家に帰ると、メイドが出迎えてくれる。

「おかえりなさいませ、お嬢さま」
「ただいま戻りました。フィーは、どこにいますか?」
「申しわけありません。私は把握しておらず……ひとまず、部屋に行ってみてはいかがでしょうか?」
「そうですね、そうします」

 フィーの部屋の前に移動して、扉をノックする。

「フィー、私です。いますか?」

 返事は……ない。

 家にいないのだろうか?
 それとも、寝ているとか?

「……私は姉なので、妹の部屋に入るのは普通のことですよね」

 よくわからない言い訳を口にしつつ、扉を押してみる。
 鍵はかかっておらず、簡単に開いた。

「フィー?」

 フィーはいない。
 寝ているわけではなくて、まだ帰ってきていないみたいだ。
 フィーの寝顔を見ることができず、少し残念。

「あら?」

 机の上にとあるものを見つけた。
 日記だ。
 長い間使っているらしく、けっこうくたびれていた。

「……フィーの日記……」

 なにが書いてあるのだろう?
 私のことばかり書いている、とか。
 姉さま大好き、とか。

「……ふへ」

 おっと、いけないいけない。
 公爵令嬢にあるましき笑みをこぼしてしまった。

「とはいえ、気になりますね」

 私が引っかかっている、なにか、を知ることができるかもしれません。
 もちろん、妹とはいえ、日記を勝手に盗み見ることはいけないことなのですが……
 もしかしたら、フィーの考えていることがわかるかもしれない。
 そう思うと、迷ってしまいます。

「……ごめんなさい、フィー」

 申しわけないと思いつつも、私は日記を手に取り、静かにページを開いた。



――――――――――



 もうすぐ私の誕生日。
 そのことを考えると、とても憂鬱になる。

 誕生日は、その人が生まれたことを祝う日。
 でも、私の生まれを祝ってくれる人なんていない。
 両親も友達も誰も祝ってくれない。
 私が生まれたことを喜んでいる人なんて誰もいない。

 ……誰もいない。

 誕生日が来る度に、私は悩まされる。
 どうして、私は生まれてきたのだろう?
 両親に必要とされていない私が、誰にも必要とされていない私が……
 なんのために、今、生きているのだろう?

 生きる意味がわからない。

 幸いというか、今の生活はとても良い。
 アリーシャ姉さまはとても優しい。
 公爵夫妻も良くしてくれている。
 アレックスも仲良くしてくれているし、最近では、ジークさまとも話をするようになった。
 以前に比べて、賑やかな時間を過ごすことができている。

 でも……それがどうしたというのか?
 いくら楽しい時間を過ごしていたとしても、私は、その幸せを甘受していいような人間じゃない。

 なにもない、空っぽの存在なのだ。
 自分が生まれてきた意味がわからなくて、いつもずっと迷子になっていて……
 みんなが、アリーシャ姉さまが優しくしてくれるのに、なにかあるのではないか? と疑ってしまうような、どうしようもない存在だ。

 でも、仕方ないじゃないか。
 私は、本当になにも持っていないのだから。
 心も魂も、なにもかも空っぽなのだから。
 両親に愛されることなく生まれてきたのだから。

 なんで……私は、なにもないのだろう?



――――――――――



 日記はそこで終わっていた。

「……フィー……」

 こみ上げてくるものが押さえられなくて、私はぽろぽろと涙をこぼしてしまう。
 片手で目元を押さえるものの、それでも止まらない。

「私は……姉、失格です……」

 今の今まで、こんなにもフィーが苦しんでいることに気づくことができなかったなんて。
 こんなにも悩んでいるというのに、なにもしてあげられなかったなんて。

 自分で自分を殴りたい気分だ。
 情けなくて、悔しくて、悲しくて……
 そして、ただただ、やりきれなくて。

「ごめんなさい……ごめんなさい、フィー……」

 涙が止まらない。
 悲しみがあふれる。

 でも……そんなことをしている場合ではない。
 しっかりしろ、私!

「……よし」

 リカバリー、完了。
 後悔することは必要かもしれないけど、立ち止まることは求められていない。
 私はフィーの姉なのだから、やるべきことをやらないと。

「こんな悲しくて寂しい日記、もう二度と書かせませんからね」

 私だけじゃなくて、フィーのバッドエンドも回避してみせる。
 私は強い決意を胸に、部屋の外に出た。

 それと……
 勝手に日記を見てごめんなさいと、心の中で謝っておいた。