翌日。
私はフィーと一緒に、学舎の手前で馬車を降りた。
アレックスに手作りクッキーを渡すためだ。
「アレックスは、ちゃんと受け取ってくれるでしょうか……?」
お前の作ったクッキー?
そんなもの食べるわけないだろ!
……なんてことを言われて、拒絶されてしまいそうな気がした。
昨日は、少し仲良くなれたような気がしたけど……
でも、それは私の勘違いかもしれない。
そもそも私は悪役令嬢なのだから、その可能性が高い。
なので、フィーに仲介役をお願いして、ついてきてもらったというわけだ。
「大丈夫です。アリーシャ姉さまが一生懸命作ったものだから、味はともかく、きっと喜んでくれると思います」
「ありがとう、フィー。……あら? 味はともかく?」
「と、とにかく。アレックスなら、絶対に受け取ってくれます。アリーシャ姉さまはなにも心配しないで、もっと自信を持ってください」
「……そうですね。不安になっていても仕方ないですし……うん、フィーの言う通りですね。ありがとう、フィー。あなたが一緒でよかった」
「えへへ」
はにかむ妹、かわいい。
「ん?」
ほどなくして、アレックスが姿を見せた。
彼は徒歩通学なので、こうして門の前で待っていれば、必ず顔を合わせることができる。
「よう、シルフィーナ。それと……アリーシャも」
「はい。おはようございます、アレックス」
「おはよう、アレックス……って、あれ?」
片手を上げて、気軽な様子で挨拶をするアレックス。
そんな彼を見て、フィーが怪訝そうな顔に。
どうしたのだろうか?
「どうしたんだ、こんなところで」
「え、えっと……今、アリーシャ姉さまのことを名前で……?」
「ん? ああ、まあな。成り行きで、そういうことになった」
「な、成り行き……?」
「で、どうしたんだ?」
「あ、うん。えっとね……アリーシャ姉さまが、アレックスに渡したいものがある、って」
「渡したいもの? なんだよ、それ」
「コレですよ」
ふふんっ、とドヤ顔をしつつ、アレックスにクッキーをプレゼントする。
これをお前が?
すごいな、こんなにうまそうなクッキーは初めてだ。
やるじゃないか、見直したぜ。
……なんていう反応を期待していたのだけど。
「へー、クッキーか。サンキュー」
「あら?」
やけに淡白な反応だ。
もっとこう……喜んでくれてもいいのでは?
いや。
嫌な顔をされず、突き返されなかっただけマシと思うべきなのか?
「これ、アリーシャが?」
「あ、はい。フィーに教えてもらいながら作りました」
「だろうな。ところどころ焦げてるし、シルフィーナが作ったなら、こうはならないな」
「それは、私ならうまく作れるわけがないという、マイナスの信頼によるものですか? それとも、フィーならもっとうまく作れるだろうという、妹に対するプラスの信頼によるものですか?」
「その両方だな」
「むう。私へのイヤな信頼があることを怒るべきか、それとも、フィーと仲良くしていることを褒めてあげるべきか。悩みますね」
「まあ、せっかくもらったからな。ありがたくいただくさ」
そう言いながら、アレックスはクッキーをそっと鞄の中へ。
それなりに丁寧に扱っているところを見ると、言葉とおり、ちゃんと食べるつもりなのだろう。
どうしよう。
少しうれしい。
「できたら、感想を聞かせてくれるとうれしいです」
「俺は世辞は言わないぞ?」
「それでも構いません。お菓子作りはなかなか楽しかったので、機会があればまた作りたいので、その時の参考に」
「えっ!?」
なぜか、フィーがぎょっとした顔をしていた。
また作るの!? と、今にも悲鳴をあげそうだ。
はて?
なぜそんな顔をするのかしら?
「どうしたの、フィー?」
「あ、いえ、その……アリーシャ姉さま? またお菓子を作るということは、私もまた、あの混沌と惨状に……いえ、参加することに?」
「そうしてもらえると助かりますが、ですが、いつもフィーに頼ってばかりではいられませんね。それに、フィーの時間を奪ってしまうのも申しわけないから、今度は一人で挑戦してみようかしら?」
「それだけは絶対にやめてくださいっ!!!」
ものすごい勢いで反対された。
なんで?
「……お前、苦労してるんだな」
「うぅ、アレックスはわかってくれるんだね……」
なにかを察したらしく、アレックスはフィーを慰めるように、その小さな肩をぽんぽんと優しく叩いていた。
なぜだろう?
ものすごくバカにされているような気がする。
まあいいや。
それよりも、アレックスと仲良くならないと。
「ちょっと、フィーを借りますね」
内緒の話というように、フィーを抱き寄せる。
「なんですか、アリーシャ姉さま?」
「クッキーのおかげで、こうして話をすることができたのだけど……この後は、どうすればいいのかしら? フィーの時は、どうやってアレックスと仲良くなったのですか?」
「えっと……私の時は、アレックスが私の作ったクッキーを食べて、その感想やどうやって作ったのかを聞いてきたりして、そのまま話をして……という感じなんですけど」
「なるほど」
「あ……アリーシャ姉さま」
フィーがさらになにか言おうとしたものの、私はすでに行動に移っていた。
再びアレックスの前へ。
「ねえ、アレックス。せっかくだから、今、クッキーを食べてくれませんか?」
「うん? なんでだよ」
「感想が聞きたいんです」
「聞くまでもないんじゃないか?」
「それは、どういう意味ですか?」
「焦げてるし形は歪だし、まずいかそこそこまずいか、その二択くらいしかないだろ。あ、むちゃくちゃまずいって選択もあるから、三択か」
「……あなた、自分が今とてつもなく失礼なことを言っているという自覚はありますか?」
「さてな」
アレックスはいたずら小僧のように、ニヤリと笑う。
完全に確信犯だ。
こ、こいつ……!
告発イベントのトリガーを握っているから、仲良くしないといけないと思っていたのだけど……でも、ダメだ。
ものすごく生意気。
仲良くするなんて、できそうにない。
それでも、我慢をして良好な関係を……
「まあ、採点くらいはしてやるよ」
ダメ、やっぱ無理。
今、ハッキリとわかったのだけど、アレックスとはうまくやっていけないだろう。
告発イベントのことは、他でどうにかするとして……私は、言いたいことを言わせてもらう。
「まあ、そうですね。アレックスのような大雑把な方に、繊細な味がわかるとは思えないですし……申しわけありません。無茶を言ってしまいました」
「なんだと!?」
「なんです!?」
バチバチと火花を散らしてにらみ合う。
その傍らで、
「アリーシャ姉さまとアレックスは、特になにかする必要がないほど、仲良くなっていると思うのですが……」
ぽつりと、フィーがそんなことを言うのだった。
私はフィーと一緒に、学舎の手前で馬車を降りた。
アレックスに手作りクッキーを渡すためだ。
「アレックスは、ちゃんと受け取ってくれるでしょうか……?」
お前の作ったクッキー?
そんなもの食べるわけないだろ!
……なんてことを言われて、拒絶されてしまいそうな気がした。
昨日は、少し仲良くなれたような気がしたけど……
でも、それは私の勘違いかもしれない。
そもそも私は悪役令嬢なのだから、その可能性が高い。
なので、フィーに仲介役をお願いして、ついてきてもらったというわけだ。
「大丈夫です。アリーシャ姉さまが一生懸命作ったものだから、味はともかく、きっと喜んでくれると思います」
「ありがとう、フィー。……あら? 味はともかく?」
「と、とにかく。アレックスなら、絶対に受け取ってくれます。アリーシャ姉さまはなにも心配しないで、もっと自信を持ってください」
「……そうですね。不安になっていても仕方ないですし……うん、フィーの言う通りですね。ありがとう、フィー。あなたが一緒でよかった」
「えへへ」
はにかむ妹、かわいい。
「ん?」
ほどなくして、アレックスが姿を見せた。
彼は徒歩通学なので、こうして門の前で待っていれば、必ず顔を合わせることができる。
「よう、シルフィーナ。それと……アリーシャも」
「はい。おはようございます、アレックス」
「おはよう、アレックス……って、あれ?」
片手を上げて、気軽な様子で挨拶をするアレックス。
そんな彼を見て、フィーが怪訝そうな顔に。
どうしたのだろうか?
「どうしたんだ、こんなところで」
「え、えっと……今、アリーシャ姉さまのことを名前で……?」
「ん? ああ、まあな。成り行きで、そういうことになった」
「な、成り行き……?」
「で、どうしたんだ?」
「あ、うん。えっとね……アリーシャ姉さまが、アレックスに渡したいものがある、って」
「渡したいもの? なんだよ、それ」
「コレですよ」
ふふんっ、とドヤ顔をしつつ、アレックスにクッキーをプレゼントする。
これをお前が?
すごいな、こんなにうまそうなクッキーは初めてだ。
やるじゃないか、見直したぜ。
……なんていう反応を期待していたのだけど。
「へー、クッキーか。サンキュー」
「あら?」
やけに淡白な反応だ。
もっとこう……喜んでくれてもいいのでは?
いや。
嫌な顔をされず、突き返されなかっただけマシと思うべきなのか?
「これ、アリーシャが?」
「あ、はい。フィーに教えてもらいながら作りました」
「だろうな。ところどころ焦げてるし、シルフィーナが作ったなら、こうはならないな」
「それは、私ならうまく作れるわけがないという、マイナスの信頼によるものですか? それとも、フィーならもっとうまく作れるだろうという、妹に対するプラスの信頼によるものですか?」
「その両方だな」
「むう。私へのイヤな信頼があることを怒るべきか、それとも、フィーと仲良くしていることを褒めてあげるべきか。悩みますね」
「まあ、せっかくもらったからな。ありがたくいただくさ」
そう言いながら、アレックスはクッキーをそっと鞄の中へ。
それなりに丁寧に扱っているところを見ると、言葉とおり、ちゃんと食べるつもりなのだろう。
どうしよう。
少しうれしい。
「できたら、感想を聞かせてくれるとうれしいです」
「俺は世辞は言わないぞ?」
「それでも構いません。お菓子作りはなかなか楽しかったので、機会があればまた作りたいので、その時の参考に」
「えっ!?」
なぜか、フィーがぎょっとした顔をしていた。
また作るの!? と、今にも悲鳴をあげそうだ。
はて?
なぜそんな顔をするのかしら?
「どうしたの、フィー?」
「あ、いえ、その……アリーシャ姉さま? またお菓子を作るということは、私もまた、あの混沌と惨状に……いえ、参加することに?」
「そうしてもらえると助かりますが、ですが、いつもフィーに頼ってばかりではいられませんね。それに、フィーの時間を奪ってしまうのも申しわけないから、今度は一人で挑戦してみようかしら?」
「それだけは絶対にやめてくださいっ!!!」
ものすごい勢いで反対された。
なんで?
「……お前、苦労してるんだな」
「うぅ、アレックスはわかってくれるんだね……」
なにかを察したらしく、アレックスはフィーを慰めるように、その小さな肩をぽんぽんと優しく叩いていた。
なぜだろう?
ものすごくバカにされているような気がする。
まあいいや。
それよりも、アレックスと仲良くならないと。
「ちょっと、フィーを借りますね」
内緒の話というように、フィーを抱き寄せる。
「なんですか、アリーシャ姉さま?」
「クッキーのおかげで、こうして話をすることができたのだけど……この後は、どうすればいいのかしら? フィーの時は、どうやってアレックスと仲良くなったのですか?」
「えっと……私の時は、アレックスが私の作ったクッキーを食べて、その感想やどうやって作ったのかを聞いてきたりして、そのまま話をして……という感じなんですけど」
「なるほど」
「あ……アリーシャ姉さま」
フィーがさらになにか言おうとしたものの、私はすでに行動に移っていた。
再びアレックスの前へ。
「ねえ、アレックス。せっかくだから、今、クッキーを食べてくれませんか?」
「うん? なんでだよ」
「感想が聞きたいんです」
「聞くまでもないんじゃないか?」
「それは、どういう意味ですか?」
「焦げてるし形は歪だし、まずいかそこそこまずいか、その二択くらいしかないだろ。あ、むちゃくちゃまずいって選択もあるから、三択か」
「……あなた、自分が今とてつもなく失礼なことを言っているという自覚はありますか?」
「さてな」
アレックスはいたずら小僧のように、ニヤリと笑う。
完全に確信犯だ。
こ、こいつ……!
告発イベントのトリガーを握っているから、仲良くしないといけないと思っていたのだけど……でも、ダメだ。
ものすごく生意気。
仲良くするなんて、できそうにない。
それでも、我慢をして良好な関係を……
「まあ、採点くらいはしてやるよ」
ダメ、やっぱ無理。
今、ハッキリとわかったのだけど、アレックスとはうまくやっていけないだろう。
告発イベントのことは、他でどうにかするとして……私は、言いたいことを言わせてもらう。
「まあ、そうですね。アレックスのような大雑把な方に、繊細な味がわかるとは思えないですし……申しわけありません。無茶を言ってしまいました」
「なんだと!?」
「なんです!?」
バチバチと火花を散らしてにらみ合う。
その傍らで、
「アリーシャ姉さまとアレックスは、特になにかする必要がないほど、仲良くなっていると思うのですが……」
ぽつりと、フィーがそんなことを言うのだった。