(忘れ物、ちゃんと渡さなきゃ……!)


 漂う空気の甘さに惑わされここへ来た本来の目的を忘れかけていた恋幸だったが、寸でのところでしっかりと脳内に(よみがえ)り、彼の隣を歩きながら頭の中で「忘れ物を渡す、忘れ物を渡す!」と何度も繰り返す。


「どうぞ」
「けっ」
「……? け?」
「な、なんでもないです! ありがとうございます!」


 エレベーターが到着するなりスマートな動きで扉を押さえて中へ誘導する裕一郎を見て、恋幸は反射的に口から出かけたプロポーズの言葉をぐっと飲み込み、平静を装いつつエレベーターに乗り込んだ。