「うぅ……アリーシャ姉さま……」
「フィー! フィー! しっかりして、フィー!!!」

 カタカタと震えるフィーをしっかりと抱きしめる。
 そして、何度も何度も彼女を大きな声で呼んだ。

「おい! お前達、なにを騒いでいる!?」

 ほどなくして見張りがやってきた。
 苛立った様子で、腰に下げた剣をいつでも抜けるようにしつつ、部屋に入る。

「さっきからうるさいぞ。口を塞がれたくないのなら、黙っていることだな」
「フィーの様子がおかしいんです! お願いします、どうか、お医者さまを!」
「なんだと? ちっ、せっかくの人質になにかあれば……いや、待て。王子はどこへ行った?」
「ここだよ」

 声は上からした。

「なっ!?」

 両手足を器用に使い、天井の隅に張りついていたジークは、直上から奇襲をしかける。
 これにはさすがに対応できず、男は倒されてしまうのだった。

「レストハイムさま、す、すごいです……!」
「フィー!? よかった、元気になったのね!」
「え? あ、あの……アリーシャ姉さま?」
「なんですか?」
「あれは、見張りの注意を引くために病気のフリをしていただけで、本当に体調不良だったというわけでは……」
「……あっ、そうでしたね。フィーの演技がとても上手なので、ついつい本気になってしまいました」
「よ、喜んでいいのかな……?」
「くくくっ」

 私とフィーのやりとりを見て、ジークが楽しそうに笑っていた。

「あんなにも打ち合わせをしていたというのに、そのことをすぐに忘れるなんて……きみは、シスコンなんだね」
「シスコン上等です! そもそも、こんなにもかわいい妹がいれば、シスコンになってしまうのは当たり前のことだと思いますが?」

 フィーを抱きしめつつ、そんなことを言う。

「あう……かわいいとか、は、恥ずかしいです」
「事実だから、恥じらう必要なんてないのですよ」

 スリスリと頬ずりをする。
 フィーのほっぺはすべすべだ。
 いつまでもこうしていたい。

「あははっ」

 耐えられないという様子で、ジーク大笑いした。

「本当に、きみっていう人は……」
「どうかしましたか?」
「ううん、なんでもないよ」

 軽く首を横に振り、会話を打ち切る。
 それから厳しい顔に。

「きみ達のことは、僕が絶対に守るよ。事件に巻き込んでしまった責任をとらないといけないし……それに、友達だからね」
「はい」
「あ、ありがとうございますっ」
「……」

 フィーがお礼を言い、そんな妹をジークが見つめる。

 なんだろう?
 今頃になって、私の妹のかわいさに気づいたのだろうか?
 フィーはあげないぞ。
 私とずっと一緒に……ああ、でも、メインヒロインだからそれは難しいのか。

「きみの名前も聞いてもいいかな?」
「は、はいっ。シルフィーナ・クラウゼンです」
「そっか……うん、よろしくね。シルフィーナ」
「は、はひっ」
「……むう」

 二人が仲良くするところを見て、バッドエンドが近づいているとか、そういう危機感を抱くことは一切なくて……
 私は、かわいい妹の心を掴もうとするジークに嫉妬したりするのだった。



――――――――――



 その後、ジークが次々と見張りを倒して、私達は脱出することができた。
 監禁されていた場所は、街外れにある小さな小屋の地下。
 こういう時のために、第一王子派、あるいは第二王子派が改造していたらしい。

 そして、私とフィーは、ジークと一緒に城へ。
 ここなら安全だと、ひとまず保護を受けることに。

 その間に、ジークによる告発が行われた。
 犯人は、第二王子派の過激な思想を持つ者。
 独断専行と自白しているが、それは怪しい。

 乙女ゲームにおける第一王子と第二王子は、攻略対象のヒーローではない。
 私と同じ、主人公とヒーローの幸せを邪魔する悪役なのだ。
 腹黒い彼らのことだ。
 すでに根回しをしていて、自分達が関わっていたという証拠を隠滅しているように思えた。

 とはいえ、今はどうすることもできない。
 ジークも、事件が公になった今、またすぐに動くことはないだろうと、安全を約束してくれた。

 そうして、私とフィーは、ようやく家に帰ることができたのだった。



――――――――――



「んー……」

 私はベッドに座り、手紙を眺めていた。
 差出人はジーク。
 城を出る前に、こっそりと渡されたものだ。

 いったい、なにが書かれているのだろうか?
 お前を断罪する! とか?

 たぶん、仲良くなることができたと思うから、それはないと思うのだけど……
 でも、油断はできない。
 緊張しつつ、手紙を開封する。

 手紙にはたった一言、こう書かれていた。

『ありがとう』

 私は目を丸くして、

「どういう意味なんでしょう?」

 ジークの考えていることがわからず、コテンと首を傾げるのだった。