「おめでとう、シルフィーナ」

 まず最初にお祝いの言葉を直接かけたのは、父さまだ。
 にっこりと優しい笑みを浮かべている。

 普段は、公爵として厳しく、自分にも他人にも厳しい人なのだけど……
 家にいる時はどこにでもいるような普通の人だ。
 いや。
 娘にとても甘い、親バカな父さまなのだ。

「あ、ありがとうございます……」
「今日はシルフィーナが主役なのだから、そんなに緊張しないでくれ。ほら。これは、プレゼントだよ」

 フィーは恐る恐る、両手よりも大きなプレゼントボックスを受け取る。
 目で、開けていい? と父さまに問いかける。
 父さまがゆっくり頷いたのを見て、フィーはそっとプレゼントボックスを開けた。
 中に入っていたのは……

「わぁ……綺麗なお洋服。それに、髪飾りも……」

 白のワンピースと花を模した髪飾りがセットになっていた。
 どちらもシンプルなデザインではあるが、それ故に、フィーの魅力を最大限に引き立てるだろう。
 それに素材も高級品が使われているらしく、キラキラと輝いて見えるほどだ。

「私達のプレゼントよ」

 母さまが、補足するように言う。
 さては、父さま……年頃の娘にどんなプレゼントを贈ればいいかわからず、母さまと一緒にするということで、難を乗り切ったな?
 やれやれ……と思うものの、父さまなりに、フィーに喜んでほしいと考えた結果だ。
 現に、フィーは瞳をキラキラさせて喜んでいるし、悪い選択ではない。

「次は俺の番だな。シルフィーナ、誕生日おめでとう! これは、俺からのプレゼントだ」

 アレックスが元気の良い笑顔と共に、フィーに手の平サイズのプレゼントボックスを差し出した。

 彼がなにを買ったのは、聞いていない。
 聞いても教えてくれなかった。

 しかし、乙女ゲームにもメインヒロインの誕生日イベントは用意されており、ヒーロー達からプレゼントをもらうことができる。
 そのイベント通りに世界が進むのだとしたら……

「えっと、その……ありがとう、アレックス」
「気にするなよ。俺達、友達だろう?」
「うん……開けてもいい?」
「ああ、もちろんだ」

 フィーは、父さまと母さまのプレゼントを、一度テーブルの上に置いて、それからアレックスのプレゼントボックスを受け取り開封する。

 中から出てきたのは、ブローチだ。
 高級品というわけではなくて、一般に流通している普通のもの。

 でも、その色、その形はフィーにピッタリと合っている。
 父さまと母さまがプレゼントした、服と髪飾り以上に、フィーの魅力を引き立てている。

 さすが、幼馴染。
 見る目は抜群らしく、フィーの好みを一番に捉えたプレゼントだ。

「わぁ」
「あー……どうだ?」
「うん、すごくうれしい。ありがとう、アレックス」
「そっか……うん。シルフィーナが喜んでくれて、俺もうれしいぜ」

 フィーのキラキラとした笑顔に、アレックスはやや目を逸らしつつ、そう言った。
 照れているのだろう。
 まったく、と思わないでもないが、こういう仕草がたまらない。
 乙女ゲームをプレイしていた時は、照れながらも祝福してくれるアレックスの姿に、萌え死ぬかと思ったほどだ。

 フィーも、同じくらいに感動しているのだろう。
 どこかうっとりとした様子で、アレックスを見ている。

 むう。

 メインヒロインとヒーローが結ばれる定めであることは理解しているものの、やはりおもしろくない。
 フィーの姉として、彼女の一番でありたいのだ。
 メラメラと対抗心と嫉妬心が燃え上がる。

「次は、僕の番かな?」

 次に名乗りをあげたのは、ジークだ。

「シルフィーナ。誕生日、おめでとう」
「あ、ありがとうございます。まさか、ジークさまも祝ってくれるなんて……」
「ひどいな。その言い方だと、僕が薄情者みたいじゃないか」
「あっ、いえ、その!? そ、そういうつもりはなくて……」
「冗談だよ。うん。きみはきみで、ちょっといじめたくなってしまうね」
「あぅ」

 ジークは優しそうに見えて、クールでドライで……ついでに言うと、Sだ。
 乙女ゲームの展開通りに、フィーに目をつけているようだ。

 私のかわいいフィーに色目を使うな!

 ムカッとするものの、我慢我慢。
 今はフィーの誕生日なのだから、今日だけは堪えないと。
 普段だったら、絶対に邪魔するけどね。

「僕のプレゼント、受け取ってくれるかい?」
「は、はいっ」

 先ほどと同じように、アレックスのプレゼントを一度テーブルに置いて、ジークのプレゼントボックスを受け取る。
 アレックスのものより更に小さい。

「えっと、その……」
「うん、開けてもいいよ」
「は、はい」

 小さなプレゼントボックスには、綺麗な細工が施された小瓶が入っていた。
 中に琥珀色の液体が収められている。

「これは……?」
「香水だよ。シルフィーナの歳なら、香水も当たり前かな、と思ったんだ。匂いはきつくないし、むしろさわやかなものだから、きっと気にいると思うんだ」
「あ、ありがとうございます」

 フィーは年頃の女の子だ。
 おしゃれに興味がないなんてことはなくて、香水というプレゼントに、うれしそうに笑ってみせた。

「改めて、おめでとう。きみがウチの娘になってくれたことは、とてもうれしいよ」
「ええ、そうね。これからもよろしくね。それと繰り返しになるのだけど、おめでとう、シルフィーナ」
「これで、シルフィーナも十六歳か……ちぇ、俺が一つ下になったか。でもまあ、俺達の関係が変わるわけじゃないか」
「これからも、よろしくね。きみ達姉妹は、とても興味深い。仲良くしてくれるとうれしいな」

 父さまと母さま。
 アレックス。
 そしてジークが、それぞれに祝福の言葉をかける。

 えっと……

 フィーを祝福するのはいいんだけど、まだ私の番が残っているのだけど?
 私、まだプレゼントを渡していないのだけど?
 それなのに、もうクライマックス、みたいな雰囲気を作るのはやめてほしい。
 ぷんぷん。

「……」

 ふと、フィーの様子がおかしいことに気がついた。

 さっきまで笑顔を浮かべて喜んでいたのだけど、今は真逆の表情をしていた。
 なにかを必死に我慢しているようで……
 迷子になった子供のようで……
 とても儚く、寂しく、脆く見えた。

「……どう、して……」

 フィーの頬を涙が伝う。