仲を深めるために、二人きりで話をしたいと申し出て、私とシルフィーナだけになる。

 ゲームのアリーシャ・クラウゼンの、仲良くなりたいなんて言葉はウソ。
 突然現れた妹を快く思わなくて、二人きりになったことをいいことに、あれこれと辛辣な言葉をぶつける。
 なんてひどい姉なのだろうと、プレイヤーは憤ったものだ。

 でも、私はそんなことをするつもりはない。
 妹をいじめたりなんかすれば、ゲームの悪役令嬢……アリーシャ・クラウゼンとなにも変わらない。
 そのままバッドエンドを迎えてしまうだろう。

 破滅を避けるためには、どうすればいいか?
 メインヒロインである妹をいじめることなく、むしろ、仲良くなればいいのではないか?
 そんなことを最初に思いついたため、まずは、二人でゆっくりと話をしてみようと思った次第だ。

「ねえ、シルフィーナ」
「は、はい……えと、その……なんでしょうか?」
「うーん……ぎこちないわね」
「え?」
「私はただ、あなたとお話をしたいだけですよ。だから、そんなに緊張しないで」
「す、すみません」
「謝る必要もありませんよ。ほら、笑って」
「こ、こうですか……?」
「ぎこちないですね……やっぱり、緊張しています?」

 シルフィーナのことを、なぜウチが引き取ることになったのか、その理由は知らない。
 顔色を見る限り、たぶん、辛いことがあったのだろう。
 だから今も暗い顔をしたままで、ここは本当に自分の居場所なのだろうか? と疑問を抱いていて、常にビクビクと怯えているのだろう。

 うーん、なんかモヤモヤしてきた。

 シルフィーナの事情は知らない。
 知らないが……しかし、十五の女の子がこんな暗い顔をしていいわけがない。
 笑顔になるべきだ。
 だって、女の子は笑っている方がかわいいのだから。

「うーん」
「あ、あの……なにか?」
「えいっ」
「ひゃあ!?」

 シルフィーナを抱きしめるようにして、それから脇をくすぐる。

「ひゃっ、はう!? や、やめっ、あは、あははは!?」
「ほらほら」
「あはははっ、あは、ははははは、あううう、くすぐったい……あはははっ」
「うーん……ちょっと違うかしら? 無理矢理に笑わせても、納得できませんね」
「な、なんですか……? はぁ、はぁ」

 余計に警戒させてしまったらしく、シルフィーナは己の体を抱くようにして、私と距離を取る。
 がっくり。
 私はただ、仲良くなりたいだけなのに。

「あ、あの……アリーシャさまは、なんでこんなことを?」
「え? それはもちろん、シルフィーナと仲良くなりたいからに決まっているじゃないですか」
「私、と?」
「でも、少し強引だったかもしれませんね。ごめんなさい」
「あ、いえ……とんでもないです……」

 ぽかんとした様子で、シルフィーナはこちらを見る。
 私の言葉が、よほど意外だったのだろうか?

「でも、私なんかと仲良くしても、得になることなんてなにも……」
「あら? 得になることなら、ありますよ」
「え?」
「かわいい妹を愛でることができるじゃないですか。これは、十分な得ですよ」
「か、かわいい……」

 シルフィーナが赤くなる。
 こんなことで照れるなんて、本当にかわいい。
 さすが、メインヒロイン。
 その魅力は、同姓である私にも通用するみたいだ。

 というか、かわいすぎる。
 なんていうかもう、語彙力が崩壊して、とにかく、かわいいしか思い浮かばなくなる。
 それくらいにかわいい。
 私の心はイチコロだ。

 こんなかわいい妹をいじめるなんて、ゲームのアリーシャ・クラウゼンはなにを考えていたのだろう?
 ちょっとズレているのではないだろうか?
 あるいは、美的センスが皆無なのではないか?

 いや、待て。
 ゲームのアリーシャ・クラウゼンも、ある意味で私。
 自分で自分を貶すことはやめておこう。
 なんか虚しい。

「あの……一つ聞いてもいいですか?」
「はい、なんですか」
「アリーシャさまは、迷惑じゃないんですか? その……突然、私なんかがやってきて、疎ましく思わないんですか?」
「え? なんで妹ができたことを、迷惑に思わないといけないんですか? 家族が増えることは、うれしいことじゃないですか」
「で、でも……」
「シルフィーナ」
「あっ」

 怯える彼女の心に少しでも私の想いが届けばいいと、そっと抱きしめた。
 驚くような声がこぼれるものの、抵抗はされない。

「よしよし」
「はう」
「私、妹が欲しいと思っていたんです。だから、シルフィーナが来てくれてうれしいですよ。喜んでいますよ。ほら、ぎゅー」

 言葉だけではなくて、態度でも喜びを表現するように、シルフィーナを抱きしめた。
 困惑しているものの、嫌がっている様子はない。

 ということは、もっと抱きしめてもいいはず。
 私はさらに抱きしめて、さらに頭をなでなでした。
 はぁ、ホントかわいい。

「私……ここにいてもいいんですか?」
「もちろんです。あなたは、私の家族なのですから」
「……家族……」

 即答すると、シルフィーナは少しうれしそうな顔をして……
 そっと、私の服の端を掴んできた。

 彼女なりに私に甘えようと思って、でも、その方法がよくわからなくて、ついでに恥ずかしくて……
 その結果、服の端をちょこんと摘むという行動に出たらしい。

 なに、このかわいい生き物?
 魅了のスキルでも持っているのかな?

「ふふっ、本当にかわいいですね」
「あうあう……あ、アリーシャさま、少し苦しいです」
「あ、ごめんなさい。というか……それよ」
「え? それ?」
「アリーシャさま、っていう呼び方はなに? どうして、さまなんてつけるんですか?」
「それは、だって……」
「いいですか? 私達は姉妹なのですよ? だから、私のことは姉さまと呼んでください」
「そ、そんな恐れ多い……!?」
「ダメです。姉さまと呼ぶまでは、離しませんよ。これは、姉命令です。シルフィーナに拒否権はありません」
「うぅ……横暴です」

 なんてことを言いながらも、シルフィーナに拒絶の色はない。
 ちょっとずつだけど、私に心を許してくれているみたいだ。

「……ま……」
「聞こえませんよ」
「ね……さま……」
「リトライ」
「……アリーシャ姉さま……」
「っ!?」

 恥ずかしそうに頬を染めて、瞳をうるうるさせて、こちらを見上げる。
 なんていう破壊力。
 私の妹、超かわいい。

「あーもうっ、本当にかわいいですね! シルフィーナはかわいすぎですよ」
「あわわわっ」
「あなたみたいな子が妹になるなんて、私は幸せものですね」
「幸せ……なんですか? 私なんかが妹になるのに……?」
「もちろん。私の妹は世界で一番かわいくて、そして、そんな妹を持つ私は世界で一番の幸せものですね」

 ここに他の人がいたら、会ったばかりでなにを、と思われるかもしれない。
 でも、これが嘘偽りのない本音だ。
 シルフィーナという妹のことを、とても愛しく思う。

「……私も」
「今、なんて?」
「い、いえ……なんでもありません」

 聞きそびれたものの、シルフィーナは甘えるように体を寄せてきた。

「そうだ」
「?」
「シルフィーナは、私のことを姉さまと呼んでいるけれど、私は普通に名前で。それはなんか寂しいので、シルフィーナのことを愛称で呼んでもいいですか?」
「……愛称……」
「んー、そうですね……フィー、なんてどうでしょうか? シルフィーナだから、フィー」
「……フィー……」

 少しして、彼女の顔がぱあっと華やぐ。

「う、うれしいですっ」
「では、決まりですね。これからは、フィーって呼びますね」
「は、はい。アリーシャ姉さま」

 少しはフィーと仲良くなれたかな?
 でも、油断は禁物。
 バッドエンドを迎えないように、メインヒロインであるフィーと、もっともっと仲良くならないと。

 決して、妹がかわいすぎるから、というわけじゃない。
 ただ単に、彼女を甘やかしてかわいがりたいだけ、というわけじゃない。
 ……ホントだよ?

「あの……アリーシャ姉さま?」
「なんですか、フィー」
「恥ずかしいので、そろそろ離していただけると……」
「残念」

 心底残念に思いつつ、フィーを離した。

「あっ」

 ふと、フィーは時計を見て小さな声をあげた。

「どうしたんですか?」
「えっと、その……人と会う約束をしてて」
「あら、そうなんですか? ごめんなさい、引き止めてしまって」
「い、いえ! 用事が終わったら会いに行くと約束をしていただけで、時間は決めていないので……それに、私も、アリーシャ姉さまとお話できてうれしかったです」

 かわいすぎか。

「約束というのは、誰と?」

 プライベートに踏み込んでいる自覚はあるものの、気になる。
 フィーは私の妹になったのだから、心配をしてもいいはずだ。

「幼馴染です」
「幼馴染?」
「は、はい。幼馴染に、アレックス、っていう男の子がいるんです」

 その名前を来て、すぐにピンと来た。
 その男の子というのは、おそらく、攻略対象のヒーローだろう。