その日、学舎が休みということもあり、ジーク・レストハイムは一人で街を歩いていた。
時刻は昼。
人がたくさんいる街中とはいえ、彼の立場を考えれば、護衛を付き従えるのが普通だ。
そうしないのは、とある理由があるのだけど、その理由を知る者は少ない。
「うん、これで心配ないな」
ジークは満足そうな顔をしていた。
さきほどまで鍛冶屋を訪れていた。
そこで、よく行く牧場の馬の蹄の調整をお願いしてきたのだ。
小さな鍛冶屋ではあるが、その腕は超一流。
彼に任せておけば、問題なく作業は終了するだろう。
「蹄の調整が終わるまでは馬に乗ることはやめておいた方がいいから……さてと、この後はどうしようかな?」
交渉がスムーズに進んだため、時間が余ってしまった。
散歩でもしようか?
そう思い、気の向くままに歩いてみたところ……
「や、やめてくださいっ」
女の子の悲鳴のようなものが聞こえてきた。
見過ごすことはできず、声の方向へ足を進める。
すると、二人組の男と可憐な女の子が見えた。
二人組の男は下卑た笑みを浮かべていて、女の子の手を掴んでいる。
それに怯えている様子で、女の子は目の端に涙を浮かべていた。
事情はわからないが、聞くまでもないだろう。
ジークは一歩、前へ踏み出して、鋭い声を……
「君たち、そこでなにを……」
「私のかわいい妹になにをしているのですかっ!!!?」
そんな怒りの声と共に……
横からものすごい勢いで駆けてきた女の子が、男を殴り飛ばすのだった。
――――――――――
「アリーシャ姉さまっ!」
「フィー!」
フィーは涙声で私を呼んで、ひしっと抱きついてきた。
カタカタと体が震えている。
それを収めるように、優しく抱きしめた。
「大丈夫ですか、フィー? 怪我はありませんか? この男達に、なにかされていませんか?」
「だ、大丈夫です……ぐすっ、アリーシャ姉さまが助けてくれましたから。ありがとうございます……ひっく」
「お礼なんていらないですよ。妹を助けるのは姉の役目。当たり前のことなのですから」
「うぅ……アリーシャ姉さまぁ……ぐすっ」
緊張の糸が解けた様子で、フィーが小さく泣き始めた。
よしよしと、その背中をあやしつつ……
一方で、私は激しい怒りを覚えていた。
かわいい妹を泣かせるなんて……許さん!
男に生まれてきたことを後悔させるだけではなくて、人に生まれてきたことを後悔させてやろう。
私のかわいいかわいい妹に手を出そうとしたことは、万死に値するのだ。
さらなる鉄拳制裁を……
「この女!」
「どこのどいつか知らねえが、ふざけたことしやがって!」
殴り飛ばしたはずの男がすぐに立ち上がり、こちらを睨みつけてきた。
もう一人の男は、よりにもよってナイフを取り出している。
フィーのピンチということで、忘れを忘れ、男を殴りつけたものの……
悲しいかな、私って女の子なのよね。
不意の一撃も通用していないらしく、ただ単に怒りを買っただけみたいだ。
まずい。
冷や汗が流れる。
私は武術も剣術も習っていないし、ケンカが得意なわけがない。
妹のピンチということで、ついつい手を出してしまったけれど、もう少し考えるべきだったか?
いや、そんなことはない。
フィーのピンチなのだから、なによりも先に行動する必要がある。
例え過去に戻れたとしても、フィーのために、私は同じ行動を繰り返すだろう。
「フィー、ここは私がなんとかしますから、あなたは逃げなさい」
「そ、そんな!? アリーシャ姉さまを置いて逃げるなんて、できませんっ」
「お願いだから、私の言うことを聞いてください。このままでは二人共……そんなことになる前に、誰か呼んできてください」
「うっ、うぅ……」
フィーは泣きそうな顔で、しかし、反論は止める。
かわいいだけじゃなくて、とても賢い子だ。
私の言うことが最善だと気づいているのだろう。
「おいおい、どっちも逃さねーよ」
「ふざけたことした分、楽しませてもらうぜ? へへへ」
片方の男が、フィーに下卑た視線を向けて……
よし、決めた。
噛みつくなり急所を攻撃するなりして、コイツは地獄に叩き落とす。
あと、絶対にフィーには指一本触れさせない。
私がどうなったとしても、妹は守る!
そうなれば先制攻撃だ。
わずかかもしれないが、隙が生まれるかもしれない。
私は覚悟を決めて、前に……
「なにをしているのかな?」
第三者の声が乱入してきた。
今の声は、もしかして……
「なんだ、てめえは?」
「取り込み中なんだ、あっち行ってろ。でないと、痛い目見るぞ」
男達の視線の先に……ジーク・レストハイムの姿があった。
学舎で見かける時と同じように、微笑みを浮かべている。
ただ……気の所為だろうか?
その笑みは冷たく、質が違うように見える。
「どう見ても事件のように見えるのだけど、どうなのかな?」
「あぁ?」
「人気の少ない裏通りとはいえ、警備の兵が巡回しているよ。厄介なことになる前に、退散した方がいいんじゃないかな?」
「うるせえな、コイツ……めっちゃくちゃうぜえ」
「消えろや」
気が立っていた男達は、ジークの言葉で怒りが頂点に達してしまったらしい。
片方が舌打ちしつつ、ジークの前へ。
大きく拳を振りかぶる。
「あぶ……!?」
危ない、と言おうとしたところで、ゴンッ! という鈍い音が響いた。
それは、ジークが男を殴り倒した音だった。
たったの一撃。
それで男は完全に伸びていた。
そういえば……
今思い出したけど、ジークは穏やかな笑みとは裏腹に、武術の達人なのだ。
その実力は国内でもトップクラスで、故に、街中を歩く程度では護衛を必要としていない。
そんなジークに、そこらのチンピラが敵うはずもなくて……
「やれやれ。うるさいのは君達の方だと思うのだけど、どうかな?」
瞬く間に二人の男を倒してしまい、ジークは、つまらなそうにそう言うのだった。
時刻は昼。
人がたくさんいる街中とはいえ、彼の立場を考えれば、護衛を付き従えるのが普通だ。
そうしないのは、とある理由があるのだけど、その理由を知る者は少ない。
「うん、これで心配ないな」
ジークは満足そうな顔をしていた。
さきほどまで鍛冶屋を訪れていた。
そこで、よく行く牧場の馬の蹄の調整をお願いしてきたのだ。
小さな鍛冶屋ではあるが、その腕は超一流。
彼に任せておけば、問題なく作業は終了するだろう。
「蹄の調整が終わるまでは馬に乗ることはやめておいた方がいいから……さてと、この後はどうしようかな?」
交渉がスムーズに進んだため、時間が余ってしまった。
散歩でもしようか?
そう思い、気の向くままに歩いてみたところ……
「や、やめてくださいっ」
女の子の悲鳴のようなものが聞こえてきた。
見過ごすことはできず、声の方向へ足を進める。
すると、二人組の男と可憐な女の子が見えた。
二人組の男は下卑た笑みを浮かべていて、女の子の手を掴んでいる。
それに怯えている様子で、女の子は目の端に涙を浮かべていた。
事情はわからないが、聞くまでもないだろう。
ジークは一歩、前へ踏み出して、鋭い声を……
「君たち、そこでなにを……」
「私のかわいい妹になにをしているのですかっ!!!?」
そんな怒りの声と共に……
横からものすごい勢いで駆けてきた女の子が、男を殴り飛ばすのだった。
――――――――――
「アリーシャ姉さまっ!」
「フィー!」
フィーは涙声で私を呼んで、ひしっと抱きついてきた。
カタカタと体が震えている。
それを収めるように、優しく抱きしめた。
「大丈夫ですか、フィー? 怪我はありませんか? この男達に、なにかされていませんか?」
「だ、大丈夫です……ぐすっ、アリーシャ姉さまが助けてくれましたから。ありがとうございます……ひっく」
「お礼なんていらないですよ。妹を助けるのは姉の役目。当たり前のことなのですから」
「うぅ……アリーシャ姉さまぁ……ぐすっ」
緊張の糸が解けた様子で、フィーが小さく泣き始めた。
よしよしと、その背中をあやしつつ……
一方で、私は激しい怒りを覚えていた。
かわいい妹を泣かせるなんて……許さん!
男に生まれてきたことを後悔させるだけではなくて、人に生まれてきたことを後悔させてやろう。
私のかわいいかわいい妹に手を出そうとしたことは、万死に値するのだ。
さらなる鉄拳制裁を……
「この女!」
「どこのどいつか知らねえが、ふざけたことしやがって!」
殴り飛ばしたはずの男がすぐに立ち上がり、こちらを睨みつけてきた。
もう一人の男は、よりにもよってナイフを取り出している。
フィーのピンチということで、忘れを忘れ、男を殴りつけたものの……
悲しいかな、私って女の子なのよね。
不意の一撃も通用していないらしく、ただ単に怒りを買っただけみたいだ。
まずい。
冷や汗が流れる。
私は武術も剣術も習っていないし、ケンカが得意なわけがない。
妹のピンチということで、ついつい手を出してしまったけれど、もう少し考えるべきだったか?
いや、そんなことはない。
フィーのピンチなのだから、なによりも先に行動する必要がある。
例え過去に戻れたとしても、フィーのために、私は同じ行動を繰り返すだろう。
「フィー、ここは私がなんとかしますから、あなたは逃げなさい」
「そ、そんな!? アリーシャ姉さまを置いて逃げるなんて、できませんっ」
「お願いだから、私の言うことを聞いてください。このままでは二人共……そんなことになる前に、誰か呼んできてください」
「うっ、うぅ……」
フィーは泣きそうな顔で、しかし、反論は止める。
かわいいだけじゃなくて、とても賢い子だ。
私の言うことが最善だと気づいているのだろう。
「おいおい、どっちも逃さねーよ」
「ふざけたことした分、楽しませてもらうぜ? へへへ」
片方の男が、フィーに下卑た視線を向けて……
よし、決めた。
噛みつくなり急所を攻撃するなりして、コイツは地獄に叩き落とす。
あと、絶対にフィーには指一本触れさせない。
私がどうなったとしても、妹は守る!
そうなれば先制攻撃だ。
わずかかもしれないが、隙が生まれるかもしれない。
私は覚悟を決めて、前に……
「なにをしているのかな?」
第三者の声が乱入してきた。
今の声は、もしかして……
「なんだ、てめえは?」
「取り込み中なんだ、あっち行ってろ。でないと、痛い目見るぞ」
男達の視線の先に……ジーク・レストハイムの姿があった。
学舎で見かける時と同じように、微笑みを浮かべている。
ただ……気の所為だろうか?
その笑みは冷たく、質が違うように見える。
「どう見ても事件のように見えるのだけど、どうなのかな?」
「あぁ?」
「人気の少ない裏通りとはいえ、警備の兵が巡回しているよ。厄介なことになる前に、退散した方がいいんじゃないかな?」
「うるせえな、コイツ……めっちゃくちゃうぜえ」
「消えろや」
気が立っていた男達は、ジークの言葉で怒りが頂点に達してしまったらしい。
片方が舌打ちしつつ、ジークの前へ。
大きく拳を振りかぶる。
「あぶ……!?」
危ない、と言おうとしたところで、ゴンッ! という鈍い音が響いた。
それは、ジークが男を殴り倒した音だった。
たったの一撃。
それで男は完全に伸びていた。
そういえば……
今思い出したけど、ジークは穏やかな笑みとは裏腹に、武術の達人なのだ。
その実力は国内でもトップクラスで、故に、街中を歩く程度では護衛を必要としていない。
そんなジークに、そこらのチンピラが敵うはずもなくて……
「やれやれ。うるさいのは君達の方だと思うのだけど、どうかな?」
瞬く間に二人の男を倒してしまい、ジークは、つまらなそうにそう言うのだった。