「シルフィーナ、アリーシャ。おっす」

 朝。
 学舎に到着すると、アレックスと出会う。
 彼は太陽のように明るい笑顔を浮かべていて、それを私に対しても向けてくれている。

「おはよう、アレックス」
「おはようございます」

 フィーと一緒に挨拶を返しつつ、この様子なら告発イベントはまだ発生しないかな? と一安心する。

「なあ、アリーシャ」
「はい、なんですか?」
「あー……その、なんだ。またお菓子を作る予定はないのか?」
「え? どうしてですか?」
「いや、大した意味はないんだが。まあ、味見役くらいはしてやろうかな、って思ったんだよ」
「アレックス、もしかして、アリーシャ姉さまの作ったお菓子を食べたいの?」
「そ、そんなわけないだろっ。また気まぐれに作ってこられて、まずいものを食べさせられたらたまらないから、今のうちに練習をしとけ、っていう話だよ」
「まあ、失礼ですね。でも……そうですね。お菓子作りは楽しかったですし、また作ってみようかしら?」
「アリーシャ姉さま、その時は、私、お手伝いしますね!」
「はい、お願いしますね」

 すぐに手伝いを申し出てくれるフィー、マジ天使。

「じゃ、俺は毒見役だな」
「毒味という言い方、やめてください。まるで、失敗することが前提みたいではありませんか」
「なら、せいぜいがんばって、俺の期待を良い方向で裏切ってくれよ」

 アレックスがニヤリと笑う。

 最近は、こんな風に、軽口を叩いてくれるようになった。
 友達……と言えるか微妙なところではあるものの、そこそこ良好な関係を築けていると思う。
 好かれている自信はないが、嫌われていることもないだろう。

「おはよう、アリーシャ、シルフィーナ」

 アレックスと軽口を叩いていると、どこからともなくジークが現れた。
 いつも通りというか、微笑みの仮面を身に着けている。

 ただ……気の所為だろうか?
 今のジークは、素の表情を見せているような気がした。
 つまり、心の底から笑っている。

 フィーがいるからだろうか?
 メインヒロインの魅力に、早くもやられてしまったのだろうか?
 ダメ。
 フィーはまだ、私の妹。
 付き合うなんてこと、認めませんからね!

「それにしても、ジークさまと朝に会うなんて奇遇ですね」
「……ジーク?」

 なにが引っかかったのか、アレックスが眉をひそめた。

「偶然じゃないよ。僕は、二人を……正確に言うと、アリーシャを待っていたんだ」
「私ですか? どうして、また?」
「大したことじゃないんだけどね。途中まで、一緒できないかな、と思って」
「ですが、教室まで五分とかかりませんけど」
「それでもいいんだよ」
「はあ……」

 ジークはなにを考えているのだろうか?
 人間不信のせいで、ぼっち気味だったから……
 私という友達ができて、うれしいのかもしれない。

 それなら、友達として一緒にいてあげるべきだろう。
 友達は友達を放っておかないものだ、うん。

「なあ、ちょっといいか?」
「うん?」

 不機嫌そうな顔をして、アレックスが会話に割り込んできた。

「あんた、王子さまだよな? 第三王子のジーク・レストハイム」
「そうだけど……きみは誰かな? 知り合いでもないのに、いきなり名前を呼び捨てにするなんて失礼じゃないと思わない?」
「俺は、アレックス・ランベルトだ。シルフィーナの幼馴染で、アリーシャの友達だよ」
「へぇ、友達……」
「ああ、そうさ。友達だぜ」

 なぜか、二人は共に不敵な笑みを浮かべた。
 バチバチと睨み合い、火花を散らす。

 この二人、なんで争っているのだろう?
 フィーの前だから、良いところを見せたいのだろうか?
 自分の方が、男としての格は上なんだぜ、みたいな。

「奇遇だね。僕もアリーシャとは友達なんだ」
「なんだと?」
「そうだよね? アリーシャ」
「え? はい、もちろんです」
「ぐっ……俺も友達だよな!?」
「はい、そうですね」
「むっ」

 再び、二人の間で火花が散る。

 だから、さきほどからなにを争っているのだろうか?
 フィーの前だから、良いところを見せたいのだろうか?
 わかる。
 私の妹はメインヒロインというだけじゃなくて、天使のようにかわいいから。
 男としてアピールしたくなることは当たり前だろう。

 でも、いくらフィーがメインヒロインとはいえ、嫁に出すなんてダメだ。
 私の妹として、ずっと一緒に……

 って、それはそれでまずいのだろうか?
 ある意味で、メインヒロインとヒーローの恋路を邪魔していることになる。
 そうなると、バッドエンドに繋がってしまうかもしれない。

 うーん。
 私としては、ずっとずっとフィーと一緒にいたいので、その辺りがどうなるのか、機会があれば確認した方がいい。

「って、こんなことしてる場合じゃないんだよ」

 ふと、アレックスが我に返った様子でこちらを見る。
 そして、小声で言う。

「……後で、少し時間をくれないか?」
「……構いませんが、なにか話でも?」
「……けっこう大事な話なんだ。頼む」
「……わかりました。では、休み時間に中庭で」

 そんな約束をして、私はフィーと一緒に校舎内に移動した。



――――――――――



 そして、休み時間。
 約束した中庭へ行くと、すでにアレックスの姿が。

「おまたせしました」
「悪いな、呼び出したりして」
「それで、大事な話というのは?」
「それなんだけど……」

 アレックスが気まずそうな顔になる。
 そんなにも話しにくいことなのだろうか?

 もしかして……フィーと付き合っています、とか!?
 あるいは、フィーをお嫁さんにください、とか!?

 そんな!
 フィーがアレックスルートに突入したら、私は、どこで妹とイチャイチャすればいいの!?
 バッドエンドになることの心配よりも、そっちの方が重要だ。

「フィーは渡しませんよ!」
「シルフィーナ? なに言ってるんだ?」

 あれ? 違う?

「いや、まあ、シルフィーナに関係することだが……すまん! 金を貸してくれないか!?」