悪役令嬢の私ですが、メインヒロインの妹を溺愛します

「シルフィーナ、アリーシャ。おっす」

 朝。
 学舎に到着すると、アレックスと出会う。
 彼は太陽のように明るい笑顔を浮かべていて、それを私に対しても向けてくれている。

「おはよう、アレックス」
「おはようございます」

 フィーと一緒に挨拶を返しつつ、この様子なら告発イベントはまだ発生しないかな? と一安心する。

「なあ、アリーシャ」
「はい、なんですか?」
「あー……その、なんだ。またお菓子を作る予定はないのか?」
「え? どうしてですか?」
「いや、大した意味はないんだが。まあ、味見役くらいはしてやろうかな、って思ったんだよ」
「アレックス、もしかして、アリーシャ姉さまの作ったお菓子を食べたいの?」
「そ、そんなわけないだろっ。また気まぐれに作ってこられて、まずいものを食べさせられたらたまらないから、今のうちに練習をしとけ、っていう話だよ」
「まあ、失礼ですね。でも……そうですね。お菓子作りは楽しかったですし、また作ってみようかしら?」
「アリーシャ姉さま、その時は、私、お手伝いしますね!」
「はい、お願いしますね」

 すぐに手伝いを申し出てくれるフィー、マジ天使。

「じゃ、俺は毒見役だな」
「毒味という言い方、やめてください。まるで、失敗することが前提みたいではありませんか」
「なら、せいぜいがんばって、俺の期待を良い方向で裏切ってくれよ」

 アレックスがニヤリと笑う。

 最近は、こんな風に、軽口を叩いてくれるようになった。
 友達……と言えるか微妙なところではあるものの、そこそこ良好な関係を築けていると思う。
 好かれている自信はないが、嫌われていることもないだろう。

「おはよう、アリーシャ、シルフィーナ」

 アレックスと軽口を叩いていると、どこからともなくジークが現れた。
 いつも通りというか、微笑みの仮面を身に着けている。

 ただ……気の所為だろうか?
 今のジークは、素の表情を見せているような気がした。
 つまり、心の底から笑っている。

 フィーがいるからだろうか?
 メインヒロインの魅力に、早くもやられてしまったのだろうか?
 ダメ。
 フィーはまだ、私の妹。
 付き合うなんてこと、認めませんからね!

「それにしても、ジークさまと朝に会うなんて奇遇ですね」
「……ジーク?」

 なにが引っかかったのか、アレックスが眉をひそめた。

「偶然じゃないよ。僕は、二人を……正確に言うと、アリーシャを待っていたんだ」
「私ですか? どうして、また?」
「大したことじゃないんだけどね。途中まで、一緒できないかな、と思って」
「ですが、教室まで五分とかかりませんけど」
「それでもいいんだよ」
「はあ……」

 ジークはなにを考えているのだろうか?
 人間不信のせいで、ぼっち気味だったから……
 私という友達ができて、うれしいのかもしれない。

 それなら、友達として一緒にいてあげるべきだろう。
 友達は友達を放っておかないものだ、うん。

「なあ、ちょっといいか?」
「うん?」

 不機嫌そうな顔をして、アレックスが会話に割り込んできた。

「あんた、王子さまだよな? 第三王子のジーク・レストハイム」
「そうだけど……きみは誰かな? 知り合いでもないのに、いきなり名前を呼び捨てにするなんて失礼じゃないと思わない?」
「俺は、アレックス・ランベルトだ。シルフィーナの幼馴染で、アリーシャの友達だよ」
「へぇ、友達……」
「ああ、そうさ。友達だぜ」

 なぜか、二人は共に不敵な笑みを浮かべた。
 バチバチと睨み合い、火花を散らす。

 この二人、なんで争っているのだろう?
 フィーの前だから、良いところを見せたいのだろうか?
 自分の方が、男としての格は上なんだぜ、みたいな。

「奇遇だね。僕もアリーシャとは友達なんだ」
「なんだと?」
「そうだよね? アリーシャ」
「え? はい、もちろんです」
「ぐっ……俺も友達だよな!?」
「はい、そうですね」
「むっ」

 再び、二人の間で火花が散る。

 だから、さきほどからなにを争っているのだろうか?
 フィーの前だから、良いところを見せたいのだろうか?
 わかる。
 私の妹はメインヒロインというだけじゃなくて、天使のようにかわいいから。
 男としてアピールしたくなることは当たり前だろう。

 でも、いくらフィーがメインヒロインとはいえ、嫁に出すなんてダメだ。
 私の妹として、ずっと一緒に……

 って、それはそれでまずいのだろうか?
 ある意味で、メインヒロインとヒーローの恋路を邪魔していることになる。
 そうなると、バッドエンドに繋がってしまうかもしれない。

 うーん。
 私としては、ずっとずっとフィーと一緒にいたいので、その辺りがどうなるのか、機会があれば確認した方がいい。

「って、こんなことしてる場合じゃないんだよ」

 ふと、アレックスが我に返った様子でこちらを見る。
 そして、小声で言う。

「……後で、少し時間をくれないか?」
「……構いませんが、なにか話でも?」
「……けっこう大事な話なんだ。頼む」
「……わかりました。では、休み時間に中庭で」

 そんな約束をして、私はフィーと一緒に校舎内に移動した。



――――――――――



 そして、休み時間。
 約束した中庭へ行くと、すでにアレックスの姿が。

「おまたせしました」
「悪いな、呼び出したりして」
「それで、大事な話というのは?」
「それなんだけど……」

 アレックスが気まずそうな顔になる。
 そんなにも話しにくいことなのだろうか?

 もしかして……フィーと付き合っています、とか!?
 あるいは、フィーをお嫁さんにください、とか!?

 そんな!
 フィーがアレックスルートに突入したら、私は、どこで妹とイチャイチャすればいいの!?
 バッドエンドになることの心配よりも、そっちの方が重要だ。

「フィーは渡しませんよ!」
「シルフィーナ? なに言ってるんだ?」

 あれ? 違う?

「いや、まあ、シルフィーナに関係することだが……すまん! 金を貸してくれないか!?」
「お金……ですか?」

 予想外のお願いをされて、ついついぽかんとしてしまう。

 アレックスは教会の子。
 確かに、お金はないかもしれないが……
 だからといって、幼馴染の姉にお金の無心をするなんてことは似合わない。

 そうしなければならない、よほどの理由があるのだろうか?

「いくらぐらいですか?」
「なんとも言えないが、そんなに高い金額にはならないと思う」

 アレックスが提示した金額は、言葉通り、高い金額ではなかった。
 家を買えるほどの金額を勝手に動かすようなことをしたら、さすがに怒られてしまうが、それくらいならば問題はない。

 ただ、なにに使うのか?
 それをはっきりさせないことには、お金を貸すようなことはしない。
 友達だからこそ、お金のやりとりはしっかりしないといけないのだ。
 決して、悪役令嬢だから意地悪をしているのではない。

「それくらいなら、私の裁量でどうにでもなりますが、目的を教えてくれませんか?」
「あー……なんていうか、その」

 なぜかアレックスの顔が赤くなる。
 照れているみたいだけど、どうして?

「……なんだよ」
「すみません、よく聞こえませんでした」
「だから……誕生日、なんだよ」
「誕生日?」
「もうすぐ、シルフィーナの誕生日なんだ! だから、プレゼントを買ってやりたいんだよ!」
「っ!!!?!?!?!?」

 アレックスの言葉に、私は強い衝撃を受けました。
 ともすれば気絶していたのではないかと思うほどの、強烈な精神的ショック。

 そんな、まさか、こんなことが……

 私は、がしっ、とアレックスの両肩を掴みつつ、間近で問い詰めます。

「フィーの誕生日が近いのですか!?」
「お、おいっ、アリーシャは別の意味で近い!?」
「いいから答えてください! もうすぐフィーの誕生日なのですか!?」
「そうだよ、三日後だ」
「そ、そんな……」

 まさか、三日後にフィーの誕生日があるなんて。
 国の建国記念日に匹敵……いや、それ以上に重大なことを見逃していたなんて。

 ショックのあまり、全身から力が抜けて、がくりと両手と膝を地面についてしまう。

「うぅ……私は、フィーの姉失格です……」
「まさか……アリーシャは、フィーの誕生日を知らなかったのか? 姉なのに?」
「うぐっ」

 アレックスの言葉が矢のように私の心に突き刺さります。

 たぶん、彼は悪意はないのでしょうが……
 それだけに事実が強調されて、余計に辛いです。

「私は……姉、失格です。大事な妹の誕生日を知らないなんて、そんな愚かなことを……ごめんなさい、フィー。姉は、どうしようもなく愚かな存在でした……やはり、私は悪役令嬢なのですね」
「お、おい。そんなに気にするなよ、落ち込みすぎだろ」
「ですが私は、大事な妹の誕生日を知りませんでした……大事なのに、それなのに……やはり、姉失格です……」
「最近、姉妹になったばかりなんだろ? なら、知らなくても無理はないさ。俺だって、シルフィーナと知り合ってから、三年後くらいに知ったくらいだからな」
「……アレックス……」
「っていうか、アリーシャが姉失格なんてことないだろ。絶対にねえよ。悔しいが……アリーシャは、誰よりもシルフィーナのことをわかっているように見えるし、これ以上ないくらいに立派に姉をしているよ」

 もしかして、私を励ましてくれている?
 まさか、悪役令嬢の私がヒーローに助けられる日が来るなんて。

 その事実がおかしくて、少し元気が戻ってきた。
 立ち上がり、頭を下げる。

「ありがとうございます。アレックスのおかげで、落ち着くことができました」
「あ、ああ。それは……うん、よかったな」

 なぜか、アレックスの顔が赤くなる。

 ひねくれている彼のことだ。
 先ほどは、フィーにプレゼントを買うということを恥ずかしく思い、照れていたのだろう。
 でも、今度は、なぜ照れているのだろうか?
 そんな要素はないはずなのだけど……うーん?

 まあいいか。
 それよりも今は、フィーの誕生日のことを考えなければいけない。

「アリーシャが知らないっていうことは、両親も知らないのか?」
「その可能性は高いですね。父さまも母さまも、フィーを大事にしていますが、共に忙しい方。引き取ったばかりということもあり、失念しているのでしょう」
「ったく、これだから貴族は」
「安心してください。私が知った以上、このままにしておくつもりはありません。さっそく、パーティーの準備をしましょう」
「パーティー?」
「パーティーの来賓の選別に、案内状の作成。一流のシェフを集めて、料理も考えてもらわないと。それから、イベントも開催したいですね。舞台に立つ歌姫などのスケジュールは、今から押さえることは……」
「待て待て待て」

 フィーの誕生日パーティーについてあれこれと考えていると、アレックスが急にストップを出してきた。
 どうしたのだろう?

「いきなり、そんな大規模なパーティーを開こうとするな」
「なにを言っているのですか? フィーは、公爵令嬢なのですよ? これくらいのことをして当たり前なのですよ」
「そうかもしれないが……今回はやめておいた方がいい。シルフィーナも、まだ貴族っていう環境に慣れたわけじゃないだろ? それなのに大規模なパーティーなんて開催されたら、ショックでどうにかなるかもしれないぞ」
「それは……」
「大規模なパーティーは、来年、開催すればいい。今年は、身内だけのパーティーにした方が無難だ。その方が、シルフィーナも喜ぶ」
「むう」
「どうしたんだよ、むくれて」
「だって、私よりもアレックスの方がフィーについて詳しいみたいで、悔しいです。私は、フィーの姉なのに」
「なら、これから詳しくなればいいだろ。それこそ姉なんだから、色々と機会はあるはずだ」
「……アレックスは、優しいですね。ありがとうございます」

 私がにっこりと笑うと、

「や、優しくなんてねえよ。これくらい……まあ、普通だ。気にするな」

 やや早口に、アレックスはそう言うのだった。
 照れているのだろうか?

 いや、そんなことはないか。
 フィーならともかく、悪役令嬢の私に照れる理由がない。

「わかりました。フィーの負担になってしまっては意味がないので、今年は身内だけのパーティーにしましょう」
「ああ、そうした方がいい」
「私と父さまと母さまとアレックス。あと……ジークさまも、呼べば来てくださるかしら? フィーの交友関係はよくわからないから、今度、さりげなく聞き出すとして……
「……なあ」
「はい?」
「俺も参加者に入っているのか?」
「もちろんですよ」
「だが……俺は、平民だぞ? 孤児だから、ある意味で平民以下だな。そんなヤツを招いたりしたら、クラウゼン家の名前に傷がつくんじゃあ……」
「そのようなことで傷つくくらいならば、いくらでも傷つきましょう」
「っ」
「フィーの大事な幼馴染を招くことができない誕生日パーティーなんて、意味がありません。私は、どのようなことをしても、アレックスを招待しますよ」
「……ったく、かなわないな。そうだったな。アリーシャはそういうヤツだ」
「どういう方ですか?」
「秘密だ」

 いたずらっぽく笑いつつ、アレックスはそう言うのだった。
 よくわからないけれど、バカにされているとかそういう雰囲気はないので、特に追求しないでおいた。

「アレックスも、パーティーの準備を手伝ってくれませんか?」
「ああ、もちろんだ。あと、最初の金の件だが……」
「はい。もちろん、貸しますよ。あ、そうだ。今日の放課後、フィーのプレゼントを一緒に買いに行きませんか? 幼馴染であるアレックスの意見を参考にしたいので」
「わかった。なら俺は、姉であるアリーシャの意見を参考にさせてもらうよ」
「約束ですね」

 こうして私は、放課後、アレックスと一緒に買い物をする約束をしたのだった。
「……なんで、こんなことになっているんだ?」

 放課後。
 一緒に街を歩いていると、アレックスが不機嫌そうに言う。

「なんのことですか?」
「買い物に付き合う約束はしたが……でも、コイツがいるなんて聞いてないぞ?」

 アレックスが睨みつける先に、ジークの姿が。
 彼は睨みつけられているのだけど、気にすることなく、涼しい顔をしていた。

「シルフィーナは僕の友達でもあるからね。誕生日とあれば、もちろん、祝うよ」

 さも当然のように、ジークは言う。

 うんうん、わかっているね。
 かわいいフィーのプレゼントを選ぶというのだから、直接、自分の目で確認することは当たり前のことだ。
 だから、一緒に買い物へ出るのは当然のこと。

 ……なのだけど、アレックスは不満そうだ。
 ジークは王族なので、そのことに不満を抱いているのだろうか?

「では、行きましょう」

 二人の仲は悪そうだけど、心配はしていない。
 彼らヒーローは、最終的に、どのルートでも悪役令嬢を断罪するために一致団結して、かけがえのない友達になる。
 今は衝突していたとしても、やがて仲良くなるだろう。
 だから心配不要。

 それよりも今は、フィーのプレゼントを選ぶことの方が大事だ。
 かわいいかわいい妹が心から喜んでくれるような、そんなプレゼントを選ばなければ。

 歩くこと少し、商店が並ぶ通りに到着した。
 金細工からぬいぐるみまで、色々な店がある。
 放課後とはいえ、これだけたくさんの店を全て見ることはできない。
 かといって、どの店に良いプレゼントがあるかわからない。

「なあ、アリーシャ。そこのぬいぐるみ店に入ってみようぜ」
「アリーシャ。そこのアクセサリーショップに入らない?」

 アレックスとジークの意見がバラバラに。

「おいおい、あんたの目は節穴か? ぬいぐるみの方がいいだろうが」
「きみの目こそ節穴かな? 女の子は、アクセサリーの方が喜ぶよ。ぬいぐるみが悪いとは言わないけど、子供の趣味じゃないかな」
「あんだと?」
「なにか?」

 にらみ合う二人。
 このヒーロー達、本当に後々で和解するのだろうか?
 協力するのだろうか?
 今の二人を見ていると、少し不安になる。

 でもやっぱり、今はフィーのプレゼントを優先しないと!

「とりあえず、二つ共、見て回りましょう」
「まあ……」
「アリーシャがそう言うのなら」

 二人共、納得してくれたようなので、まずはぬいぐるみ店へ。

 広い店内に、猫、犬、亀、鳥……などなど、様々なぬいぐるみが陳列されていた。
 大中小のサイズに分かれていて、それぞれ値段も異なる。
 二体セットで一つという、珍しいぬいぐるみもあった。

「色々な種類がありますね。こんなお店なら、フィーが喜んでくれるようなぬいぐるみもあると思います」
「だろ?」
「くっ……」

 アレックスが得意そうな顔になり、ジークが悔しそうな顔に。
 本当にこの二人、対照的だ。

「少し見て回りましょうか」

 店内を歩いて商品を見る。
 フィーにプレゼントするとしたら、どのぬいぐるみがいいだろう?
 子供っぽいかもしれないけど、でも、時折幼い仕草を見せるなど、反則級のかわいさを見せている。
 そんなフィーなら、ぬいぐるみも喜んでくれるかもしれない。

「なあ、アリーシャ。俺達で、最高のプレゼントを探そうぜ」
「そうですね」
「ぐっ」
「でも……せっかくだから、アクセサリーショップも見ておきたいですね。せっかく、ジークさまが選んでくれたのだから」
「ぐっ」
「ふふん」

 悔しそうな顔になるアレックス。
 得意げに笑うジーク。
 そんな二人と一緒に、一度ぬいぐるみ店を後にして、それからアクセサリーショップへ。

 こちらは、ぬいぐるみ店に比べると少し狭い。
 でも、取り扱っている商品がアクセサリーなのでスペースをとらないため、特に問題はないようだ。
 ブレスレット、ネックレス、指輪、イヤリング……たくさんの商品が陳列されている。

「色々あって迷いますね……ジークさまは、どれがいいと思いますか?」
「そうだね。僕なら、このネックレスがいいんじゃないかと思うよ。シルフィーナによく似合うと思わない?」
「あぁ、なるほど。確かに。フィーによく似合いそうですね。ありがとうございます、ジークさま。とても参考になりました」
「ううん、どういたしまして。アリーシャの役に立てたのなら、よかったよ」
「ぐぐぐ」

 ジークがニヤリと笑い、それを見てアレックスが歯がゆそうな顔になる。
 さきほどと立場が逆転しているのだけど……
 それにしてもこの二人。
 さきほどから、なぜ対立しているのだろうか?

 フィーのプレゼントを選ぶのは自分だ、と張り合っているのだろうか?
 さすが、フィー。
 メインヒロインだけあって、争わせてしまうほどに、ヒーロー達の心を虜にしているのだろう。

 姉として鼻が高い。
 でもやっぱり、お嫁には出したくないから、その対策も今度考えておかないと。
 フィーは、私と一緒に、ずっと仲良くイチャイチャして過ごすのだから。

「でも……うーん、迷いますね」

 ぬいぐるみか、アクセサリーか。
 どちらもとても良いものだけに、なかなか決断ができない。

 いっそのこと、二つともプレゼントしてしまおうか?
 それくらいのお金はあるのだけど……
 いや、でもそうしたら、フィーは遠慮して困ってしまうような気がする。
 あの子、妙なところで一歩引いているというか、わがままを言ってくれないのだ。
 妹なのだから、多少のわがままは、むしろ歓迎するのだけど。

「ふむ?」

 考えてみると、おかしなことに気がついた。

 フィーはわがままを言わない。
 それどころか、自己主張をすることすらない。

 例えば、夕飯はなにが食べたい? と聞いても、自分の主張を口にしない。
 私の好きなものとか、なんでも大丈夫ですとか……決して自分の望みを答えない。
 夕飯のリクエストに限らず、他の場面でも、同じく自己主張をしていない。

 遠慮している?
 そういう性格だから?

 でも、それだけではないような気がした。
 そんな言葉で片付けてはいけないような、なにか、が隠されているような気がして、落ち着かなくなる。

「なあ、アリーシャ。もう一度、ぬいぐるみ店に行ってみないか?」
「ぬいぐるみよりも、アクサセリーの方がいいよ。ここで決めてしまおう」
「……ごめんなさい、二人共。私、急用を思い出したので、ここで帰りますね」
「「えっ」」

 フィーのことが気になって気になって仕方なくなった私は、急いで家に帰ることにした。
 家に帰ると、メイドが出迎えてくれる。

「おかえりなさいませ、お嬢さま」
「ただいま戻りました。フィーは、どこにいますか?」
「申しわけありません。私は把握しておらず……ひとまず、部屋に行ってみてはいかがでしょうか?」
「そうですね、そうします」

 フィーの部屋の前に移動して、扉をノックする。

「フィー、私です。いますか?」

 返事は……ない。

 家にいないのだろうか?
 それとも、寝ているとか?

「……私は姉なので、妹の部屋に入るのは普通のことですよね」

 よくわからない言い訳を口にしつつ、扉を押してみる。
 鍵はかかっておらず、簡単に開いた。

「フィー?」

 フィーはいない。
 寝ているわけではなくて、まだ帰ってきていないみたいだ。
 フィーの寝顔を見ることができず、少し残念。

「あら?」

 机の上にとあるものを見つけた。
 日記だ。
 長い間使っているらしく、けっこうくたびれていた。

「……フィーの日記……」

 なにが書いてあるのだろう?
 私のことばかり書いている、とか。
 姉さま大好き、とか。

「……ふへ」

 おっと、いけないいけない。
 公爵令嬢にあるましき笑みをこぼしてしまった。

「とはいえ、気になりますね」

 私が引っかかっている、なにか、を知ることができるかもしれません。
 もちろん、妹とはいえ、日記を勝手に盗み見ることはいけないことなのですが……
 もしかしたら、フィーの考えていることがわかるかもしれない。
 そう思うと、迷ってしまいます。

「……ごめんなさい、フィー」

 申しわけないと思いつつも、私は日記を手に取り、静かにページを開いた。



――――――――――



 もうすぐ私の誕生日。
 そのことを考えると、とても憂鬱になる。

 誕生日は、その人が生まれたことを祝う日。
 でも、私の生まれを祝ってくれる人なんていない。
 両親も友達も誰も祝ってくれない。
 私が生まれたことを喜んでいる人なんて誰もいない。

 ……誰もいない。

 誕生日が来る度に、私は悩まされる。
 どうして、私は生まれてきたのだろう?
 両親に必要とされていない私が、誰にも必要とされていない私が……
 なんのために、今、生きているのだろう?

 生きる意味がわからない。

 幸いというか、今の生活はとても良い。
 アリーシャ姉さまはとても優しい。
 公爵夫妻も良くしてくれている。
 アレックスも仲良くしてくれているし、最近では、ジークさまとも話をするようになった。
 以前に比べて、賑やかな時間を過ごすことができている。

 でも……それがどうしたというのか?
 いくら楽しい時間を過ごしていたとしても、私は、その幸せを甘受していいような人間じゃない。

 なにもない、空っぽの存在なのだ。
 自分が生まれてきた意味がわからなくて、いつもずっと迷子になっていて……
 みんなが、アリーシャ姉さまが優しくしてくれるのに、なにかあるのではないか? と疑ってしまうような、どうしようもない存在だ。

 でも、仕方ないじゃないか。
 私は、本当になにも持っていないのだから。
 心も魂も、なにもかも空っぽなのだから。
 両親に愛されることなく生まれてきたのだから。

 なんで……私は、なにもないのだろう?



――――――――――



 日記はそこで終わっていた。

「……フィー……」

 こみ上げてくるものが押さえられなくて、私はぽろぽろと涙をこぼしてしまう。
 片手で目元を押さえるものの、それでも止まらない。

「私は……姉、失格です……」

 今の今まで、こんなにもフィーが苦しんでいることに気づくことができなかったなんて。
 こんなにも悩んでいるというのに、なにもしてあげられなかったなんて。

 自分で自分を殴りたい気分だ。
 情けなくて、悔しくて、悲しくて……
 そして、ただただ、やりきれなくて。

「ごめんなさい……ごめんなさい、フィー……」

 涙が止まらない。
 悲しみがあふれる。

 でも……そんなことをしている場合ではない。
 しっかりしろ、私!

「……よし」

 リカバリー、完了。
 後悔することは必要かもしれないけど、立ち止まることは求められていない。
 私はフィーの姉なのだから、やるべきことをやらないと。

「こんな悲しくて寂しい日記、もう二度と書かせませんからね」

 私だけじゃなくて、フィーのバッドエンドも回避してみせる。
 私は強い決意を胸に、部屋の外に出た。

 それと……
 勝手に日記を見てごめんなさいと、心の中で謝っておいた。
 フィーの心を癒やすためには、どうすればいいか?
 望まれた存在であることを知ってもらうためには、どうすればいいか?

 やはり、鍵は誕生日だろう。
 おもいきり、心の底から祝福して……
 そうすることで、フィーに自身の在り方というものを、しっかりと捉えてほしい。

 ただ、普通の誕生日パーティーを開いても、あまり意味はないだろう。
 あの日記を見る限り、かなり重傷だ。
 誕生日パーティーを開いても、義理だから、なんて思われかねない。

 私達が本気であることを知ってもらわないといけない。
 伝えないといけない。

「やはり、サプライズでしょうか? その方が驚きも喜びも増すでしょうし……ですが、隠し通すことはなかなかに困難ですね。隠そうとして、よそよそしくして、それでフィーを傷つけてしまっては本末転倒ですし」

 私は一人、部屋でフィーの誕生日パーティーについて考えていた。
 シンプルなものから凝ったものまで、十数パターンを考える。

 しかし、なかなか「これだ!」というアイディアが思い浮かばない。
 どうすれば、フィーの心を揺さぶることができるのだろうか?

「こんな時、自分が悪役令嬢なのが悔しいですね……ヒーローならば、きっと、完璧に解決してしまうはずなのに」

 この時だけ……
 私を悪役令嬢に転生させた神さまを少しだけ恨んだ。

「プレゼントの内容にこだわるべき? でも、どのようなものにしたら……」
「お嬢さま」

 コンコンと扉がノックされて、メイドの声が聞こえてきた。

「どうぞ」
「失礼いたします。お客さまがお見えになっております」
「客?」
「アレックスさまとジークさまです」

 あ、と思った。
 そういえば、途中で二人を放り出していた。
 気になって追いかけてきた、というところだろう。

 でも、ちょうどいい。
 フィーの考えていること、全部を打ち明けるわけにはいかないけど……
 誕生日のことプレゼントのこと、二人にも意見を聞きたい。

「この部屋に通してください」
「かしこまりました」

 メイドは一礼して、部屋を後にした。
 待つこと五分ほど、アレックスとジークがやってきた。

「ったく……いきなりどこかに行ったかと思えば、家に帰っているなんて。俺達がどれだけ慌てたことか」
「ごめんなさい。どうにしても気になることがあったんです」
「その問題は解決したのか?」
「いえ……問題の内容を正確に把握することはできましたが、解決方法に頭を悩ませているところですね」
「それは、シルフィーナのことか?」

 さすが幼馴染、鋭い。

「よかったら、僕達にも事情を教えてくれないかな? なにかしら、役に立てるかもしれない」
「はい。ちょうど、思考に行き詰まりまして……力を貸していただけると幸いです」

 そして私は、詳細は伏せつつ、フィーが心の奥底で寂しさを抱えていることを打ち明けた。
 誕生日でどうにかしたいと思っているものの、なかなか思いつかないことも話した。

「シルフィーナのヤツ……そんなことに」
「なかなか難しい問題だね。心っていうものは、ここをこうしたら解決するとか、数学のように明確な答えはないからね」

 事の重大さを理解した様子で、二人の顔も暗いものに。

「私なりに色々と考えたのですが、プレゼントにこだわりたいと思うのです」
「それはどういう?」
「プレゼントは、送る人の気持ちが詰まっているじゃないですか? だから、とても良いプレゼントを選び、それをフィーに贈ることで、こちらの気持ちをわかってもらう……それが一番だと思うのです」
「なるほどね……うん、悪くないアイディアだと思うよ」
「ただ問題は、なにを贈るか、ってことだろ?」
「はい……色々と考えたのですが、なかなか思い浮かばなくて」

 私の言葉を受けて、アレックスとジークもプレゼントについて考える。
 先ほど、店を見て回った時とは違い、ずっと真剣に頭を悩ませる。
 それでも良いアイディアが出てこなくて、三人揃って、難しい顔をするだけで時間が流れてしまう。

「これがいい、というのはわからないけど、やっぱり記憶に残るようなものがいいんじゃないかな?」

 ややあって、ジークがそんなことを言い出した。

「彼女が途方もない寂しさを抱えているというのなら、それを上回るような強い希望が必要だ。そうなると、やはり、大きなインパクトを与えられるプレゼントがいいだろうね」
「それは、つまり……お金に糸目をつけない、とか?」
「そうだね。あえて高額なプレゼントを選び、こちらの本気度を伝えるというのもアリかな?」
「シルフィーナの場合、逆に萎縮するだろ」
「幼馴染のきみがそう言うのなら、そうなんだろうね。なら、金額は気にすることなく、インパクトを与えることができるものを一番の基準にするのはどうだろう?」
「そうですね……アリかもしれません」

 でも、どうすればインパクトを与えられるのか?
 高額なものでは意味がない。
 かといって、そこらにありふれているものでは新鮮さは皆無で、やはり意味がないだろう。

「アレックスは、フィーの好きなものとか知りませんか?」
「そうだな……ちと幼いところがあるからな。昼に行った、ぬいぐるみとか好きだと思う。そういうかわいいものが好きなんだ、アイツは」
「なるほど」

 特大のぬいぐるみでもプレゼントしようか?
 いや。
 インパクトはあるかもしれないが、心に響くかと言われたら、そうでもないような気がする。

 彼女の心に訴えかけなければいけないのだ。
 それにふさわしいものを選ばなければいけない。

「他に、フィーが好きなものはありませんか? なんでもいいです」
「んー……今も言ったが、かわいいものならなんでも好きだな。けっこう、少女趣味なんだ、アイツは。あとは、勉強道具とかも好きだな」
「勉強道具? 女の子らしからぬものを好むんだね」
「しっかり勉強したい、っていう真面目タイプだからな。あとは、ものじゃないが綺麗な景色とか。そうそう、花も好きだな。あとは、甘いものだな。クッキーが一番の好物だ」
「クッキー……ですか?」
「ああ。なんでも、小さい頃に作ってもらったことがあるらしい。その時の話は、俺も詳しくは知らないんだけどな」
「……それは、そうなると……」

 かわいいものが好き。
 花が好き。
 甘いものが好き。
 小さい頃に作ってもらったことがある。

「……」

 アレックスから聞いた話が、頭の中でパズルのように組み立てられていく。

 そして、一つの答えを導き出した。

「そっか、これなら……」
「なにか思いついたのかい?」
「はい。一つ、良いアイディアを思いつきました」
「僕にできることは?」
「あります。あと、アレックスにも手伝ってほしいことがあります」
「俺に? もちろん、できることがあるならなんでもやるが……無茶なことじゃないだろうな?」
「なんですか、その目は。まるで私が、日頃、無茶をしているようではありませんか」

 アレックスとジークが、しているだろう、というような顔になる。
 どうして、ジークまで?
 解せぬ。

「とにかく、お願いします。フィーのために、がんばらないといけないんです!」
 父さまと母さまにフィーの誕生日のことを伝えると、盛大に祝わなければと、私と同じような反応をした。
 純粋に娘の誕生日を祝いたいという気持ち。
 あと、公爵令嬢として、誕生日は華やかに祝わなければ、貴族としての品格が疑われるという理由もあった。

 どちらにしても、アレックスの忠告通り、派手なパーティーはやめておいた方がいいと、父さまと母さまを説得した。
 そして、身内だけが参加するパーティーに。

 参加者は、私、父さま、母さま、アレックス、ジーク。
 公爵家としてはどうかと思うけど、一家族として見るなら特に問題はないだろう。

 そして、誕生日パーティーはサプライズで行うことにした。
 その方が驚きも喜びも大きいだろうし、なによりも、それが定番だから。
 そんな私の主張が受け入れられて、サプライズパーティーとなった。

 ただ一つ、誤算があった。
 それは、私がフィーを、パーティー会場である我が家へ連れて帰るということ。

「……」
「どうしたんですか、アリーシャ姉さま?」

 放課後。
 今日は気分転換に歩いて帰ろう、という私の主張をなんの疑いもなく受け入れたフィーは、こちらを見て不思議そうな顔をした。

「なんだか、今日は朝から様子がおかしいような気がするんですけど……」
「いえ……なんでもありませんよ」
「本当ですか? もしかして、体調が悪いんじゃあ」
「私なら元気ですよ。少し考え事をしているだけですから」
「そうですか? ならいいんですけど……もしもなにかあれば、私に言ってくださいね。なにができるかわかりませんけど、アリーシャ姉さまのため、一生懸命がんばりますから」

 妹がかわいすぎて、サプライズを黙っていることが辛い。
 今すぐに全部話してしまいそうになる。
 それくらいにかわいい。

「ところで、今日は、どうして徒歩で?」
「疲れましたか?」
「いえ、そんなことはありません。ただ、いつもは、『フィーになにかあったらどうするの』と、アリーシャ姉さまはちょっと過保護なくらいだったので……馬車を使わないのが、不思議に思いました」

 鋭い。
 私が馬車の使用を停止したことに、疑問を抱いているらしい。

 それは、フィーなら当たり前のことだ。
 学舎の成績は普通ではあるが、フィーはメインヒロインなのだ。
 時に、その聡明な頭脳を活かして事件を解決して、ヒーロー達を感心させることができる。
 そんなフィーなので、私の行動の不自然さに気づいて当然だろう。

「えっと……」
「アリーシャ姉さま?」
「……たまには、フィーと一緒に、こうして歩いてみるのも悪くないと思ったのです」
「散歩、みたいなものですか?」
「そうですね。姉妹で一緒にのんびり散歩するのも、悪くないと思いませんか?」
「はい、そうですね。私も、アリーシャ姉さまと一緒に散歩したいです」

 なんて健気なことを言ってくれるのだろう。
 思わず抱きしめて、頬をすりすりして、それからもう一度抱きしめてしまいたくなる。

 とりあえず、ごまかすことができたみたいだ。
 散歩をしたいというのは本音。
 嘘をつくさいは、ある程度の真実を紛れ込まれるといいと聞いたことがあるが、その通りみたいだ。

「ねえ、フィー」
「はい、なんですか?」
「あなたがウチに来て、少しの時間が経ったけれど、なにか困っていることはありませんか?」

 せっかくの二人きりの時間。
 姉妹仲を深めることに利用したくもあったが、やはり、フィーの問題を優先しなければ。
 そう考えた私は、まずは、軽く探りを入れてみることにした。

「困っていること、ですか」
「なにかありませんか?」
「えっと……特にないです。アリーシャ姉さまも、お父さまもお母さまも、とてもよくしてくれていますから」
「そう、ですか」

 よくしているだけではダメなのだ。
 それでは、フィーの心の隙間を埋めることはできない。

 ただ、やはりというか、そのことを素直に言ってくれることはない。
 フィーはいつも通りの顔をして、なんでもないように言う。

 確かに、私達は出会ったばかりで間もないのだけど……
 それでも、私はフィーの姉なのだ。
 辛いことがあるのなら頼ってほしい。
 寂しいことがあるのなら隣に来てほしい。

 それだけのことをしてほしいと願うものの、フィーは遠慮してしまう。
 それは、まだ彼女の心を完全に開くことができていない証拠だ。
 情けない姉だ。
 悪役令嬢とか迫りくるバッドエンドとか、そういうことばかり気にしていたから、肝心なところで大事なことに気づけない。

 自分で自分がイヤになる。

「アリーシャ姉さま?」

 フィーが心配そうな顔になる。
 いけない。
 心の色が表情に出てしまったみたいだ。
 私はすぐに気持ちを切り替えて、笑顔を浮かべる。

「はい?」
「えっと……あれ? 気の所為だったのかな」
「どうしたんですか?」
「いえ、なんでもありません。ただ……」
「ただ?」
「アリーシャ姉さまは、なにか困っていることはありませんか? その……私にできることあれば、なんでも言ってくださいね」

 妹は天使の生まれ変わりではないだろうか?
 彼女の健気な言葉に、私は、本気でそんなことを考えるのだった。

「……ねえ、フィー」
「はい?」
「手を繋ぎましょうか」

 この日のために、色々と準備をしてきた。
 フィーの心を動かすための策も考えてきた。

 でも、それらが全てうまくいくかどうか、それはわからない。
 ひょっとしたら、失敗してしまうかもしれない。

 だから……
 できる限りのことはやっておこうと、フィーに手を伸ばした。

 手を繋ぐことで、私の温もりを分けてあげたい。
 あなたはここにいる。
 一人じゃない。
 そう伝えてあげたい。

「えっと……」

 フィーは、やや戸惑った様子で、私の顔と手を交互に見た。
 照れているというよりは、怯えているという感じだ。

 この子は、誰かと親しくなることを恐れている。
 自分にそれだけの価値があるかわからないと、怯えている。
 その心を少しでも和らげてあげたくて、

「ほら、いきますよ」
「あっ」

 フィーの返事を聞かず、強引に手を繋いだ。

 驚きの声。
 でも、ややあって……

「……アリーシャ姉さまの手、温かいです」

 どこかうれしそうな感じで、そう、ぽつりとつぶやくのだった。
「ただいま戻りました」
「戻りました」

 家に帰り、二人で挨拶をする。

 普段なら、すぐにメイドが出迎えてくれるのだけど、今日はそれがない。
 サプライズパーティーのため、あえて出迎えはなしにしているのだ。

「あれ? みなさん、どうかしたんでしょうか?」
「もしかしたら、全員で買い物に出ているのかもしれませんね。ほら、屋敷が静かでしょう?」
「あ、そうですね。物音だけじゃなくて、話し声も聞こえません」
「ですが、よくよく考えてみると、全員がいないのはおかしいですね。少し探してみましょうか。書き置きなどがあるかもしれません」
「はい」

 よし。
 うまい具合に、フィーを誘導することができた。

 フィーは、人の言葉を疑うことのない、とてもピュアな心を持っているから、誘導できるという自信はあった。
 でも、ここまでうまくいくと、将来、悪い男にたぶらかされないかと不安になる。

 大丈夫よ、フィー。
 私はずっと一緒にいて、守ってあげるからね。

「フィー、誰かいましたか?」
「いいえ、誰もいません。書き置きの類も見つかりません」

 すぐに、パーティー会場である部屋に移動しては怪しまれるかもしれないと思い、まずは玄関ホール付近を見て回る。
 誰もいないことを不安に思っているらしく、フィーは少し怯えた様子だ。

 怯えているところも、なんだか小動物みたいでかわいい。
 そんなことを思ってしまう私は、とことんフィーに惚れ込んでいるらしい。

 少し申しわけなく思うものの、サプライズが順調に進んでいることを確信する。
 マイナス方面の感情を抱いた分、驚きは喜びに変わるはず。

「少し奥を見てみましょうか」

 いよいよ本番だ。
 フィーは驚いてくれるだろうか? 喜んでくれるだろうか?

 もしも、落胆させてしまったら?
 こんなものは望んでいないと、拒絶されてしまったら?

 かわいいフィーにそんなことをされたら、私は、ショックで死んでしまうかもしれない。
 でも。
 怖いからと逃げるわけにはいかない。
 心の壁を取り除くために。
 私達が本当の姉妹になるために。
 ここでがんばらないと意味がないのだ。

「あら? ドアノブが硬いですね……フィー、ちょっと開けてみてくれませんか?」
「はい、わかりました」

 ドアノブが回せないフリをして、フィーと場所を交換する。
 開かないのは、もちろん演技。
 フィーはあっさりと扉を開けて……中が真っ暗なことに気づいて、不思議そうな顔になる。

「あれ? どうして、明かりが点いていないんでしょうか? それに昼なのに、カーテンも全部閉められていて……」

 不思議そうにしつつ、フィーが部屋の中に入る。
 よし。
 内心でうまくいったと喜びつつ、私も部屋の中へ。

 そして、合図として指を鳴らす。

 パチンという音と共に、部屋の明かりが点いた。
 さらにカーテンが一斉に開かれて、陽の光が差し込む。

「ふぇ?」

 花などが飾られた会場には、たくさんの料理が並べられていた。
 その手前に、華やかに着飾った母さま。
 ピシッと決めた父さま。
 そして、アレックスとジーク。

 フィーはなにが起きているかまったく理解していない様子で、半分くらい混乱している。
 そんな彼女に向かって、みんなはクラッカーを向けて、

「「「誕生日、おめでとう!」」」

「ぴゃあ!?」

 クラッカーの音に、フィーがびくりと震える。
 気の弱い妹、かわいい。
 怖いと、私に抱きついてもいいよ?

「えっと……こ、これは?」
「ふふっ、驚きましたか?」
「お母さま、お父さま……それに、アレックスにジークさまも。えっと、えっと……あ、アリーシャ姉さま?」

 まだわからないらしい。
 助けを求めるような感じで、フィーがこちらを見る。

 そんな妹に、私は笑顔で告げる。

「誕生日おめでとう、フィー」
「たん……じょうび?」

 未だ実感がないらしく、理解できていないらしく、フィーはキョトンとしたままだ。
 うーん、ちょっと鈍いのかしら?
 まあ、フィーはメインヒロインだから、鈍いとしても理解できる。

「忘れたのですか? 今日は、フィーの誕生日なのでしょう?」
「……あっ」

 どうやら、本当に忘れていたらしい。

 自分で自分の誕生日を忘れるなんて。
 私の妹は、変わった子だ。

 ……いや。

 もしかしたら、それすらもフィーの心が関わっているのだろうか?
 誰にも必要とされていないと思いこんでいるから、誕生日も意識することはなかった。
 どうでもいいものだと、そう考えるようになってしまった。

 だとしたら……ううん。
 推測とか答え合わせとか、そういうのは後。
 今は、たくさんフィーに楽しんでもらって、そして、私の気持ちを知ってもらわないと。
 もう二度と、妹に寂しい思いなんてさせない。
 虚しさなな感じさせやしない。

 これからはずっと、幸せでいてもらうのだから。

「おめでとう、フィー」

 改めて、台詞を繰り返した。
 そこでようやく、サプライズパーティーであることに気がついたらしく、フィーがあわあわと慌て始める。

「えっ、そんな、まさか……こ、これ……私の?」

 もちろん、というようにみんなが頷いた。

「……」

 ようやく理解はしたみたいだけど、でも、実感が湧いていないらしく、フィーは目を丸くしたまま動かない。
 主役がそんな状態では、私達もどうしていいのやら。

「ほら、フィー」
「あ……アリーシャ姉さま」
「あなたは主役なのだから、あちらへ」
「は、はいっ」

 私に背中を押されて、フィーはパーティー会場の中心に……みんなの輪の中に入った。
「おめでとう、シルフィーナ」

 まず最初にお祝いの言葉を直接かけたのは、父さまだ。
 にっこりと優しい笑みを浮かべている。

 普段は、公爵として厳しく、自分にも他人にも厳しい人なのだけど……
 家にいる時はどこにでもいるような普通の人だ。
 いや。
 娘にとても甘い、親バカな父さまなのだ。

「あ、ありがとうございます……」
「今日はシルフィーナが主役なのだから、そんなに緊張しないでくれ。ほら。これは、プレゼントだよ」

 フィーは恐る恐る、両手よりも大きなプレゼントボックスを受け取る。
 目で、開けていい? と父さまに問いかける。
 父さまがゆっくり頷いたのを見て、フィーはそっとプレゼントボックスを開けた。
 中に入っていたのは……

「わぁ……綺麗なお洋服。それに、髪飾りも……」

 白のワンピースと花を模した髪飾りがセットになっていた。
 どちらもシンプルなデザインではあるが、それ故に、フィーの魅力を最大限に引き立てるだろう。
 それに素材も高級品が使われているらしく、キラキラと輝いて見えるほどだ。

「私達のプレゼントよ」

 母さまが、補足するように言う。
 さては、父さま……年頃の娘にどんなプレゼントを贈ればいいかわからず、母さまと一緒にするということで、難を乗り切ったな?
 やれやれ……と思うものの、父さまなりに、フィーに喜んでほしいと考えた結果だ。
 現に、フィーは瞳をキラキラさせて喜んでいるし、悪い選択ではない。

「次は俺の番だな。シルフィーナ、誕生日おめでとう! これは、俺からのプレゼントだ」

 アレックスが元気の良い笑顔と共に、フィーに手の平サイズのプレゼントボックスを差し出した。

 彼がなにを買ったのは、聞いていない。
 聞いても教えてくれなかった。

 しかし、乙女ゲームにもメインヒロインの誕生日イベントは用意されており、ヒーロー達からプレゼントをもらうことができる。
 そのイベント通りに世界が進むのだとしたら……

「えっと、その……ありがとう、アレックス」
「気にするなよ。俺達、友達だろう?」
「うん……開けてもいい?」
「ああ、もちろんだ」

 フィーは、父さまと母さまのプレゼントを、一度テーブルの上に置いて、それからアレックスのプレゼントボックスを受け取り開封する。

 中から出てきたのは、ブローチだ。
 高級品というわけではなくて、一般に流通している普通のもの。

 でも、その色、その形はフィーにピッタリと合っている。
 父さまと母さまがプレゼントした、服と髪飾り以上に、フィーの魅力を引き立てている。

 さすが、幼馴染。
 見る目は抜群らしく、フィーの好みを一番に捉えたプレゼントだ。

「わぁ」
「あー……どうだ?」
「うん、すごくうれしい。ありがとう、アレックス」
「そっか……うん。シルフィーナが喜んでくれて、俺もうれしいぜ」

 フィーのキラキラとした笑顔に、アレックスはやや目を逸らしつつ、そう言った。
 照れているのだろう。
 まったく、と思わないでもないが、こういう仕草がたまらない。
 乙女ゲームをプレイしていた時は、照れながらも祝福してくれるアレックスの姿に、萌え死ぬかと思ったほどだ。

 フィーも、同じくらいに感動しているのだろう。
 どこかうっとりとした様子で、アレックスを見ている。

 むう。

 メインヒロインとヒーローが結ばれる定めであることは理解しているものの、やはりおもしろくない。
 フィーの姉として、彼女の一番でありたいのだ。
 メラメラと対抗心と嫉妬心が燃え上がる。

「次は、僕の番かな?」

 次に名乗りをあげたのは、ジークだ。

「シルフィーナ。誕生日、おめでとう」
「あ、ありがとうございます。まさか、ジークさまも祝ってくれるなんて……」
「ひどいな。その言い方だと、僕が薄情者みたいじゃないか」
「あっ、いえ、その!? そ、そういうつもりはなくて……」
「冗談だよ。うん。きみはきみで、ちょっといじめたくなってしまうね」
「あぅ」

 ジークは優しそうに見えて、クールでドライで……ついでに言うと、Sだ。
 乙女ゲームの展開通りに、フィーに目をつけているようだ。

 私のかわいいフィーに色目を使うな!

 ムカッとするものの、我慢我慢。
 今はフィーの誕生日なのだから、今日だけは堪えないと。
 普段だったら、絶対に邪魔するけどね。

「僕のプレゼント、受け取ってくれるかい?」
「は、はいっ」

 先ほどと同じように、アレックスのプレゼントを一度テーブルに置いて、ジークのプレゼントボックスを受け取る。
 アレックスのものより更に小さい。

「えっと、その……」
「うん、開けてもいいよ」
「は、はい」

 小さなプレゼントボックスには、綺麗な細工が施された小瓶が入っていた。
 中に琥珀色の液体が収められている。

「これは……?」
「香水だよ。シルフィーナの歳なら、香水も当たり前かな、と思ったんだ。匂いはきつくないし、むしろさわやかなものだから、きっと気にいると思うんだ」
「あ、ありがとうございます」

 フィーは年頃の女の子だ。
 おしゃれに興味がないなんてことはなくて、香水というプレゼントに、うれしそうに笑ってみせた。

「改めて、おめでとう。きみがウチの娘になってくれたことは、とてもうれしいよ」
「ええ、そうね。これからもよろしくね。それと繰り返しになるのだけど、おめでとう、シルフィーナ」
「これで、シルフィーナも十六歳か……ちぇ、俺が一つ下になったか。でもまあ、俺達の関係が変わるわけじゃないか」
「これからも、よろしくね。きみ達姉妹は、とても興味深い。仲良くしてくれるとうれしいな」

 父さまと母さま。
 アレックス。
 そしてジークが、それぞれに祝福の言葉をかける。

 えっと……

 フィーを祝福するのはいいんだけど、まだ私の番が残っているのだけど?
 私、まだプレゼントを渡していないのだけど?
 それなのに、もうクライマックス、みたいな雰囲気を作るのはやめてほしい。
 ぷんぷん。

「……」

 ふと、フィーの様子がおかしいことに気がついた。

 さっきまで笑顔を浮かべて喜んでいたのだけど、今は真逆の表情をしていた。
 なにかを必死に我慢しているようで……
 迷子になった子供のようで……
 とても儚く、寂しく、脆く見えた。

「……どう、して……」

 フィーの頬を涙が伝う。
「うっ……ぐす……」

 突然、フィーが泣き始めた。
 サプライズパーティーがうれしくて……という様子ではない。

 悲しそうな、寂しそうな……
 そして、混乱している様子で、涙をこぼしていた。

「お、おい。シルフィーナ? どうしたんだよ、いったい」
「僕達は、なにか失礼をしたかな? それとも、体が痛いとかそういう問題が?」

 アレックスとジークが慌てている。
 父さまと母さまも慌てている。
 給仕のメイド達も、心配そうな顔をしている。

 みんな慌てていた。
 でも、一番慌てているのは……

「フィー!? どうしたのですか、大丈夫ですか? どこか痛いのですか? それとも、苦しいとか? 病気? 怪我? 治癒師を呼んできましょうか!?」

 私だった。
 すぐにフィーのところへ駆け寄り、小さな体のあちらこちらを確認する。
 両親やヒーロー達とは比べ物にならないくらいの慌てっぷりだ。

 でも、仕方ない。
 なにしろ、世界で一番かわいい妹が泣いているのだ。
 慌てない方がおかしい。
 むしろ、慌てて当たり前。
 よって、私は正しい。うん。

「ち、ちが……違う、んです……痛いとか苦しいとか、そ、そういうことじゃなくて……」

 フィーは泣きじゃくりながら、必死に言葉を紡ぐ。
 ひとまず、怪我や病気ではなさそうなので、ほっと安心した。

「どう……して?」
「どうして、というのは……どういう意味ですか?」
「どう、して……優しいの?」

 フィーは涙をいっぱいに溜めながら、混乱した様子で尋ねてきた。

 その姿は、どこか怯えているように見えた。
 未知の生物を前にして、どう接していいかわからないというような、そんな感じ。

 どんな言葉をかければいいのか?
 どんな行動をとればいいのか?

 なにもわからなくて、どうすればいいか知らなくて。
 ただただ、うろたえることしかできない。
 今のフィーは、迷子になって、母親を必死に探す子供のようだ。

「わ、私は……必要となんて、されていないのに、それなのに……うぐ……ど、どうして……こんなに、優しく……」
「っ」

 フィーの涙ながらの台詞に、私は思わず胸の辺りに手をやる。
 きゅう、っと心が痛む。

 この子は、どれだけの孤独を抱えてきたのだろう?
 自分はいらない子だと思いこんで、居場所がないと思いこんで……
 とんでもなく不安だったのだろう。
 寂しかったのだろう。

 だからもう、なにも信じることができない。
 単純な善意も、なにか裏があるのでは? と疑ってしまう。
 だって……自分が必要とされるなんて、求められるなんて、思ってもいないのだから。
 そんなことはありえないと、心の底から思いこんでしまっているのだから。

 いったい、どのような環境で育てば、ここまで心が歪んでしまうのか?
 フィーの実の両親に激しい怒りを覚えるものの、今は、彼らを糾弾する場ではない。
 大事な妹の心を救わないといけない。

「……ねえ、フィー」

 誰もが言葉を発することができない中、私は、そっと優しく語りかけた。
 フィーは、ビクリと震えつつ、小さな声で応える。

「は、はい」
「どうして、って言いましたよね? 私達がフィーに優しくするのに、なんで、って問いかけましたよね? そう思うのは、どうしてなんですか?」
「だ、だって……私は、い、いらない子で……望まれていない子で……この世界に生きている価値なんて、なにもなくて、いてもいなくても変わらなくて……だから、だから……」
「ばかっ!」

 どうしようもなく悲しい台詞を耳にして、私の中でなにかが弾けた。

 悲しくて悲しくて悲しくて……
 次いで、理不尽な運命に怒りが湧いてきた。
 乙女ゲームの世界だろうがなんだろうが、大事な妹にこんなに悲しい思いをさせるなんて。
 なんてひどい運命なのだろう。

 でも、そんなものに従うつもりはない。
 皆無だ。
 絶対に打ち破り、フィーの心の枷を取り払う。

 そんな決意と運命に対する怒りをこめて、ばか、と言い放つ私。

「どうして、そんなに悲しいことを言うのですか? どうして、そんなに寂しいことを言うのですか? もっと周りを見てください。フィーには、たくさんの人がいるでしょう?」
「で、でも私は……」
「自分に自信が持てないことは、仕方ないと思います。ですが、それを理由に、フィーを見てくれている人の善意や好意まで避けないでください。それでは、どちらも傷つくだけで、幸せになれません」
「アリーシャ……姉さま……」
「なんで? と問いかけましたね。私は、こう答えましょう。家族ですから、フィーを見ることは当たり前なのです。あなたは、私のかわいい妹。世界で一番大事な妹なのですから」
「あ……」
「でも、それだけではありません。なによりもまず最初に思うことは、家族とかそういう関係性の話ではなくて、もっともっと単純なことなのです。たった一つの、シンプルな答えなのです」
「そ、それは……?」

 恐る恐る問いかけてくるフィー。
 そんな妹を、優しく抱きしめる。

「フィーが好きだから、ですよ」
「……あっ……」

 私の想いを伝えるように、フィーを抱きしめる手に力を込める。
 でも、妹は逃げようとしない。
 むしろ、私の想いを必死で受け止めようとして、そのままじっとしていた。

「あなたが好きだから。大事に想っているから。ただ、それだけのことなんです。そんな、単純な感情の結果なんです」
「で、でも私は、望まれていない子で……」
「誰がそんなことを決めたんですか? 私は、フィーを望んでいますよ。あなたは、私のかわいい妹。フィーがいない生活なんて、もう考えられません。ずっとずっと、傍に射てくれないと困ります。これ以上ないくらいに、シルフィーナ・クラウゼンという女の子を望んでいます」
「あ……う……」

 再び、フィーの目に涙が溜まる。
 それを指先でそっと拭いつつ、私のプレゼントを差し出す。

「ハッピーバースデー、フィー。これは、私からのプレゼントですよ」
「こ、これは……」

 プレゼントの中身は……クッキーだ。
 アレックスとジークに手伝ってもらい、なんとか完成にこぎつけた。

「私が……前に、アリーシャ姉さまと一緒に作った……」
「はい、そうですね。それと……フィーの思い出のクッキーなんですよね? 家族と一緒に作ったという」
「それ、は……」
「悲しい寂しい思い出は、このクッキーで上書きします。これからは、クッキーを見ても微妙な思い出を掘り返す必要はありません。私のことを……新しい家族のことを思い返してください」
「うぅ……」

 フィーは、びくびくとしつつも、クッキーを受け取る。
 そのままじっと見つめて……
 しかし、食べる勇気がない様子で、手が止まる。

「シルフィーナ!」

 アレックスの大きな声が響いた。

「俺も、お前が必要だからな! 俺はお前の幼馴染で、友達で……俺だって、ずっと一緒にいたいと思っているんだ。だから、そんな寂しいこと言わないでくれよ!」
「……アレックス……」
「僕も、きみがいないと困るかな。アリーシャと違って、きみはきみで、とても興味深いと思うし……やや照れるけど、友達だと思っているよ。望まれていないとか、そんなことはない。たくさんの人に望まれていると思う」
「……ジークさま……」

 二人の台詞に、フィーの目に再び涙が溜まる。

「シルフィーナ」

 父さまの穏やかな声が響いた。

「きみは、大事な娘だ。時間は関係ない」
「ええ、旦那さまの通りです。私達は、望んであなたを迎え入れたのですよ」
「……お父さま……お母さま……」

 父さま母さまだけではなくて、給仕のメイドからも声が飛んできた。
 とても大事な主、尽くしたいと思う相手……などなど。

 ここにいる皆が、フィーのことを肯定していた。
 彼女の存在を望んでいた。

 そんな皆の声に、心に気づかないような妹じゃない。
 フィーは、なんだかんだで、とてもしっかりとしていて……そして、優しい子なのだ。

「フィー」
「……アリーシャ姉さま……」
「あなたは、望まれていない子などではありません。ここにいる皆は、あなたを望んでいる。そして私も……誰よりも、かわいい妹に傍にいてほしいと願っています」
「うっ、うぅ……」
「だから、これからも一緒にいてくれますか? 私の妹で、い続けてくれますか?」
「は……はいっ……はい、はい、はい……ずっと、アリーシャ姉さまの妹です!」
「よかった」

 私はにっこりと笑い、フォーの頬をそっと撫でる。

 それから、クッキーが入った袋を、改めてフィーのところへ。

「今回は、けっこう自信があるんです。食べてみてくれませんか?」
「は、はい」

 フィーは、袋を開いてクッキーを手に取る。
 少しの間、じっと見つめて……

「あむっ」

 小さな口をいっぱいに開いて、ぱくりと食べた。

「……おいしい……」
「本当に? よかった。アレックスやジークが慌てているから、もしかしたら失敗したのではないかと、少し不安だったの」
「そりゃあ、あんな調理過程を見せられたらな……」
「慌てるのも仕方がないよね……」

 二人はどこか遠い目をしていた。
 失礼な。

「本当に……うく……おいしい、です」

 フィーが再び涙を流す。
 でも、それは悲しさや寂しさから来るものではなくて、

「ありがとう、ございます……アリーシャ姉さま。私、うれしいです……!」

 喜びからくるもので、フィーは泣きながらも、とびっきりの笑顔を見せていた。