あれから、簡単に兵士の事情聴取に応じて……
 それからはぐれていた執事と合流して、買い物は中断。
 他にもろくでもない輩がいるかもしれないということで、念の為、すぐにフィーを家に連れて帰った。

 そして、夜。
 一人、部屋でのんびりくつろいでいると、コンコンと扉をノックする音が響いた。

「あの……アリーシャ姉さま、シルフィーナです」
「どうぞ」
「失礼します」

 部屋に入ってきたフィーは、とても落ち込んでいるように見えた。
 いや。
 事実、落ち込んでいるのだろう。
 他の人ならわからないくらいの差異かもしれないが、姉である私ならハッキリとわかる。
 私の妹センサーで調査した結果、フィーの元気具合はなかなかに低い。

「どうしたのですか? 元気がないように見えますが」
「……私のせいで、アリーシャ姉さまが危ない目に」

 あぁ、なるほど。
 昼のことを自分のせいだと思い込み、強い責任を覚えているのだろう。
 フィーに責任なんて何一つないのに……

 あーもう、なんて優しい子なのだろう。
 私の妹はかわいいだけじゃなくて、心も天使。
 ヒーロー達の嫁に出すことなく、私の嫁にしたい。

 って、いけないいけない。
 話が逸れた。
 ついでに欲望もこぼれた。

「フィーのせいなんていうことは、決してありませんよ」
「あっ……」

 そっとフィーを抱きしめた。
 それから、いい子いい子と頭を撫でてあげる。

「でも、私……」
「妹が困っていたら、助けるのは姉の役目ですよ。それに、私が同じような目に遭っていたとしたら、フィーはどうしましたか?」
「も、もちろん、助けます!」
「ほら。だから、気にしないでください」
「……私は、アリーシャ姉さまに色々なものをもらってばかりですね」
「それが妹の特権ですよ」
「でも……」
「どうしても気になるというのなら、いつか返してください。私が困っている時、迷っている時、泣いている時……そんな時に傍にいて、優しく抱きしめてください。そうすれば、私はまた立ち上がることができると思いますから」
「そんなことでいいんですか?」
「これ以上の恩返しはありませんよ」
「……やっぱり、アリーシャ姉さまはとても優しいです。それに、おひさまのような匂いがして、大好きです」

 にっこりと笑い……
 それから、抱きしめられることが心地よかったらしく、すぅすぅと寝息を立ててしまう。
 私の妹マジ天使。

「それにしても……」

 フィーのおかげで、思い出すことができた。
 というか、私はどうして、こんな大事なことを忘れていたのか?

「フィーは、こうしてとても純粋な心を持っているのだけど、ジークはとてつもなくこじらせていましたね」

 ジークルートは攻略済みだ。
 だから、彼の本当の性格や、心に抱えている闇などは知っている。

 第三王子という立場故に、早くから貴族の社交界にデビューをした。
 しかし、そこで見たものは腹黒い貴族の汚い笑みばかり。
 それにより、彼はすっかり人間不信に。

 そんなジークの心を癒やすのがフィーなのだけど……

「参りましたね……」

 アレックスの時と同じように、貴族を嫌うヒーローと仲良くならなければならない。
 しかも、今度の嫌われ具合はアレックスの比じゃない。
 ジークは、心底、人というものに愛想を尽かしているのだ。

 メインヒロインの補正はゼロ。
 むしろ、悪役令嬢というマイナス補正がかかっている状態で、どうやって仲良くなればいいのか?

「難題ですね。というか、難題ばかり? どうして、こんなにも悪役令嬢の待遇は悪いのでしょうか? といっても、それが当たり前ですね。悪役なのですから……やれやれ」

 ため息をこぼして……
 でも、フィーの温もりに癒やされて、まあ明日のことは明日考えるか、と問題を先送りにしてしまう私であった。



――――――――――



 どうにかしてジークと仲良くなりたい。
 友達とまではいかなくても、せめて、顔を覚えてもらい、挨拶をするくらいの関係になりたい。

 そんなことを思い、学舎で何度か話しかけてみたものの、全て軽やかに回避された。
 にっこりと微笑みつつ、用事があるからと立ち去る。
 追いかけてみるものの、すぐに見失う。

 そんな日々が続いているために、私は焦っていた。
 破滅までの期間はまだあるものの、だからといって、油断はできない。
 できるだけスケジュールは詰めておきたい。

 そこで、私は一晩かけて考えた作戦を実行に移すことにした。

「あの……アリーシャ姉さま? これからどこへ?」

 放課後。
 私はフィーを連れて、学舎の廊下を歩いていた。

「ジー……レストハイムさまをお茶に誘ってみようと思いまして」
「えっ、レストハイム王子を!? ど、どうしてそのようなことを……?」
「んー、それは秘密です」

 破滅を回避したいから、なんて言えば頭がおかしいと思われてしまうかもしれない。
 フィーにそんな目で見られたら、私は、破滅を前に精神的に死んでしまう。

「というか、どうして私も……?」
「フィーがいると、ひょっとしたら、うまいこと仲良くなれるかもしれませんから」
「???」

 私と一緒ではあるものの、ひょっとしたらメインヒロイン補正が働くかもしれない。
 それに期待して、フィーを連れて行くことにした。
 頼んだら二つ返事でついてきてくれた。
 かわいい上に優しい。
 私の妹は世界一だよね。

「ところで、どうして中庭へ?」

 そう。
 目的地はジークのクラスではなくて、中庭だ。
 人間不信の彼は、放課後、教室に残ることは少ない。
 中庭のような人の少ないところでリラックスして、それから帰宅している。
 全てゲームで得た知識だ。

「こういう情報は役に立つのですが、肝心の仲良くなる方法はフィーにしか適用されず……なかなかもどかしいものですね」
「適用?」
「いえ、なんでもありません。ただの独り言です」

 そろそろ中庭だ。
 今日こそ進展してみせる!

 そう意気込みつつ、私とフィーは中庭に移動して……

「くっ……何者だ、お前達は!?」

 謎の黒尽くめの男達に襲われているジークを発見した。