釣りは好きだ。

 今世ではあまりする機会がないのだけど……
 前世では、よく釣りをしていた。

 釣り堀や川。
 時に海まで行って、釣り糸を垂らしていたものだ。

 魚を釣る楽しみもあるのだけど……
 それ以上に、のんびり過ごすことができたのが、良かったのだと思う。

 のんびり過ごすことができる、っていうのは、なかなか貴重な時間だと思う。
 贅沢な趣味だと思う。
 だから好きなのだ。

「好きなものを好きに楽しむ……ただ、それだけのことですね」
「ふーん」
「できれば、好きな趣味を共有したい、っていう思いはありますけどね。でも、無理強いはしませんよ」

 押しつけられた趣味なんて、まったく楽しめないからね。
 やっぱり趣味は好きであるべきだ。

「あいにく、私は釣りは好きになれそうにないわ」
「それは残念ですね」
「ま……あなたと一緒にいると、色々とあって面白いから、そこはいいけどね」
「ありがとうございます」

 一歩前進、かな?



――――――――――



 その後も、一緒に昼を食べて。
 午後は店を見て回り。
 ゼノスと楽しい? デートをして過ごした。

 なんだかんだで、律儀に付き合ってくれるゼノスは、実は良い人なのではないか?
 いや。
 人じゃなくて神か。

 そして、日が暮れ始め……
 空の彼方に太陽が沈んでいき、赤い夕焼けが頭上を覆う。

「今日はこの辺にしておきましょうか」
「まったく……今日一日、たっぷり連れ回してくれたわね」
「ですが、イヤではなかったのでしょう?」
「……どうして、そういう結論になるのかしら?」
「だって、イヤならイヤと言って、すぐに消えたでしょう?」
「……」
「あなたはそういう性格です。短い付き合いですが、それくらいは理解しているつもりですよ」
「むぐ」
「で……それをしなかったということは、大なり小なり楽しんでいた、ということ。私の回答になにか間違いは?」
「……知らないわよ」

 ツンデレかな?

「あなた今、失礼なことを考えなかった?」
「いいえ」

 にっこりと否定する。

 そんな私の笑顔に見惚れたらしい。
 ゼノスはじっとこちらを見て、頬を染める。
 その瞳には甘い感情が浮かんでいて……

「勝手な妄想を繰り広げないでくれる?」
「失礼しました」

 ジト目を向けられたので、適当な妄想は終わりにしておいた。

 まあ。
 妄想というか、こうなってほしいという期待なのだけど。

 あんな状態になれば、ゼノスを攻略したも同然。
 晴れて私は破滅を回避できるというわけだ。

「……とはいえ」

 自分のために誰かを攻略する。
 そこにあるのは打算のみ。

 なんていうか……

「今の私、とても悪役令嬢らしいですね」

 やれやれと自嘲のため息をこぼすのだった。