「話というのはなんでしょうか?」

 フィーのお見舞いを終えて……
 ジークを客間に案内した。

 念のため、人払いも済ませている。
 二人だけ、ということは、それなりに大事な話なのだろう。

「今更なにを、と思うかもしれないけど……君の名誉を回復する手伝いをさせてくれないか?」
「……え?」

 突然の話に、思わず間の抜けた声が出てしまう。
 本気なのだろうか?

「……」

 ジークは真剣な顔で、まっすぐにこちらを見ている。
 嘘や冗談を言っているようには見えない。
 本気で私のことを考えてくれているのだろう。

 でも……

 彼の話通り、今更どうして?

「……信じてもらえるかわからないが、反省したんだ」
「反省……ですか?」
「自分の目で確かめることなく、噂に流されて……君のことを傷つけてしまった。追い込んでしまった。王子としてあるまじき失態だ」
「……」
「その償いになるか、わからない。今更と言われても仕方ない。ただ……このままではいけないって、みんなでそう決めたんだ」

 私は悪役令嬢なのに、断罪されるどころか謝罪されている。

 いや、これは……
 どういう状況?

 まったく先を読むことができず、混乱してしまう。

「……今、みんなで、とおっしゃいました?」
「ああ。他にも、いくらか賛同者がいてね。シルフィーナの幼馴染のアレックスも賛同しているよ」
「そうだったのですね……」

 アレックスも賛同していたのか。
 それで、薬を買いに行った時、あんなにも素直だったのか。

 ……まあ、ツンデレ気質だから、最初はツンツンしていたけれど。
 あの時、話をしなかったのは素直になれなかったのもあるのだろう。

「どう……かな? 我ながら身勝手な話ではあるが、それでも、君に協力させてくれるとうれしい」
「……」

 私は少し考えて……
 にっこりと笑いつつ、言う。

「アリーシャ、でお願いします」
「え?」
「アリーシャと名前で呼んでくださるとうれしいです。私達、これからはお友達になるのでしょう?」
「……ありがとう、アリーシャ」

 握手をして仲直り。

 そして、私は内心で……
 ニヤリと笑っていた。

 私の汚名返上作戦。
 どうやらうまくいったみたいだ。

 ヒーローの攻略を諦めるにしても、悪感情を持たれたまま放置しておくわけにはいかない。

 そんなことをしたら、そのうち断罪イベントが発生してしまうからだ。

 なので、最低限、私に関する悪評を消して、悪印象を払拭する必要があった。
 そのために、コツコツと裏で仕込みを行ってきた。

 悪評を無理に消そうとしたり、否定したりしない。
 ただ、誰かが意図的にやっているものと、思考を誘導する。
 そのための証拠もあちらこちらに小さくたくさんばらまいておく。

 賢いヒーロー達のことだ。
 こうしておけば、後は勝手に気づいて事を進めてくれるだろう。

 こうした作業をするにあたり、役に立ったのがスマートフォンだ。
 ネットに繋がらない、通話はできない、メールを送れない。

 でも、それらを除いたとしても、写真や動画を撮ったり、便利なアプリを起動したり、音声を合成したり……色々なことができる。
 小型パソコンのようなもので、この世界では完全なオーバーテクノロジー。
 それをうまく駆使すれば、信憑のある話をばらまくことができる、というわけだ。

 そんな地味な努力が実ったらしい。
 よかった、無駄な作業にならなくて。

「同じく、ジークと名前で呼んでほしい」
「よろしいのですか……?」
「ああ、問題ないさ。立場的に問題はないし……アリーシャとは、仲良くやっていきたいと思う」
「ありがとうございます、ジークさま」

 うまい具合に友好を結ぶことができたと思う。

 うまくいきすぎてちょっと怖いのだけど……
 まあ、よしよし。
 失敗するよりも、うまくいった方がいい。

 まあ……

 背後であの邪神が動いている可能性もあるため、気をつけるに越したことはないが。



――――――――――



 これからについて、ジークといくらか話し合いを重ねて……
 そして夕方。

「じゃあ、また」
「はい、また」

 家を出るジークを見送る。
 あれこれと話し合っていたら、こんな時間になってしまった。
 でも、とても有意義な時間を送ることができたと思う。

 これなら、私の悪評を取り除くことができるかもしれない。

「とはいえ……」

 アレックス、ジークの好感度は、ほぼほぼプラスマイナスゼロになった。
 二人を攻略するつもりはないので、これ以上、無理に上げる必要はない。

「うーん」

 ふと、迷う。

 私は悪役令嬢。
 この世界で生き延びるには、誰かと結ばれなければいけない。

 ただ、ユーリのように、誰かの恋路を邪魔したくはないし……
 生き延びるため、という打算的な理由では、恋をすることはできそうにない。
 これでも意外と純情なのだ。

 自分で言うな、ということになるが。

 それはさておき。

「私、どうするのが最善なんでしょうね……?」