父さまと母さまにフィーの誕生日のことを伝えると、盛大に祝わなければと、私と同じような反応をした。
 純粋に娘の誕生日を祝いたいという気持ち。
 あと、公爵令嬢として、誕生日は華やかに祝わなければ、貴族としての品格が疑われるという理由もあった。

 どちらにしても、アレックスの忠告通り、派手なパーティーはやめておいた方がいいと、父さまと母さまを説得した。
 そして、身内だけが参加するパーティーに。

 参加者は、私、父さま、母さま、アレックス、ジーク。
 公爵家としてはどうかと思うけど、一家族として見るなら特に問題はないだろう。

 そして、誕生日パーティーはサプライズで行うことにした。
 その方が驚きも喜びも大きいだろうし、なによりも、それが定番だから。
 そんな私の主張が受け入れられて、サプライズパーティーとなった。

 ただ一つ、誤算があった。
 それは、私がフィーを、パーティー会場である我が家へ連れて帰るということ。

「……」
「どうしたんですか、アリーシャ姉さま?」

 放課後。
 今日は気分転換に歩いて帰ろう、という私の主張をなんの疑いもなく受け入れたフィーは、こちらを見て不思議そうな顔をした。

「なんだか、今日は朝から様子がおかしいような気がするんですけど……」
「いえ……なんでもありませんよ」
「本当ですか? もしかして、体調が悪いんじゃあ」
「私なら元気ですよ。少し考え事をしているだけですから」
「そうですか? ならいいんですけど……もしもなにかあれば、私に言ってくださいね。なにができるかわかりませんけど、アリーシャ姉さまのため、一生懸命がんばりますから」

 妹がかわいすぎて、サプライズを黙っていることが辛い。
 今すぐに全部話してしまいそうになる。
 それくらいにかわいい。

「ところで、今日は、どうして徒歩で?」
「疲れましたか?」
「いえ、そんなことはありません。ただ、いつもは、『フィーになにかあったらどうするの』と、アリーシャ姉さまはちょっと過保護なくらいだったので……馬車を使わないのが、不思議に思いました」

 鋭い。
 私が馬車の使用を停止したことに、疑問を抱いているらしい。

 それは、フィーなら当たり前のことだ。
 学舎の成績は普通ではあるが、フィーはメインヒロインなのだ。
 時に、その聡明な頭脳を活かして事件を解決して、ヒーロー達を感心させることができる。
 そんなフィーなので、私の行動の不自然さに気づいて当然だろう。

「えっと……」
「アリーシャ姉さま?」
「……たまには、フィーと一緒に、こうして歩いてみるのも悪くないと思ったのです」
「散歩、みたいなものですか?」
「そうですね。姉妹で一緒にのんびり散歩するのも、悪くないと思いませんか?」
「はい、そうですね。私も、アリーシャ姉さまと一緒に散歩したいです」

 なんて健気なことを言ってくれるのだろう。
 思わず抱きしめて、頬をすりすりして、それからもう一度抱きしめてしまいたくなる。

 とりあえず、ごまかすことができたみたいだ。
 散歩をしたいというのは本音。
 嘘をつくさいは、ある程度の真実を紛れ込まれるといいと聞いたことがあるが、その通りみたいだ。

「ねえ、フィー」
「はい、なんですか?」
「あなたがウチに来て、少しの時間が経ったけれど、なにか困っていることはありませんか?」

 せっかくの二人きりの時間。
 姉妹仲を深めることに利用したくもあったが、やはり、フィーの問題を優先しなければ。
 そう考えた私は、まずは、軽く探りを入れてみることにした。

「困っていること、ですか」
「なにかありませんか?」
「えっと……特にないです。アリーシャ姉さまも、お父さまもお母さまも、とてもよくしてくれていますから」
「そう、ですか」

 よくしているだけではダメなのだ。
 それでは、フィーの心の隙間を埋めることはできない。

 ただ、やはりというか、そのことを素直に言ってくれることはない。
 フィーはいつも通りの顔をして、なんでもないように言う。

 確かに、私達は出会ったばかりで間もないのだけど……
 それでも、私はフィーの姉なのだ。
 辛いことがあるのなら頼ってほしい。
 寂しいことがあるのなら隣に来てほしい。

 それだけのことをしてほしいと願うものの、フィーは遠慮してしまう。
 それは、まだ彼女の心を完全に開くことができていない証拠だ。
 情けない姉だ。
 悪役令嬢とか迫りくるバッドエンドとか、そういうことばかり気にしていたから、肝心なところで大事なことに気づけない。

 自分で自分がイヤになる。

「アリーシャ姉さま?」

 フィーが心配そうな顔になる。
 いけない。
 心の色が表情に出てしまったみたいだ。
 私はすぐに気持ちを切り替えて、笑顔を浮かべる。

「はい?」
「えっと……あれ? 気の所為だったのかな」
「どうしたんですか?」
「いえ、なんでもありません。ただ……」
「ただ?」
「アリーシャ姉さまは、なにか困っていることはありませんか? その……私にできることあれば、なんでも言ってくださいね」

 妹は天使の生まれ変わりではないだろうか?
 彼女の健気な言葉に、私は、本気でそんなことを考えるのだった。

「……ねえ、フィー」
「はい?」
「手を繋ぎましょうか」

 この日のために、色々と準備をしてきた。
 フィーの心を動かすための策も考えてきた。

 でも、それらが全てうまくいくかどうか、それはわからない。
 ひょっとしたら、失敗してしまうかもしれない。

 だから……
 できる限りのことはやっておこうと、フィーに手を伸ばした。

 手を繋ぐことで、私の温もりを分けてあげたい。
 あなたはここにいる。
 一人じゃない。
 そう伝えてあげたい。

「えっと……」

 フィーは、やや戸惑った様子で、私の顔と手を交互に見た。
 照れているというよりは、怯えているという感じだ。

 この子は、誰かと親しくなることを恐れている。
 自分にそれだけの価値があるかわからないと、怯えている。
 その心を少しでも和らげてあげたくて、

「ほら、いきますよ」
「あっ」

 フィーの返事を聞かず、強引に手を繋いだ。

 驚きの声。
 でも、ややあって……

「……アリーシャ姉さまの手、温かいです」

 どこかうれしそうな感じで、そう、ぽつりとつぶやくのだった。