「次は市立図書館前、お降りの方は……」

車内アナウンスの途中、バスが大きく揺れた。わたしはちょうど携帯を取り出そうとシートにつかまっていた手を離したところだった。

横向きの力に体を持っていかれる。

隣に立っていた人がまるでタックルするみたいにぶつかってきて、通路に何人かの人たちと一緒に倒れた。

「真姫ちゃん!」

悠くんの叫ぶ声が聞こえたけれど、目の前は真っ暗。ううん、真っ白かな。とにかく何も見えなくて、背中とお腹と右のふくらはぎが猛烈に痛い。

悠くんに手を握って欲しくて伸ばそうとしたけれど、そこで力が尽きた。あとはどうなったんだっけ。




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バスの前に飛び出してきた自転車が一瞬見えた。その時にはバスは大きく傾いていた。

繋いでいた真姫ちゃんの手が勢いで外れる。

ああ、なんで僕はその手を離してしまったんだろう。

違う。なんで僕は座ったんだろう。真姫ちゃんがあのまま座っていたら……

神様どうかお願いします。

5分前の僕に真姫ちゃんと席を代わらないでって伝えてください。

どうか、真姫ちゃんを助けてください!!




「どうぞ」

ちょっと拗ねたような真姫ちゃんの声。

僕はバスの通路に立っていた。

真姫ちゃんはシートから立ち上がって僕に席を譲る。サラサラの髪からふわっといい匂いをさせて。

さっきと同じように。

「……ダメだよ。真姫ちゃんは座ってなきゃ」

「練習だよ。席を譲る練習」

やっぱりさっきと同じセリフ。

僕は真姫ちゃんの肩を押し戻す。

運転手さんに自転車が飛び出してくることを伝えなきゃ。

「真姫ちゃん、座ってて。絶対席を立っちゃダメだからね」

こんなことを考えてる僕は変なんだ。

時間が事故の前に巻き戻ったなんて。真姫ちゃんの言うように時計が感動して震えるよりもっと非現実的なことだ。

震える手で懐中時計の蓋を開くと、時計の針は12時にピタリと重なっていた。