「ただいま戻りました」
「戻りました」

 家に帰り、二人で挨拶をする。

 普段なら、すぐにメイドが出迎えてくれるのだけど、今日はそれがない。
 サプライズパーティーのため、あえて出迎えはなしにしているのだ。

「あれ? みなさん、どうかしたんでしょうか?」
「もしかしたら、全員で買い物に出ているのかもしれませんね。ほら、屋敷が静かでしょう?」
「あ、そうですね。物音だけじゃなくて、話し声も聞こえません」
「ですが、よくよく考えてみると、全員がいないのはおかしいですね。少し探してみましょうか。書き置きなどがあるかもしれません」
「はい」

 よし。
 うまい具合に、フィーを誘導することができた。

 フィーは、人の言葉を疑うことのない、とてもピュアな心を持っているから、誘導できるという自信はあった。
 でも、ここまでうまくいくと、将来、悪い男にたぶらかされないかと不安になる。

 大丈夫よ、フィー。
 私はずっと一緒にいて、守ってあげるからね。

「フィー、誰かいましたか?」
「いいえ、誰もいません。書き置きの類も見つかりません」

 すぐに、パーティー会場である部屋に移動しては怪しまれるかもしれないと思い、まずは玄関ホール付近を見て回る。
 誰もいないことを不安に思っているらしく、フィーは少し怯えた様子だ。

 怯えているところも、なんだか小動物みたいでかわいい。
 そんなことを思ってしまう私は、とことんフィーに惚れ込んでいるらしい。

 少し申しわけなく思うものの、サプライズが順調に進んでいることを確信する。
 マイナス方面の感情を抱いた分、驚きは喜びに変わるはず。

「少し奥を見てみましょうか」

 いよいよ本番だ。
 フィーは驚いてくれるだろうか? 喜んでくれるだろうか?

 もしも、落胆させてしまったら?
 こんなものは望んでいないと、拒絶されてしまったら?

 かわいいフィーにそんなことをされたら、私は、ショックで死んでしまうかもしれない。
 でも。
 怖いからと逃げるわけにはいかない。
 心の壁を取り除くために。
 私達が本当の姉妹になるために。
 ここでがんばらないと意味がないのだ。

「あら? ドアノブが硬いですね……フィー、ちょっと開けてみてくれませんか?」
「はい、わかりました」

 ドアノブが回せないフリをして、フィーと場所を交換する。
 開かないのは、もちろん演技。
 フィーはあっさりと扉を開けて……中が真っ暗なことに気づいて、不思議そうな顔になる。

「あれ? どうして、明かりが点いていないんでしょうか? それに昼なのに、カーテンも全部閉められていて……」

 不思議そうにしつつ、フィーが部屋の中に入る。
 よし。
 内心でうまくいったと喜びつつ、私も部屋の中へ。

 そして、合図として指を鳴らす。

 パチンという音と共に、部屋の明かりが点いた。
 さらにカーテンが一斉に開かれて、陽の光が差し込む。

「ふぇ?」

 花などが飾られた会場には、たくさんの料理が並べられていた。
 その手前に、華やかに着飾った母さま。
 ピシッと決めた父さま。
 そして、アレックスとジーク。

 フィーはなにが起きているかまったく理解していない様子で、半分くらい混乱している。
 そんな彼女に向かって、みんなはクラッカーを向けて、

「「「誕生日、おめでとう!」」」

「ぴゃあ!?」

 クラッカーの音に、フィーがびくりと震える。
 気の弱い妹、かわいい。
 怖いと、私に抱きついてもいいよ?

「えっと……こ、これは?」
「ふふっ、驚きましたか?」
「お母さま、お父さま……それに、アレックスにジークさまも。えっと、えっと……あ、アリーシャ姉さま?」

 まだわからないらしい。
 助けを求めるような感じで、フィーがこちらを見る。

 そんな妹に、私は笑顔で告げる。

「誕生日おめでとう、フィー」
「たん……じょうび?」

 未だ実感がないらしく、理解できていないらしく、フィーはキョトンとしたままだ。
 うーん、ちょっと鈍いのかしら?
 まあ、フィーはメインヒロインだから、鈍いとしても理解できる。

「忘れたのですか? 今日は、フィーの誕生日なのでしょう?」
「……あっ」

 どうやら、本当に忘れていたらしい。

 自分で自分の誕生日を忘れるなんて。
 私の妹は、変わった子だ。

 ……いや。

 もしかしたら、それすらもフィーの心が関わっているのだろうか?
 誰にも必要とされていないと思いこんでいるから、誕生日も意識することはなかった。
 どうでもいいものだと、そう考えるようになってしまった。

 だとしたら……ううん。
 推測とか答え合わせとか、そういうのは後。
 今は、たくさんフィーに楽しんでもらって、そして、私の気持ちを知ってもらわないと。
 もう二度と、妹に寂しい思いなんてさせない。
 虚しさなな感じさせやしない。

 これからはずっと、幸せでいてもらうのだから。

「おめでとう、フィー」

 改めて、台詞を繰り返した。
 そこでようやく、サプライズパーティーであることに気がついたらしく、フィーがあわあわと慌て始める。

「えっ、そんな、まさか……こ、これ……私の?」

 もちろん、というようにみんなが頷いた。

「……」

 ようやく理解はしたみたいだけど、でも、実感が湧いていないらしく、フィーは目を丸くしたまま動かない。
 主役がそんな状態では、私達もどうしていいのやら。

「ほら、フィー」
「あ……アリーシャ姉さま」
「あなたは主役なのだから、あちらへ」
「は、はいっ」

 私に背中を押されて、フィーはパーティー会場の中心に……みんなの輪の中に入った。