二人目の攻略対象は王子さま。
 同じ学舎に通っているとはいえ、王子さまとの接点なんてなかなか生まれない。

 それはフィーも例外ではなくて、最初は、まったくの赤の他人。
 それが、どのようにして将来を誓い合う仲に発展するのか?

 色々なイベントを乗り越えた末に、エンディングを迎えることができるのだけど……
 その第一歩となるのが、出会いの鉄板イベント、不良に絡まれるだ。

 買い物をするために街へ出ていると、質の悪い連中にナンパをされてしまう。
 強引に連れて行かれそうなところを、ジークに助けられる……そんなイベントだ。

 なんてベタな……と思わないでもないが、ベタのなにが悪い。
 ありふれた手法ではあるが、それ故に、誰もに愛され支持される。
 私も、ジークに助けられた時は胸を高鳴らせたものだ。

「今回は……どうしましょう?」

 ジークと仲良くならないといけない、なんてことを考えていたのだけど、他にも方法があるのではないか?
 二人の出会いを潰してしまい、ジークルートへの突入を完全に断ってしまう。
 そうしたら、ジークによる断罪イベントは発生しないのではないか?

 彼が、アリーシャ・クラウゼンを断罪するのは、ひとえにフィーのためだ。
 そのために、わざわざ王子としての権力まで使う。

 しかし、フィーと知り合いですらなかったら?
 いくらなんでも、王子としての権力を使ってまで、アリーシャ・クラウゼンを断罪しようとは思わないだろう。

「ふむふむ、悪くないかもしれませんね」

 いや、待てよ?

 そうなると、ジークルートは完全に消滅するだろう。
 将来、フィーが誰と結ばれるのか、それはわからない。
 ヒーローの誰かと結ばれるのだと思うのだけど……

 ジークルートを消滅させた場合、彼と結ばれる可能性は消える。
 それはつまり、フィーの恋を邪魔するようなもの。
 将来の選択肢の一つを奪い、幸せを消すようなもの。

「うぅ……あんなにかわいい妹の幸せを奪うなんて、そんなこと……」

 ダメ!
 そんなこと、私にはできないわ。

 いくらバッドエンドを回避するためとはいえ、フィーの幸せを奪うなんてことはできない。
 私は、あの子の姉なのだから。
 かわいくて可憐で健気で綺麗で優しい妹の幸せを奪うなんて、やれるわけがない。
 そんなことをするなら、バッドエンドを迎えた方がマシだ。

 私は悪役令嬢である前に、一人の姉なのだ。
 フィーのことを一番に考えないとダメ。

「そうなると……イベントはこのまま発生させるとして、やっぱり、仲良くなる方法を模索した方がよさそうですね。とはいえ、どうしたものか……」

 この時ばかりは、ゲームの知識は役に立たない。
 悪役令嬢がヒーローと仲良くする方法なんて、ゲームをプレイしても知らないのだ。

 それは、アレックスの時に痛感した。
 さて、どうするか?

「ジークの趣味は……確か、乗馬ですよね?」

 休日は郊外の牧場で、馬に乗っているのだとか。
 実に王子さまらしい趣味だ。

「私もその牧場へ足を運び、どうにかして乗馬を教えてもらう……そうして、何度か顔を合わせることで仲良くなる……うん、悪くないかもしれませんね」

 ジークは穏やかな性格をしていて、基本的に優しい。
 丁寧に頼めば、断れることはないと思う。
 そのまま仲良くなることは、おそらく可能だ。

「そうね、そうしましょう」

 そうと決まれば、さっそく現地の視察に行こう。
 なにも知らないと、予期せぬトラブルに遭遇するかもしれないし、下見は大事だ。

「せっかくだから、フィーも誘いましょうか?」

 ついでに、かわいい妹と一緒に牧場体験……うん、いい!

 私は部屋を出て、隣のフィーの部屋へ。
 扉をノックするのだけど……しかし、返事がない。

「お嬢さま、シルフィーナさまをお探しですか?」

 通りすがりのメイドに、そう尋ねられた。

「はい。一緒に出かけようと思ったのですが……どうやら、部屋にいないみたいですね。あなたは、フィーがどこにいるか知りませんか?」
「シルフィーナさまなら、街へ出かけました」
「街へ?」
「お菓子作りのための材料を発注しに行く、と」

 先日の一件以降、フィーはよくお菓子を作っている。
 そして、私が味見をすることに。

 妹の作るお菓子は最高だ。
 甘さが絶妙で、いくらでも食べられるほど。
 そのことを伝えるとフィーはとても喜んで、一層、お菓子作りに熱中するようになった。

「なるほど。それで街に買い物へ……買い物?」

 ジークとの出会いのイベントは、街に買い物へ出たところ、質の悪い連中にナンパをされて……

「あっ!?」

 出会いイベント、今日だったのか!?
 ゲーム内では日付なんて表示されないから、さすがに日時まではわからなかった。

 まずいまずいまずい。
 フィーは護衛を兼ねている執事を連れているのだけど、人波に飲まれてはぐれてしまい、その先で質の悪い連中に絡まれてしまうのだ。

 ジークとの出会いなんて、この際、どうでもいい。
 問題は、フィーが悪質なナンパをされるということ。
 ゲームの通り、ジークが助けてくれるのならいいのだけど……
 でも、もしもジークが現れなかったら?
 この世界がゲームの通りに動いているなんて保証はない。
 下手をしたらフィーは悪人に連れ去られて、ひどいことを……

「お嬢さま? どうかされましたか? 顔色が悪いようですが……」
「フィー、今行きます!!!」
「お、お嬢さま!?」

 すぐに駆け出した。
 なにやら後ろの方でメイドが叫んでいたが、フィーのことで頭がいっぱいで、なにを言っているかさっぱりわからない。

 今は時間がない。
 私は屋敷を飛び出して、勢いよく街に駆けた。