「お金……ですか?」

 予想外のお願いをされて、ついついぽかんとしてしまう。

 アレックスは教会の子。
 確かに、お金はないかもしれないが……
 だからといって、幼馴染の姉にお金の無心をするなんてことは似合わない。

 そうしなければならない、よほどの理由があるのだろうか?

「いくらぐらいですか?」
「なんとも言えないが、そんなに高い金額にはならないと思う」

 アレックスが提示した金額は、言葉通り、高い金額ではなかった。
 家を買えるほどの金額を勝手に動かすようなことをしたら、さすがに怒られてしまうが、それくらいならば問題はない。

 ただ、なにに使うのか?
 それをはっきりさせないことには、お金を貸すようなことはしない。
 友達だからこそ、お金のやりとりはしっかりしないといけないのだ。
 決して、悪役令嬢だから意地悪をしているのではない。

「それくらいなら、私の裁量でどうにでもなりますが、目的を教えてくれませんか?」
「あー……なんていうか、その」

 なぜかアレックスの顔が赤くなる。
 照れているみたいだけど、どうして?

「……なんだよ」
「すみません、よく聞こえませんでした」
「だから……誕生日、なんだよ」
「誕生日?」
「もうすぐ、シルフィーナの誕生日なんだ! だから、プレゼントを買ってやりたいんだよ!」
「っ!!!?!?!?!?」

 アレックスの言葉に、私は強い衝撃を受けました。
 ともすれば気絶していたのではないかと思うほどの、強烈な精神的ショック。

 そんな、まさか、こんなことが……

 私は、がしっ、とアレックスの両肩を掴みつつ、間近で問い詰めます。

「フィーの誕生日が近いのですか!?」
「お、おいっ、アリーシャは別の意味で近い!?」
「いいから答えてください! もうすぐフィーの誕生日なのですか!?」
「そうだよ、三日後だ」
「そ、そんな……」

 まさか、三日後にフィーの誕生日があるなんて。
 国の建国記念日に匹敵……いや、それ以上に重大なことを見逃していたなんて。

 ショックのあまり、全身から力が抜けて、がくりと両手と膝を地面についてしまう。

「うぅ……私は、フィーの姉失格です……」
「まさか……アリーシャは、フィーの誕生日を知らなかったのか? 姉なのに?」
「うぐっ」

 アレックスの言葉が矢のように私の心に突き刺さります。

 たぶん、彼は悪意はないのでしょうが……
 それだけに事実が強調されて、余計に辛いです。

「私は……姉、失格です。大事な妹の誕生日を知らないなんて、そんな愚かなことを……ごめんなさい、フィー。姉は、どうしようもなく愚かな存在でした……やはり、私は悪役令嬢なのですね」
「お、おい。そんなに気にするなよ、落ち込みすぎだろ」
「ですが私は、大事な妹の誕生日を知りませんでした……大事なのに、それなのに……やはり、姉失格です……」
「最近、姉妹になったばかりなんだろ? なら、知らなくても無理はないさ。俺だって、シルフィーナと知り合ってから、三年後くらいに知ったくらいだからな」
「……アレックス……」
「っていうか、アリーシャが姉失格なんてことないだろ。絶対にねえよ。悔しいが……アリーシャは、誰よりもシルフィーナのことをわかっているように見えるし、これ以上ないくらいに立派に姉をしているよ」

 もしかして、私を励ましてくれている?
 まさか、悪役令嬢の私がヒーローに助けられる日が来るなんて。

 その事実がおかしくて、少し元気が戻ってきた。
 立ち上がり、頭を下げる。

「ありがとうございます。アレックスのおかげで、落ち着くことができました」
「あ、ああ。それは……うん、よかったな」

 なぜか、アレックスの顔が赤くなる。

 ひねくれている彼のことだ。
 先ほどは、フィーにプレゼントを買うということを恥ずかしく思い、照れていたのだろう。
 でも、今度は、なぜ照れているのだろうか?
 そんな要素はないはずなのだけど……うーん?

 まあいいか。
 それよりも今は、フィーの誕生日のことを考えなければいけない。

「アリーシャが知らないっていうことは、両親も知らないのか?」
「その可能性は高いですね。父さまも母さまも、フィーを大事にしていますが、共に忙しい方。引き取ったばかりということもあり、失念しているのでしょう」
「ったく、これだから貴族は」
「安心してください。私が知った以上、このままにしておくつもりはありません。さっそく、パーティーの準備をしましょう」
「パーティー?」
「パーティーの来賓の選別に、案内状の作成。一流のシェフを集めて、料理も考えてもらわないと。それから、イベントも開催したいですね。舞台に立つ歌姫などのスケジュールは、今から押さえることは……」
「待て待て待て」

 フィーの誕生日パーティーについてあれこれと考えていると、アレックスが急にストップを出してきた。
 どうしたのだろう?

「いきなり、そんな大規模なパーティーを開こうとするな」
「なにを言っているのですか? フィーは、公爵令嬢なのですよ? これくらいのことをして当たり前なのですよ」
「そうかもしれないが……今回はやめておいた方がいい。シルフィーナも、まだ貴族っていう環境に慣れたわけじゃないだろ? それなのに大規模なパーティーなんて開催されたら、ショックでどうにかなるかもしれないぞ」
「それは……」
「大規模なパーティーは、来年、開催すればいい。今年は、身内だけのパーティーにした方が無難だ。その方が、シルフィーナも喜ぶ」
「むう」
「どうしたんだよ、むくれて」
「だって、私よりもアレックスの方がフィーについて詳しいみたいで、悔しいです。私は、フィーの姉なのに」
「なら、これから詳しくなればいいだろ。それこそ姉なんだから、色々と機会はあるはずだ」
「……アレックスは、優しいですね。ありがとうございます」

 私がにっこりと笑うと、

「や、優しくなんてねえよ。これくらい……まあ、普通だ。気にするな」

 やや早口に、アレックスはそう言うのだった。
 照れているのだろうか?

 いや、そんなことはないか。
 フィーならともかく、悪役令嬢の私に照れる理由がない。

「わかりました。フィーの負担になってしまっては意味がないので、今年は身内だけのパーティーにしましょう」
「ああ、そうした方がいい」
「私と父さまと母さまとアレックス。あと……ジークさまも、呼べば来てくださるかしら? フィーの交友関係はよくわからないから、今度、さりげなく聞き出すとして……
「……なあ」
「はい?」
「俺も参加者に入っているのか?」
「もちろんですよ」
「だが……俺は、平民だぞ? 孤児だから、ある意味で平民以下だな。そんなヤツを招いたりしたら、クラウゼン家の名前に傷がつくんじゃあ……」
「そのようなことで傷つくくらいならば、いくらでも傷つきましょう」
「っ」
「フィーの大事な幼馴染を招くことができない誕生日パーティーなんて、意味がありません。私は、どのようなことをしても、アレックスを招待しますよ」
「……ったく、かなわないな。そうだったな。アリーシャはそういうヤツだ」
「どういう方ですか?」
「秘密だ」

 いたずらっぽく笑いつつ、アレックスはそう言うのだった。
 よくわからないけれど、バカにされているとかそういう雰囲気はないので、特に追求しないでおいた。

「アレックスも、パーティーの準備を手伝ってくれませんか?」
「ああ、もちろんだ。あと、最初の金の件だが……」
「はい。もちろん、貸しますよ。あ、そうだ。今日の放課後、フィーのプレゼントを一緒に買いに行きませんか? 幼馴染であるアレックスの意見を参考にしたいので」
「わかった。なら俺は、姉であるアリーシャの意見を参考にさせてもらうよ」
「約束ですね」

 こうして私は、放課後、アレックスと一緒に買い物をする約束をしたのだった。