すごい。
 ジークがなにをしたのか、まったく見えなかった。
 気がついた時には、二人の男は地面に倒れていた。

 ゲームでは具体的な描写はされていなかったのだけど……
 まさか、これほどなんて。
 ただ……

「……ふん」

 ジークはとても冷たい目をした。
 倒れる男達に、ゴミでも見るかのような目を向けていた。

 ただ、それは一瞬の間。
 すぐに微笑み王子の呼び名にふさわしい笑みを浮かべると、私達の方を見る。

「大丈夫? 怪我はない?」
「は、はいっ、ありがとうございます!」
「ありがとうございます。レストハイムさまのおかげで、私も妹もなにもありませんでした」

 フィーは若干緊張しつつ、私は別の意味で緊張しつつ、それぞれお礼を言う。
 フィーを心配するあまり、なにも考えずに飛び出してしまったのだけど……
 よくよく考えてみれば、ジークと会うのは必須。
 まだ仲良くなる方法を思いついていないのに……ああもう、どうすればいいのやら。

「なにもないようでよかった。偶然だけど、この男達が……って、あれ? 僕の名前……自己紹介はしていないよね?」
「ご謙遜ですか? レストハイムさまのことを知らない者など、学舎にはいません」
「ああ、そういう……君達も、同じ学舎の生徒だったんだね。でも、ごめん。僕は、君達のことを知らなくて……」
「では、自己紹介をしないといけませんね」
「え?」
「私達のことを知らないのならば、知ってもらえればと。そして、これからは、顔を見かけた時に挨拶くらいはできればと……そう思うのです」
「……」
「どうしたのですか、ポカンとして?」
「……いや、なんでもないよ」

 なんでもない、というような顔はしていないのだけど……
 下手に話を深く掘り下げて、地雷でも踏んだら困る。
 気にしつつ、そのままスルーしておいた。

「私は、アリーシャ・クラウゼンと申します。そして、こちらが妹の……」
「し、シルフィーナ・クラウゼンです! 改めて、アリーシャ姉さまを助けていただいて、ありがとうございました!」

 私のことを心配してくれる妹、かわいい。
 思わず相好を崩していると、なぜか、ジークがじっとこちらを見つめてきた。

「あの……なにか?」
「ああ、いえ。なんでもありません。それよりも、もしかして、クラウゼン公爵の?」
「はい。クラウゼンは私達の父になります」
「……なるほど、そうなんだ」

 あれ?
 なぜかわからないけど、ジークの機嫌が急降下したような?
 笑顔は変わらないのだけど、目が笑っていないというか、つまらないものを見るような目というか……
 気がつかないうちに、地雷を踏み抜いていた。
 でも、どこに?
 自分の言動を振り返ってみるものの、ミスらしいミスをしたとは思えない。

「兵士を呼んでおいたから、すぐにここに……ああ、来たみたいだ」

 ジークの言う通り、二人組の兵士の姿がこちらにやってくるのが見えた。

「じゃあ、僕はこれで」
「あ、あのっ」

 引き留めようとするものの、ジークは足を止めることなく、そのまま立ち去ってしまうのだった。
 それでも、私は言葉を続ける。

「ありがとうございました」

 チラリと、ジークが振り返る。
 肩越しに視線が合い……
 しかし、すぐに逸らされてしまい、ジークはそのまま立ち去った。



――――――――――



「……助けるんじゃなかったな」

 少し早足に街中を歩くジークは、ぽつりとつぶやいた。

 悪漢に絡まれている女の子を助けたのだけど、その正体は、公爵令嬢の娘だった。
 そうと知っていれば、助けることはなかった。
 なぜなら、ジークにとって貴族は最も嫌悪する存在であり、敵と言っても過言ではないからだ。

 二人の兄はすでに成人している。
 それ故に、まだ成人していないジークが後継者レースに参加することはない。

 それでも王族という立場故に、それなりの公務を任されてきた。
 学生の身分であっても、色々な場所へ赴いた。

 そして……人の汚い面をまざまざと見せつけられてきた。
 王族である自分に取り入ろうとする者。
 あるいは、利用しようとする者。
 誰も彼も、その顔に貼りつけている笑顔は偽物で、まるで仮面のよう。
 本心から笑っている者なんて一人もおらず、全員が汚い醜い打算を抱えていた。

 幼い頃からそんな環境で過ごしてきたジークは、人間不信に陥っていた。
 第三王子という立場故に、笑顔の仮面をかぶり、トラブルを起こすようなことはしていないものの……
 心は冷めきっており、人を見下しており……
 特に、傲慢で恥を知らない貴族というものを嫌っていた。

「慣れないことをするものじゃないな」

 気まぐれに人助けをしてみたら、相手は公爵令嬢。
 公爵と話をしたことはない。
 その令嬢と顔を合わせたこともない。

 でも、話すまでもない。
 他の人と同様に、汚い心を持ち、恥を知らず、どこまでも傲慢な存在に違いない。
 人とは、そういうものなのだ。

「……誰も彼もつまらないな。醜いヤツばかりだよ。そして……僕もつまらないヤツだな」

 人間不信のせいで、未だ心を開いた人はいない。
 それだけではなくて、興味を持つことすらない。
 ただただ、空虚で退屈な日々を過ごしていた。

「……」

 ジークは、ふと足を止めた。
 それから先ほどのことを思い出す。

「それにしても……」

 自分でも理解できないのだけど、自然と公爵令嬢の娘達のことを思い返した。
 妹と姉の二人。
 どうせ、他の汚い連中と変わらない。
 心を覗けば、直視するに耐え難い感情が見えるだろう。

 そう思うのだけど……しかし、なぜか気になるものがあった。
 うまく言葉にできないのだけど、心の中で、なにかが引っかかる。

 特に気になるのが……

「アリーシャ……と言ったかな」

 とても綺麗な目をしていた。
 今まで見たことのない、まるで宝石のように輝いていて、それでいて濁りが一切ない透明な感情を宿していて……

「って、僕はなにを考えているんだ」

 所詮、公爵令嬢。
 他の者と同じく、心が汚いに違いない。
 そう決めつけたジークは、再び歩みを再開した。