんたが、シルフィーナの言う、アリーシャ姉さまとやらか?」
「はい、そうですよ。フィーがウチに引き取られたことで、彼女は私の妹になりました」
「……フィー? なにを言っているんだ、あんたは。彼女は、シルフィーナだ」
「そんなこと、わかっていますよ。フィーは、私が決めた妹の愛称です」
「愛称……くっ!」
なぜか、アレックスが睨みつけてきた。
え? なんで?
私、怒らせることはしていないよね?
「貴族なんかが、シルフィーナのことを気安く呼ぶな!」
「えっと……?」
なぜ敵意を向けられるのか?
そのことがわからなくて、理解できなくて……
とにかくもなだめようと、彼に手を伸ばす。
パチンッ。
触るなとばかりに、手をはたかれてしまう。
「アリーシャ姉さま!? アレックス、やめて。アリーシャ姉さまは、他の貴族と違って……」
「シルフィーナは騙されているんだ! 貴族なんかが優しいわけがないだろう。あいつらみんな、俺達、平民のことをゴミとしか思っていない。そんな貴族こそがゴミだっていうのにな!」
「……あら、イヤですね。私をゴミと言うのならば、あなたはなんなのでしょうか? いきなり女の子の手を叩く、愚か者でしょうか?」
「な、なんだと!?」
「貴族とか平民とか、まるで関係ありません。あなたの今の行為は、一人の人間として、正しいと言えるのですか? 間違ったことはしていないと、胸を張って言えるのですか?」
「うっ、そ、それは……」
「言えませんよね。そこで言えるというのならば、私はあなたの心がおかしいと断言できるでしょう」
「……」
「それで……女の子に手を上げる、アレックスさま。貴族を嫌っているようですね? そうですね、確かに私は貴族です。ならば……どうしますか? 再び手をあげますか? 今、感情に任せて行動したように、手を振り上げますか?」
「ぐっ、うううぅ……!?」
「どうするのですか!?」
「……お、覚えていろよ!」
三流の悪役のような捨て台詞を口にして、アレックスは教会の中へ戻った。
その背中を見送り、私は小さく笑う。
「まったく……同い年だというのに、中身は子供のような方ですね。情けない」
口論の勝者である私は、胸を張り、笑う。
その姿は、まさに悪役令嬢。
ただまあ、生意気な男性を叩きのめしたのだから、多少は誇ってもいいだろう。
「あ、あの……」
フィーがものすごく気まずそうに声をかけてきた。
「どうしたのですか、フィー?」
「今のは、その、確かにアレックスが悪いと思いますが……ただ、少し言い過ぎたような気もして……」
「……」
フィーにそう指摘されて、そこで、はたと冷静になる。
かわいい妹の言葉は、全てをリセットする力があるのだ。
アレックスは、ゲームの攻略対象のヒーローであり、悪役令嬢の断罪者。
一連のざまぁ展開のトリガーを握るキーマン。
だから、仲良くしておかないといけないのに……
「仲良くなるどころか、ケンカをしてどうするんですか、私は!!!?」
フィーの幼馴染で、攻略対象のヒーローの一人。
やや口が悪く、礼儀作法もなっていない。
しかし、まっすぐな心を持つ好青年だ。
フィーに対してとても優しく、自覚はしていないが、彼女のことを大事に思っている。
「ふむ」
ゲームの公式設定を思い返した私は、今後のことを考える。
アレックスルートはプレイして、きちんとクリアーした。
ぶっきらぼうな男の子ではあるが、時折見せる優しさがたまらなくいい。
名場面は、なんといっても告白シーンだ。
アリーシャ・クラウゼンにいじめられているところを助けに入る。
公爵令嬢であるアリーシャ・クラウゼンに対して怯むことなく、むしろ、圧倒する勢いで怒り、フィーを窮地から救う。
そして、嫉妬に狂ったアリーシャ・クラウゼンを殴り飛ばして、さらに数々の罪状を告発して、一気にざまぁ展開へと叩き込む。
アレックスが自分の心を自覚するだけではなくて、スカッとするざまぁ展開を味わうことができるという、ゲーム屈指の名場面だ。
あれはいい。
直前のセーブデータを作成して、何度プレイし直したことか。
って、それはどうでもいいの。
今は、アレックスのことを考えないと。
ゲームの内容を思い返す限り、アレックスは『告発』の役割を担っている。
アリーシャ・クラウゼンの悪行を暴いて、公のものとする。
それにより、アリーシャ・クラウゼンは一気に転落していくのだ。
いわば、ざまぁ展開の始まり。
そのトリガーを握るキーマン。
全てのルートにおいて、アレックスが告発をして、そして転落人生が始まるのだ。
「うーん」
アレックスに告発されないためには、どうすればいいか?
普通に考えれば、仲良くすればいいと思う。
でも……どうやって?
ゲームの中で、アリーシャ・クラウゼンとアレックスの接点は少ない。
唯一、顔を合わせる機会といえば、悪役令嬢らしい悪行を繰り返している時だ。
「えっ、どうやって仲良くなればいいの?」
ゲームの知識があるから、なんとかなるかもしれない!
……なんてことを思っていたのだけど、全て役に立つわけじゃないみたいだ。
どうしたら、アレックスと仲良くなれるのかしら?
どうしたら、告発を止めさせることができるのかしら?
「アリーシャ姉さま?」
「あ……ごめんなさい、少し考え事をしていたの」
「えっと、それで、アレックスに会いに行く約束をしてて……」
「そのことなんだけど、私も一緒していいですか?」
「え、アリーシャ姉さまも?」
「その子が気になるというか、いえ、フィーを一人にすることが心配というか、告発を止めさせないといけなくて……」
ウソ下手か、私。
「えっと……よくわかりませんが、いいですよ」
「ありがとう、フィー」
――――――――――
その後、フィーと一緒に外に出た。
この街は平和なので、夜でもない限り、女の子だけで歩いていても危険はない。
もしも危険なことがあったとしても、フィーは必ず守る。
だって、かわいいんだもの。
「アリーシャ姉さま、ここです」
「ここは……教会?」
フィーに案内されたところは、街の教会だった。
世界を作ったと言われている女神さまを信仰する場所だ。
熱心な信者も多く、毎日、たくさんの人が足を運んでいる。
「アレックスは、教会の信者なのですか? それとも、教会で働いているのかしら?」
「えっと……どちらかというと、後者です」
フィーが少し気まずそうに。
そんな妹を見て、アレックスの設定を思い返す。
確か、彼は……
「シルフィーナ!」
教会の裏の方から声が飛んできた。
振り返ると、ゲームに登場するままの、アレックス・ランベルトの姿が。
歳は私達と同じ十五。
この世界では珍しく、黒髪と黒い瞳。
日本人のような外見をしている。
綺麗な顔をしているのだけど、どことなく、獣のような力強さを感じさせる顔つきだ。
ただ、その力強い顔が彼の魅力。
そのワイルドな表情に、何度、私の心は射抜かれたか。
まあ、他のヒーローにも心を奪われているのだけど、それはそれ、これはこれ。
乙女ゲームは多数のヒーローを攻略するものだから、複数人に心を奪われてもなにも問題はないのだ。
うん、私無罪。
「よかった、無事だったんだな! おかしなことはされなかったか? いじめられたりしなかったか?」
「だ、大丈夫だよ、アレックス。私なら、見ての通り……ほら、元気だから」
「でも、シルフィーナが貴族をやれるなんて思ってなかったからさ。なにかしら失敗して、怒られたりしたんじゃないか、って心配で」
「もう、なにそれ。すごく失礼なんだけど」
フィーは頬を膨らませるものの、本当に怒っているという様子ではない。
どちらかというと、いつもと変わらないであろうアレックスの態度に安堵している感じだ。
「悪い悪い、バカにしてるつもりはなかったんだよ。気を悪くしたら謝る、すまない」
「あ、ううん。怒っているなんてことはないから」
ちょっと気遣いに欠けるところはあるものの、その心はとても素直。
公式の設定にあったように、アレックスは好感の持てる男の人みたいだ。
「それで、どうだったんだ? 貴族の家に引き取られることになったって聞いているが、大丈夫なのか?」
「あ、うん。お父さまもお母さまもよくしてくれて……それに、アリーシャ姉さまはとても優しい人で、なにも問題ないよ」
「……アリーシャ姉さま?」
そこでようやく私に気がついたらしく、アレックスの視線がこちらに向いた。
怪訝そうな顔をして……
次いで、うさんくさいものを見るような目に。
アレックスは、私から守るような感じで、フィーを背中にやる。
「あんたが、シルフィーナの言う、アリーシャ姉さまとやらか?」
「はい、そうですよ。フィーがウチに引き取られたことで、彼女は私の妹になりました」
「……フィー? なにを言っているんだ、あんたは。彼女は、シルフィーナだ」
「そんなこと、わかっていますよ。フィーは、私が決めた妹の愛称です」
「愛称……くっ!」
なぜか、アレックスが睨みつけてきた。
え? なんで?
私、怒らせることはしていないよね?
「貴族なんかが、シルフィーナのことを気安く呼ぶな!」
「えっと……?」
なぜ敵意を向けられるのか?
そのことがわからなくて、理解できなくて……
とにかくもなだめようと、彼に手を伸ばす。
パチンッ。
触るなとばかりに、手をはたかれてしまう。
「アリーシャ姉さま!? アレックス、やめて。アリーシャ姉さまは、他の貴族と違って……」
「シルフィーナは騙されているんだ! 貴族なんかが優しいわけがないだろう。あいつらみんな、俺達、平民のことをゴミとしか思っていない。そんな貴族こそがゴミだっていうのにな!」
「……あら、イヤですね。私をゴミと言うのならば、あなたはなんなのでしょうか? いきなり女の子の手を叩く、愚か者でしょうか?」
「な、なんだと!?」
「貴族とか平民とか、まるで関係ありません。あなたの今の行為は、一人の人間として、正しいと言えるのですか? 間違ったことはしていないと、胸を張って言えるのですか?」
「うっ、そ、それは……」
「言えませんよね。そこで言えるというのならば、私はあなたの心がおかしいと断言できるでしょう」
「……」
「それで……女の子に手を上げる、アレックスさま。貴族を嫌っているようですね? そうですね、確かに私は貴族です。ならば……どうしますか? 再び手をあげますか? 今、感情に任せて行動したように、手を振り上げますか?」
「ぐっ、うううぅ……!?」
「どうするのですか!?」
「……お、覚えていろよ!」
三流の悪役のような捨て台詞を口にして、アレックスは教会の中へ戻った。
その背中を見送り、私は小さく笑う。
「まったく……同い年だというのに、中身は子供のような方ですね。情けない」
口論の勝者である私は、胸を張り、笑う。
その姿は、まさに悪役令嬢。
ただまあ、生意気な男性を叩きのめしたのだから、多少は誇ってもいいだろう。
「あ、あの……」
フィーがものすごく気まずそうに声をかけてきた。
「どうしたのですか、フィー?」
「今のは、その、確かにアレックスが悪いと思いますが……ただ、少し言い過ぎたような気もして……」
「……」
フィーにそう指摘されて、そこで、はたと冷静になる。
かわいい妹の言葉は、全てをリセットする力があるのだ。
アレックスは、ゲームの攻略対象のヒーローであり、悪役令嬢の断罪者。
一連のざまぁ展開のトリガーを握るキーマン。
だから、仲良くしておかないといけないのに……
「仲良くなるどころか、ケンカをしてどうするんですか、私は!!!?」