どれくらいの時間、抱きしめあっていただろうか。
 庭園(ていえん)を通り過ぎた風の音で我に返った恋幸は、少し体を離してすぐそばにある裕一郎の整った顔を仰ぎ見た。


「あの、今さらですけど、睡眠の邪魔をしてすみませんでした。時間は大丈夫ですか? 明日、お仕事は……」
「邪魔だなんてとんでもない。仕事はありますが、日付が変わる前に寝ればいいので時間ならまだ問題ありませんよ」


 彼はそう言って口角をほんの少しだけ持ち上げると、彼女の髪を手ぐしで()いてから指の背で頬をぷにぷにとつつく。
 そんな些細な行動ですら今の恋幸にとっては凄まじい破壊力を持っているなどと、この薄暗い室内で眼鏡をかけていない裕一郎が彼女の表情から察知できるはずもなかった。