「ジークさま!」

 私はあえて大きな声を出した。
 一つの目的は、周囲の人に気づいてもらうため。
 もう一つの目的は、襲撃者達に動揺を与えるため。

「ちっ、見られたか。なら……ぐっ!?」

 敵が複数人ということで苦戦していたジークだけど、隙を見逃すことなく、男の一人を打ち倒した。
 仲間がやられたことで、黒尽くめの男達がさらに動揺する。
 ジークはたたみかけるように前へ出て、二人目の男を倒す。

 ヒーローだけあって、さすがに強い。
 でも、安心はできない。
 こういう突発的なイベントは、大抵が主人公が不利になるものだ。

「フィー、校舎へ戻って先生達を呼んできてください!」
「は、はいっ」

 フィーの足音が遠ざかり、

「きゃっ!?」
「フィー!?」

 悲鳴が聞こえて、慌てて振り返ると、黒尽くめの男の腕の中でぐったりとするフィーの姿が。
 まだ他に仲間がいたなんて……!

「フィーを離しなさい!」
「お前も眠れ」
「あ……」

 黒尽くめの男からフィーを取り返そうとするものの、逆に拘束されてしまう。
 そのまま薬を嗅がされてしまい、私の意識は遠くなるのだった……



――――――――――



「……うぅ」

 目を覚ますと、そこは薄暗い部屋だった。
 灯りは一つだけ。
 窓はなし。
 頑丈そうな扉も一つだけで、鍵がかけられている様子。

「ここは……?」

 頭がぼんやりして、重い。
 えっと……なんで、こんなところに?
 記憶を掘り返して……

「フィー!?」

 黒尽くめの怪しい男達のことを思い出して、それから、フィーの姿を探す。
 妹は硬い床の上で寝ていた。

「フィー!? 大丈夫ですか!?」
「……すぅ」

 よかった、寝ているだけみたいだ。
 たぶん、薬の効果がまだ続いているのだろう。

 それにしても、ここはいったい?
 というか、なぜこんなことに?

「起きたんだね」
「あ……レストハイムさま」

 部屋の壁に寄りかかるようにして、端の方にジークがいた。
 黒尽くめの男達と殴り合いをしていたからか、顔が少し腫れている。

「ごめんね。僕のせいで、きみ達を巻き込んでしまったみたいだ。実は……」
「待ってください。その前に、えっと……」

 手当するための道具を探すものの、なにもない。
 前世ならともかく、公爵令嬢の今世では、薬を持ち歩くなんてしないもの。

「なにをしているの?」
「ごめんなさい。その傷を手当しようと思ったのですが、なにもなくて」
「……」

 なぜか、ジークがポカンとした顔に。
 それから、クククと楽しそうに笑う。

「まさか、こんな時にまで他人の心配をするなんて。きみは、噂通りに、女神のような性格をしているんだね」
「女神? なんですか、それは?」
「生徒達の間で噂になっているよ。優しく聡明で、妹をとても大事にしている姿は、まるで女神のようだ、ってね」

 なんでそんなことに?
 私は、悪役令嬢なのだけど……ん?
 なんで、そんな噂話をジークが知っているのだろうか。
 彼の本性を知っているため、そんなものに興味を持たないことを私は知っている。

「レストハイムさまは、なぜそのような噂を?」
「……少しだけきみに興味があって、調べてみたんだよ」

 そう言うジークは、複雑な表情をしていた。
 ツンデレが日頃辛く当たる幼馴染に恋してると気がついて、でもそれを認めたくないと、そんな顔をしている。
 なんていう例えだ。

 とりあえず、触れない方がいいだろう。
 彼の設定は知っていても、どんな反応を示すかなんてことはさすがにわからない。
 地雷のような反応に、わざわざ触れることはない。

「話を戻しますが、巻き込んでしまった、というのは?」
「きみ達は、僕を狙った連中を目撃してしまった。だから、口封じのために一緒に誘拐された……そんな感じなんだ」

 聞けば、王子達の間で派閥争いが起きているらしい。
 我こそが跡継ぎにふさわしいと、功績を立てて、王らしい振る舞いをして……
 裏では、犯罪行為を平然と繰り返して、相手を蹴落とそうとする。

 第一王子と第二王子は、そのような感じで、日々、派閥争いを繰り返しているのだとか。
 ジークは王になりたいと思っていないが、第一王子と第二王子がその言葉を簡単に信じることはない。
 なりたくないと言葉にしても、内心では別のことを考えているに違いない。
 そう決めつけて、そして……

 どちらの勢力か知らないが、ジークを排除することにした。
 ただ、さすがに命を奪うまでのことはできない。
 誘拐して、脅して、王位継承権を放棄する念書にサインさせる。

「……たぶん、連中が考えているのはこんなところだろうね?」
「まるで、見てきたかのように話すのですね?」
「見てきたからね」
「え?」
「きみが目を覚ます前に、連中と話をしたんだよ。そこで、念書を書くように脅された」
「そ、それで、どうしたんですか……?」
「まだなにも。考える時間が必要だろう、って言われて、今は放置されているよ」
「そうですか……よかったです」
「なんで、きみが安心するんだい?」

 ジークが不思議そうに言うのだけど、なぜ、それくらいわからないのだろう?

「レストハイムさまが望んでいないことだとしても、それは今だけのことかもしれません。この先、気持ちが変わることもあるでしょう? なら、選択肢は手元に残しておくべきです。だから、まだ放棄されていないことを安心したのです」
「いや、だから……なぜ、無関係のきみが僕の心配をするんだい?」
「無関係だと心配できないのですか? 無関係だろうと関係があろうと、目の前で大変なことになろうとしている人がいたら、心配してしまうものでしょう?」
「……」

 当たり前のことを言うのだけど、でも、それはジークにとって衝撃的なことだったらしく、目を丸くするのだった。