実際は、ただ単に彼女の気が早すぎただけという笑い話でしかないのだが、それに気づく心の余裕など今の恋幸にはあるわけがなかった。


(連絡先くらい聞いておけばよかった……)


 夕陽が店内を照らし始め、彼女の目尻に涙が滲む。
 もう帰ろう。そう考えた恋幸が、泣き出してしまいそうになるのを必死に堪えつつスマートフォンをポケットへしまった時、


「いらっしゃいませ、こんばんは! お1人様でよろしいですか?」
「いいえ、待ち合わせです」


 聞き覚えのある低い声が彼女の鼓膜を揺らし、それを辿るようにして入り口に目をやった。