来世にご期待下さい!〜前世の許嫁が今世では私に冷たい…と思っていたのに、実は溺愛されていました!?〜

 そして、神前式を間近に控えたある日。
 和臣は更なる医学知識を得るために、遠方にある巨大医療施設へ(おもむ)くことにした。


「……やはり、今日の予定は辞めようか……幸音さんが心配だ」
「ごほっ……何を言っているんですか、心配性ですね……私は大丈夫ですから、和臣様は夢のことだけを考えてください。けほっ……お医者様になるんでしょう? 私、和臣様に診てもらえる日を楽しみにしているんですよ」
「……予定を終えたら、急いで戻るよ。何かあったら、侍女(じじょ)に命じてすぐ私を呼んでくれ、いいね?」
「はい、わかりました。道中……けほっ、どうか、気をつけてくださいね。和臣様」
「ええ。幸音さん、行ってきます」


 和臣が幸音と最期に交わしたのは、そんな会話だった。
「和臣様……っ!! 電報が!!」
「――!?」


 翌日、早朝。幸音は一人、眠るようにこの世を旅立った。


「幸音さん……っ!!」


 帰宅した和臣を出迎えたのは物言わぬ幸音の姿で、彼女の親族は誰一人として和臣を責めなかった。仕方のないことであると理解していたからだ。
 しかし、


「私……わた、し、が……あなたのそばを、離れたりしなければ……っ」


 和臣は己の無力さを責め続け、
「愛しいあなたの命一つすら救えず、なにが『医者になりたい』だ……笑わせる……」


 幸音が亡くなった次の週――……彼は自ら命を絶った。





 以上が『彼女たち』の間に起こった全てである。

 そして、


(あの人は絶対に、和臣様の生まれ変わりだ……!!)


 この『前世』の存在が、恋幸“たち”の人生を大きく左右していくことになる。
 恋幸が衝撃的な初対面逆プロポーズをしてから、早いもので1週間が経つ。
 あの日から、彼女の執筆速度は急激に落ちる……どころか、筆が乗りに乗っていた。絶好調! というやつである。


(はぁーっ……前世の和臣様もとびきり美男子だったけど、今世でも眉目秀麗(びもくしゅうれい)な殿方だったなぁ……)


 24時間、寝ても覚めても恋幸の頭の中は今世の和臣……もとい、先週出会った名も知れない男性のことでいっぱい。だが、そのおかげで作業がたいへん(はかど)っているのだ。

 何を隠そう、恋幸の代表作『未来まで愛して、旦那様!』は、彼女が前世の記憶に(もと)づいて書きつづるラブストーリー。なお、和臣に許可は取っていない。
 もちろん死亡エンドは避けて、途中から「私があの後、無事に和臣様と結婚して夫婦になっていたら」のIf世界を連載しているのだが、生まれ変わった(かもしれない)本人と出会ったことにより妄想が次から次へ溢れ出して止まらないのだ。

 しかし……それはそれ、これはこれ。
 執筆が捗っているのは事実だが、『あの日』からモチダ珈琲店に行けていないこともまた事実であった。


(行きたい、けど……う、後ろめたい……っ!)


 人目もはばからず店内で堂々と求婚してしまったのだ、きっと聞こえてしまった店員が一人くらいはいるだろう。
 そして「ねー聞いてー! 知ってるー? よく来てたあのメロンソーダマン、いきなりプロポーズしててまじウケたんだけどー!」「えー!? ヤバくなーい!? ドン引きなんですけどー!!」などと噂話が広がっているかもしれない……という被害妄想が恋幸の頭によぎり、どうにも行く気になれなかったのだ。

 しかし――……恋幸の意思は、弱かった。


(でもでも!! そろそろモチダ珈琲のメロンソーダが飲みたい……っ! コンビニのフォンタ・メロンソーダ味じゃ満たされないよー!! 本家の味が恋しい……っ!!)


 メロンソーダマンは無駄に“つう”ぶったこだわりを持っているが、モチダ珈琲店のメニューに載っているメロンソーダは企業で契約を結び日本ソダ・ソーダから仕入れたフォンタを提供しているだけ……という話は、従業員だけの秘密である。
「ふーっ……とりあえず、お散歩に行こう……」


 恥も外聞(がいぶん)もかなぐり捨てて近日中にモチダ珈琲店へ行くかどうかはもう少し悩むことにして、恋幸は気分転換のために外へ出ることにした。
 時刻は正午少し過ぎ。ここ数日ずっと缶詰め状態で作業していたので、健康にも良いだろう。


「財布と、スマホスマホ……あれ? どこにやったっ、あっ! あった!」


 恋幸は、部屋でだらだ……のんびり過ごすため身につけていたパーカーを着替えるべきだろうかと考えて足を止めクローゼットに目をやるが「知り合いに会うわけでもないし、そんなに長時間出歩かないし大丈夫だよね! 誰も私の服なんかじっくり見ないし!」という結論に至り、そのままの格好でピンクのスニーカーを履き玄関を出るのだった。
 そして今、彼女は何かの奇跡で時間が戻ることを祈っていた。


「……ああ、やっぱり。先週、モチダ珈琲店でお会いした方ですよね? こんにちは」
(あっ、なっ……なんで、和臣様がここに……!?)


 彼の名前は『和臣』ではないのだが、まずは恋幸が祈りを捧げるまでの経緯を説明しよう。
 ……と言っても、特に大きなイベントが起きたわけではなく、単に「小腹を空かせた恋幸が立ち寄ったコンビニの外で偶然あの時の『彼』に鉢合わせした」という流れである。


(あわわ……えっ? もしかして、私に声をかけてくださった……?)
 もしかしなくても“そう”なのだが、目の前に再び現れた男性の存在は幻覚ではないだろうか? 本物ならなぜこんな時間にいるのか? そしてよりにもよってなぜ私は胸元に『寿司万歳』と書かれたクソダサパーカーを着てきてしまったのか? など、様々な感情が渦巻く恋幸の脳内は軽いパニックに陥っていた。

 そして、少しの思考フリーズ時間を置き彼女の口から出た言葉は、


「……なぜ、ここに現れた……?」


 確かに倒したはずの勇者がヒロインを助けに来た際、敵側の中堅幹部が唖然とした表情で呟くようなセリフで、場の空気は一瞬で凍りつく。
 しかし……二人の間に流れた静寂を先に切り裂いたのは、意外にも彼の方だった。