来世にご期待下さい!〜前世の許嫁が今世では私に冷たい…と思っていたのに、実は溺愛されていました!?〜

「あの日……初めて、小日向さんに出会った時。何年も想い焦がれた“夢の中の女性”が目の前にいることが、とても信じられませんでした。結婚してくださいと言われた時も、私の幻聴ではないだろうか? と自分の耳を疑いました」
「で、でも……お断りします、って……」
「言ったでしょう? まずは、お互いのことを深く知るべきだと。それは本心です。……貴女から『前世』の話を聞いて、全ての事に合点がいきました。同時に……これは、運命だ。生まれて初めて、そんな風に思ったんです。ただ貴女という存在が、目の前に()るだけで嬉しかった……貴女に会っていた理由も、一緒に出かけた理由も、たったそれだけです」


 そこで言葉を切った裕一郎は恋幸からゆっくりと体を離し、彼女の両手をそっとすくいとった。
「小日向さんがこれから先も私の手の届く場所に居てくれるのなら、どんな理由でも構いません」
「……っ、倉本、さま……」
「……やっと、本物の貴女に言える。……好きです」
「……っ、」


 感極まった恋幸は、本能に身を任せて勢いよく裕一郎に抱きつく。
 彼はそんな彼女を両腕で抱き留めながらその場に寝転がり、恋幸の長い髪を指で()いた。


「わた、っし……私も、好きです……ひっく……倉本様のことが、好き……っ」
「……ええ、知っていますよ。ずっと、顔に出ていましたから」
 自身に馬乗りになったまま再び涙する恋幸の目尻に口づけようと、裕一郎が首を持ち上げた――……その時。


「裕一郎様、星川です。失礼しますね」


 恋幸が止める間もなく部屋の(ふすま)はストンと開かれ、見知らぬ女性がその向こう側に姿を現す。


「本日のお夕飯、は……きゃっ! あら……?! まあ、ごめんなさい……!」
「……いいえ、こちらこそ」
(……ひゃあ……)


 ああどうか彼女が10秒後には今見たことを全て忘れていますように。
 裕一郎の上に乗ったまま、恋幸はひたすら神に願うばかりだった。
「小日向さん、紹介します」
「はじめまして、星川八重子(ほしかわやえこ)です」


 40代後半だと思われるその女性は、開花したての花に似た柔らかい笑みを浮かべ恋幸に対して深々と頭を下げる。
 それを見て恋幸も慌てて両手の指先を(たたみ)につき、額を擦りつけそうな勢いでお辞儀を返した。


「こっ、こちらこそはじめまして! 小日向恋幸と申します……!!」
「小日向さん、顔を上げてください。……八重子さんは、私が個人的に雇っている家事手伝いの方です」
「ふふ、よろしくお願いしますね」
「はははいっ!! こちらこそ……!!」


 先程の光景を見られた気恥ずかしさから挙動不審な恋幸に対して、星川はくすりと笑い首を少し傾ける。


「小日向様、少し……お時間を頂いても大丈夫ですか?」
「え? あっ、はい! 大丈夫です!」
「……裕一郎様。彼女と二人きりでお話して来てもよろしいでしょうか?」
「ええ、勿論。どうぞ」
「ありがとうございます。それでは少しの間、小日向様をお借りしますね」




 少女漫画脳の恋幸は、もしかしてこのまま裏庭へ連れて行かれた後に「あんた、まさか裕一郎様の彼女? 自分の顔、鏡で見たことないの? 立場を(わきま)えな! あんたがいるとこの家の空気が不味くなるんだよ……っ! さっさと出て行ってちょうだい、このおブスなメロンソーダ小娘っ!!」と、壁ドンと共に罵声を浴びせられ敷地内から追い出されてしまうのだろうかと思い、小さく震えながら星川の後ろをついて歩いていたのだが、辿り着いた場所は畳が良い香りを漂わせる(とこ)()だった。

 ガラス越しに見えるのは、庭の大きな池。部屋の中心には座卓と座布団が置かれ、(ふすま)を開けたすぐ向こう側にキッチンがあることから、普段は裕一郎がここで食事を済ませているのではないだろうかと恋幸は考える。
 ぼけっとその場で立ち尽くす恋幸に対し、星川は慣れた手つきでキッチンから急須と人数分の湯呑・茶葉や茶菓子を運び、座卓の上に置き終えるなりちょいと手招きをした。


「小日向様。どうぞ、座ってくださいな。緑茶は嫌いじゃない? おまんじゅうは食べられる?」
「緑茶……っ! お、おまんじゅうも! 大好きです!!」
「そう、よかったー! あ……突然あんなことを言ってしまい、申し訳ありませんでした。どうしても、小日向様にお話しておきたいことがあって……」
「話しておきたいこと……?」


 用意された座布団に腰を下ろし首を傾げる恋幸を見て、星川はどこか悲しげな笑みを浮かべてコクリと頷く。
「裕一郎様についてのお話です」
「……!!」


 思わず恋幸が生唾を飲み込むと、星川は「これから語ることは、裕一郎様には他言しないで頂けると幸いです」と穏やかな口調で念を押し、恋幸が頷いたのを確認して言葉を続けた。


「……裕一郎様は、今でこそ感情表現の(とぼ)しい方ですが、昔……裕一郎様が小学校に入り、高校・大学を卒業して新社会人になったばかりの頃は、もっと表情がコロコロと変わる明るい方でした」
「そ、そうなんですか……?!」
「ええ。ふふ、意外でしょう?」


 ――……星川の語った内容はこうだ。
 彼女は19歳になったばかりの頃に裕一郎の父に雇われたが、家事手伝いとしてはまだ未熟だったため、当時2歳だった裕一郎の世話係を主に担当していた。
 裕一郎は成長するにつれ魅力溢れる社交的な好青年になり、その顔の良さも相まって小中高大と彼に言い寄る女性は数多く存在した。そして裕一郎も、初めに()いた仕事を23歳で辞職するまではただの一度も交際の申込みを断らなかったそうだ。

 星川は、それはまるで“何か”を忘れるため必死になっているかのようだったと言う。

 しかし、裕一郎の交際はいつも短期間で終わりを迎えてしまう。