いつものように朝がやってきた。

 ベッドから降りて、学院の制服に着替えて。
 家族みんなで朝食を食べて。
 それから、フィーと一緒に登校する。

 そんな、なんてことのない普通の朝。
 でも、とても大事な時間だ。

「えっと……」

 学院に向かう途中、フィーがちらちらとこちらを見る。
 その顔は赤い。

「どうしたのですか、フィー」
「その……どうして、手を繋いでいるんですか?」

 私は、離してたまるものかとフィーと手を繋いでいた。

 手を離したらフィーがどこかへ行ってしまうような気がする……とか、そんなセンチメンタルな理由ではない。
 他に問題があるわけでもない。

 ただ単純に、かわいい妹と手を繋ぎたいだけだ。

 私達は女同士。
 そして姉妹。

 うん、なんの問題もない。
 セーフ。

「フィーはイヤですか?」
「い、いえ! そんなことないです! むしろうれしいです!」

 その言葉が本物であることを示すかのように、フィーは優しくはにかむ。

 かわいい。
 私の妹、マジ天使。

「よう、シルフィーナ」
「おはよう」

 アレックスとジークの姿が。
 たぶん、フィーと一緒に登校するため、待っていたのだろう。

「……なんか、仲が良いな。二人共」
「……本当に」

 アレックスとジークは、手を繋ぐ私達を見て、なんともいえない微妙な態度に。

 メインヒロインを独占しているから、ヒーローとしてはおもしろくないのだろう。
 あわよくば自分が……とか思っていたかもしれない。

 でも残念。
 フィーと手を繋ぐ権利は、姉の私にしかありません!

「おや? 奇遇だね」
「おはようございます!」

 ユーリとエストとも出会う。

 こちらはただの偶然だろう。
 下心を持つような性格をしていないからな。

 ただ、私とフィーが手を繋いでいることに思うところはあるらしく、少し微妙な顔をしていた。
 まあ、これも嫉妬というわけではないだろう。
 ユーリは教師としての道徳観から。
 エストは私に懐いているので、その点から気になるのだろう。

 ふっふっふ。

 皆の憧れのメインヒロインを独占する私。
 本来の意味とはズレているものの、でも、悪役令嬢っぽい。

 でも、やめない。
 このままフィーを独占する。
 それが私のやりたいことだ。

 破滅する?
 世界の強制力?
 そんなものはどうでもいい。

 というか、そういう余計なことを考えすぎたせいで、やりたいことを見失っていたのだ。
 同じミスは繰り返さない。

 悪役令嬢から脱却しないと断罪されてしまうとか、破滅してしまうとか。
 それは確かなのかもしれないけど……
 でも、必要以上に怯える、警戒するのはやめた。

 悪役令嬢だろうとそうでなかろうと、人はいつか死ぬ。
 破滅を避けられたとしても、その翌日、事故であっさりと死んでしまうかもしれない。

 そう考えたら、あれこれと警戒して怯えるのがバカらしくなったのだ。

 一度きりの人生。
 やりたいようにやって、後悔のないように生きよう。

 うん。
 要するに、私は開き直ることにしたのだ。

「アリー姉さま」
「なんですか?」
「その……私の勘違いだったら申しわけないんですけど、なにかありましたか?」
「なにか、とは?」
「アリー姉さまの様子がちょっと違うような……? うまく言葉にできないんですけど」
「そうですね。なにかあったといえば、ありましたよ」

 私の変化を察してくれている。
 それはつまり、私のことをよく見てくれているということ。

 ……なんて。

 そんな都合の良い解釈をして、にへら、と笑みを浮かべそうになってしまう。
 でも、自制。
 立派な姉という見栄を張りたいため、フィーの前ではしっかりしないと。

「なにがあったんですか?」
「そうですね……それは秘密です」
「えぇ、ずるいです。教えてほしいです」

 ぷくー、と頬を膨らませるフィー。

 ダメだ。
 かわいすぎる。
 私の心はノックアウト寸前。
 考えていることだけではなくて、悪役令嬢のこととか、なんでもかんでも話してしまいそうになる。

 でも、そんなことをしたら余計な心配をかけてしまうので、さすがに我慢した。

「教えてほしいですか?」
「はい!」
「なら、私の言うことをなんでも聞いてくれますか?」
「なんでも……ですか?」
「どうですか?」
「うー……んー……はい!!!」

 フィーさん。
 そんな気軽に頷かないで。
 とんでもない要求をしたら、どうするの?

 まあ……
 天使のようなフィーだから、それでも頷いてしまいそうだけど。

 ……アリか?

 って、ダメだダメだ。
 悪魔に心を売り渡してはいけない。

「やはりダメです」
「うぅ、ずるいです」
「大したことはありません。ちょっとした価値観の修正というか、考え方を変えることにしただけです」
「考え方を?」
「ざっくりと言うと、前向きになろう、と決めたのですよ」
「???」

 フィーは不思議そうな顔をしていた。
 でも、話せるのはここまで。
 後は、やはり秘密だ。

「フィー」

 繋いだ手に少し力を込める。

 ……気がつけば、私は乙女ゲームの世界に転生していた。
 しかも、悪役令嬢。

 破滅を回避するために奔走して。
 でも、一度は失敗して。
 やり直すことができたけど、でも、問題だらけで。

 正直に言うと、何度も心が折れかけた。
 虚勢を張っているだけで、ダメになりかけたことは数え切れない。

 でも……

 その度に、フィーに助けられた。
 何気ない言葉をかけられるだけでも、すごく元気になれた。
 まだまだがんばろうって、気力があふれてきた。

 全部、フィーのおかげ。
 大事な大事な妹のおかげ。

 そんな恩を除いても……
 フィーはかわいくて、愛する妹だ。
 だから私は……

「フィー」
「はい?」
「これからも、あなたを溺愛しますからね」