彼の声音はあまりにも穏やかで、ほとんど反射的に可愛らしくない言葉が恋幸の口からポトンと落ちてしまう。
 しかし“それ”に対して裕一郎の表情が(かげ)ることはなく、眼鏡の奥で恋幸を映すアクアマリン色のビー玉が本心を見透かしているかのような錯覚に陥らせた。


「十分ですよ。4時間“も”、貴女の目を見て話すことができなかった」
(……ああ、私)


 頭の中で彼と自身の立場を入れ替えて、もしも自分が同じ状況に立たされたらどう思うだろうかと考える。

 裕一郎を避けてしまったのは、もちろん理由あっての事だ。だが“それ”を知っているのは恋幸本人のみであり、裕一郎には一切の非がなく、説明どころか言い訳の一言も投げていない。