立ち止まって声をかけようとしたが咄嗟(とっさ)に先程のことを思い出して言葉に詰まる彼女とは対象的に、彼は相変わらず涼しい表情で小さな笑みをこぼして恋幸の耳元に口を寄せ囁いた。


「先に眠っていても構いませんよ」
「!?」
「……お風呂に入ってきます」


 大きな手がぽんと頭を撫でて、ほぼ反射的に「行ってらっしゃいませ」と返してしまう恋幸。


「はい、行ってきます」
(なんですかその優しい声!!)


 夜の寒さを忘れてしまうほどに火照(ほて)る頬と、急上昇する体温。
 裕一郎の後ろ姿を見送る彼女の上で、雲に隠れていた月が顔を出し廊下を照らしていた。