ジークはひとしきり笑い……
 ややあって落ち着きを取り戻すと、私に視線を移動する。

「すまなかった」
「え?」

 突然、頭を下げられてしまう。

「噂なんかに踊らされて、アリーシャ・クラウゼンという人物を見誤っていた。今まで不快な思いをさせたと思う……本当にすまない」
「えっと……」

 思いもよらない謝罪に、ついついキョトンとしてしまう。

 だって、ねえ……

 ジーク攻略は完全に諦めていた。
 攻略を狙うよりは、断罪イベントをいかに回避するべきか考えた方がいい、って思っていたほどだ。

 それなのに、ここに来て態度を急転させるなんて。

 いや。
 この展開はうれしいことなんだけどね?
 ただ、あまりにも都合が良すぎるから、何者かの関与を疑ってしまう。

 例えば、あの性根がねじ曲がった邪神とか。
 持ち上げて……
 そして、ここぞというタイミングで叩き落とす、みたいな。

 そんな罠を警戒してしまう。

 でも、そんなことはなかった。

「失礼ですが、どうして今になってそのような考えに?」
「そうだな……以前から、そういう噂が流れていたんだ」
「噂?」
「君は何者かにハメられた、とね。本来なら噂で流すところなんだけど、色々と小さな証拠が出てきて……それで、気になって自分でも色々と調べた。そして……今のやりとりを見て確信したよ」
「なるほど……そうですか」

 うん。
 あれは、うまくいったみたいだ。

「どうだろう? 謝罪を兼ねて、今度、一緒に食事でも……」
「え? 私ですか?」
「ああ」
「フィーではなくて?」
「君だね」
「えっと……」

 やっぱり、これはなにかの罠なのでは?
 すっかり疑り深くなってしまう私だった。

「むう。ジークさま、アリー姉さまを独り占めするのはよくないと思います」

 フィーの頬が膨らむ。

 もしかして、私を取られると思い、ジークに嫉妬?
 あらやだ。
 かわいすぎる。
 この子、やっぱり天使。

「というか……」
「いたっ」

 こつん、とフィーにげんこつを落とす。

 愛する妹に手を上げたくなんてないけれど……
 しかし、これは愛のムチなのだ。

「風邪を引いているのですから、おとなしく寝ていないとダメでしょう」
「で、ですが、もうだいぶ良くなってきて……いたっ」

 もう一回、げんこつ。

「風邪は治りかけが大事なのですよ? 無理はしないで、おとなしく寝てください」
「……すみません」

 しょんぼりとした様子で、フィーは寝ようとする。

「フィー」
「はい……?」
「少し強く言い過ぎたかもしれません。ごめんなさい」
「あ……い、いいえ! 私が悪いだけで、アリー姉さまはなにも悪くありません!」
「ほら、だからそのように興奮しない」
「す、すみません……」

 フィーは恥ずかしそうにしつつも、まだまだ元気はある様子。
 風邪はだいたい治っているのだろう。

 とはいえ、さっき言ったように治りかけが大事なので、気をつけてもらわないといけないが。

「薬を買ってきました。後で飲んでくださいね」
「ありがとうございます」
「それと……申し訳ないのですが、レスとハイムさまは……」
「ああ、わかっているよ。無理をさせるわけにはいかないし、この辺りで失礼しよう」
「申しわけありません」
「いや、気にすることはないさ」

 追い出されたのではないかと、そう思われたら厄介だったのだけど……
 そんなことはなくて、こちらに理解を示してくれた。
 さすがヒーローだ。

 ……なんて思っていたら。

「……後で話をしたい」

 部屋を出る前。
 ジークは、そっと耳打ちしてきた。