「小日向さん、これが欲しいんですか?」
「えっ?」
変わらない表情と共に告げられたその言葉は、恋幸を新たな混乱に陥れた。
「え、っと……はい。欲しいなぁと思いますけど、」
「そうですか、プレゼントしますよ。他にも何か欲しい服や小物があれば教えてください」
「……っ!? 倉本様、待ってください……!!」
すたすたと店内に入りショーケースからディスプレイと同じワンピースを探して手に取ろうとした裕一郎の腕を、恋幸は慌てて掴み小声で呼び止める。
「ちがっ……私、違います……! そんな、強請ったわけじゃありません……!!」
「……? 知っていますよ」
「なので、気持ちだけ受け取っておきます……! 欲しい物は自分で買いますから……!!」
そう答えた恋幸に対し、裕一郎は「なぜ?」と首を傾げ心底不思議そうに目を丸くした。
「なぜもなにもありません! 倉本様は私の『お財布』じゃなくて『1人の大切な人』だからです! そして、私は自分でしっかり稼いでいるからです!!」
「――っ!!」
言い終えるなり、恋幸は先ほど一目惚れしたレモン柄のワンピースと店内にあったその他諸々をカゴに詰め込み、プンスカという効果音がぴったりな様子でレジへ向かう。
「……お財布じゃない、か」
そんな彼女の耳に、裕一郎のこぼした呟きが届くわけもなかった。
恋幸の心は今、言葉では言い表し難い『モヤモヤ』に侵食されていた。
整った外見に加えてこれまでの態度や発言から、てっきり裕一郎は女性経験豊富な男性だとばかり思っていたのだが、それは自分の勘違いだったのではないか? と恋幸は考える。
たしかに、エスコートや接触の仕方はとても手慣れているように感じるけれど、腑に落ちない『何か』が存在しているのだ。
(うーん……なにか、こう……)
まさか交際経験0のわけがないと恋幸は思うものの、今まで誰とも付き合ったことがない方が嬉しいのは当然の心理である。
彼女はこの『モヤモヤ』の正体を突き止めるため、彼とやって来た雑貨店で頭を悩ませつつショーケースに飾られていたウサギの置物を手に取った。
「……可愛いデザインですね」
「倉本様も、こういう物が好きなんですか?」
「ええ、まあ。……小日向さんは、それが気になりますか?」
「……あの、倉本様……買ってほしいわけじゃありませんからね?」
「はい、わかっていますよ」
本当にわかってくれてるのかなぁ、と恋幸は頬を小さく膨らませて裕一郎の顔を仰ぎ見る。
綺麗な空色の瞳が店内の照明を映してキラキラと輝いている様は宝石に似ており、彼女はほうと恍惚の息を漏らした。
だが、直後に今日彼を誘った本来の『目的』を思い出し、裕一郎の服を指先でちょんと引っ張る。
「……どうしました?」
「あ、あの……この前、ホワイトデーでしたよね。でも私、気が付かなくて……」
「……? はい」
「倉本様に出会ったのはバレンタインデーが終わってからだし、だから……ホワイトデーに、何か、プレゼントしたくて……あの、欲しい物とか、あれば……」
ホワイトデーは基本、男性から女性にプレゼントを贈る日とされているが、女性から男性に贈ってはならないという決まりはどこにも無い。
故に、恋幸は過ぎてしまったバレンタインデーの代わりにホワイトデーという大義名分のもと、裕一郎に贈り物をするためだけに二人きりでの外出を提案したのだった。
真っ赤な顔でぽつりぽつりと紡がれる彼女の話を聞いて、裕一郎はしばらく言葉を失った後おもむろに手を伸ばし、恋幸の持っていたウサギの置物を優しく奪い取る。
「あっ、」
「……では、これをお願いしてもいいですか?」
言いながら、裕一郎は陶器でできたウサギの口を恋幸の頬につんと軽く押し当てた。
「……!! はい!! 喜んで!!」
その行動の意味に気づいていない恋幸は、裕一郎から“それ”を受け取ると満面の笑みを浮かべて意気揚々とレジへ向かい、丁寧にラッピングまで済ませて彼の元へ帰ってくる。
「では、遅くなりましたが……ホワイトデーの贈り物です!」
「……鈍感すぎるでしょう」
「え?」
「何でもありませんよ」
◇
次にやって来たのはペットショップ。
動物好きな恋幸が行きたがったのは勿論、裕一郎も珍しく「ちょうど買いたい物があります」と言っていた。
(ペットショップで買いたい物……?)
何だろうかと考えたタイミングで、恋幸は以前彼がペットの存在を唆す発言をしていたのを思い出す。
機会があれば話を聞かせてくれるとも言っていたが、結局種類も名前も性別も知れていないままだった。
気になる、知りたい、でも無理やり聞き出すようなことじゃない。
彼女の目の前でキンクマハムスターが一生懸命駆けている回し車のように頭の中がぐるぐる回転し始めた時、裕一郎が背後から声をかける。
「お待たせしました」
「あっ、倉本様……! 買いたい物、見つかりましたか?」
「ええ」