改めて客席を見渡すと、カウンター席以外はすっかり埋まってしまっている。
 作業がはかどっているわけでもないのだから、ここは一度店を出よう。そう考えた恋幸がふうと息を吐いてノートパソコンを閉じた――……その時だった。


「お待たせしました、こちらの席にどうぞ。ご注文お決まりでしたらお伺いします」
「ありがとうございます。ブレンドコーヒーを1つ、お願いします」


 さざ波のように穏やかで低く落ち着いた声が彼女の鼓膜を優しく揺らし、ふわりと鼻をかすめた甘い香りが強く印象に残る。